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forget my life


 殴っては殴られる。そんな血で血を洗う様なただひたすらな殴り合いが、見る影も無く成った宿の庭で俺たちは踊る様に繰り広げて居た。


 もはや、地面に吸い込まれてる血はどちらが流した物かなんて区別が着かない。


 だが、俺は半狂乱になって俺に殴りかかってくる、この“キング級”の魔物(バケモン)が、無尽蔵のエネルギーが在ることを知っている。


 史上、悪名高い最強の魔物が、疲れ果ててくれるなんて事があり得ないことを俺は知っている。


 ……オリガが、この街から逃げ切るくらいの時間は稼がねぇとな!


 鋭く頬に打ち込まれる拳をもろに顔面に喰らいながらも、俺は両の足を鉤爪ごと大地に突き立てて居た。


 もうとっくの昔から霞始めてる視界で、いつぶっ倒れても不思議じゃないほど血が流れ出ているのに、相変わらず俺の頭はそればっかりに占められていた。


 イヤ……むしろ、その考えのおかげで俺はまだ立っていられのかもしれない。


 あいつ……オリガと出会う前の頃の俺だったら、ましてや、こんな屋たと戦おうだなんて思いもしなかっただろう。


 ついに三半規管がやられたのか、宙を落下するような感覚に襲われ始める俺。


 ふっ ――……と、もつれた足に、一瞬、視界が急降下する。


 巨大なグスタフの股座が目の前に来たかと思うともう既に遅かった。

 

 痛みで鈍る頭の中、風よりも速く顔を上げるが、身体が着いて来なかった。


 血走って、狂気の滲んだ瞳とかちあった。勝利の余韻に浸るが如く歪む口元がスローモーションに映って、醜悪な牙がぞろりときらめいた。


 何もかもがゆっくりと目に映る中、ついに俺の身体の反応速度をはるかに超えた、音速の拳が繰り出された。


 受け止めようと差し出す手は間に合わない。まして、このまま素直に顔面で受ければ顔の骨が陥没するだろう。


 捻じりを描きながら差し迫る俊足の礫に、俺が死を覚悟した、その瞬間。


 ――…………っさんッ‼︎‼︎‼︎――


 光の速さよりも、速く。


 「――っテオさんッ‼︎‼︎‼︎」


 その声は俺の鼓膜を貫いた。


 理解よりも、思考よりも先に、捻り出される腕が、グスタフの腕よりも一瞬速く俺の身を庇い、骨をきしまさせる。


 咄嗟に交差させた腕に、伝わる衝撃に、右腕がもう暫くは使い物にならないだろう程の音を響かせた。


 痛みすら超越した衝撃に、それでも俺はさっきの声の音源を目で追った。


 そこには……――


 「テオさん……! わたし、ヤッパリ無理ですっ! テオさんを置いて、逃げるなんて……そんなのゼッタイにムリです!」


 きっともう、自分でも何を言ってるのかわからないのだろう、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、それでも必死に叫ぶ、オリガの姿がそこにはあった。


 なッ……――!


 俺は、その時、そのほんの僅かな一瞬だけ、グスタフが其処に居ることなど思いっきり頭から排斥して叫んだ。


 「バッ……かやろう! 俺がどんな思いして……!」


 敵に……グスタフに背を向け――師匠からもドワーフのおっちゃんからも絶対にやっちゃいけないと言われたことだが――


 俺も叫んで居た。


 「俺はっ……! 死ぬ思いでっ……! 時間を稼いでたんだぞ!」


 「ムリな物はムリです! 死ぬなら……! 死ぬなら、わたしテオさんと一緒に死にます!」


 ほんの、500メートルも離れちゃいない距離でかわされる絶叫のしあいは、オリガのこの言葉で終局を迎えた。


 オリガのこの言葉が、俺の俺の心の荒波をすっかり奪い去った。あるいは全く別種の荒波を呼び起こした。


 途端に、心の中に嬉しいような寂しいような、仄かな高揚感が生まれた。敵を背にして、これまで感じる事など許されないと思っていた心だった。


 その、既に心境が一転した俺に向かって、まだやや錯乱したようなオリガが半狂乱に叫んだ。


 「テオさん! 後ろ!」


 今まで、魔物の癖に空気でも読んで居たのか、全然攻撃を仕掛けて来なかったグスタフが、ついに痺れを切らしたのか、その鉤爪を振り下ろして来た様だった。


 泣きじゃくった後の蒼白な顔で、俺の背後を見つめるオリガに、しかし俺の心は余裕で満たされて居た。


 焦燥も絶望も無く、ただひたすらに生きようと言う希望ばかりが胸に押しては帰っていく。


 その気持ちの点滅が、俺に力を与えた。

 

 握る拳が熱く、みなぎる力が抑えられない。


 グスタフの鋭すぎる鉤爪が俺の肩口にあてがわれ、鱗と鱗との間に割り込み、皮膚を引き裂く不快感が現れた。


 俺が腰をひねったのは激痛が現れると同時だった。


 既に玉鋼よりも熱く成った勇気と拳を俺は振り向きざま、ガラ空きに成ったグスタフの腹部にねじ込んだ。


 柔らかすぎるその感触に、内臓を的確に抉った事を理解する。


 赤すぎる目を信じられないほど見開き、グスタフは吹き飛んで行った。


 「ゴッ……! ガアアアァァ‼︎‼︎」


 この世の物とは思えないほどの絶叫が、緑を失った庭に、街に降り注いだ。


 俺の視線の数メートル先、4メートルは飛んだろうかと思われる場所に、そいつは転がって行った。


 時折、うめき声をあげて、暫く痙攣して居たかと思ったら、人間だった頃の姿に戻って、そして動かなく成った。


 「ハァッ……ハァッ……」


 口内に広がる血の味に顔を顰めながらも、大きく肩での呼吸を繰り返す俺。こうでもしなければ酸素を肺に送り込めない。


 懸念を込めて、グスタフを睨むが、しかし最早微かな呼吸の気配も感じられなかった。


 俺は、ようやく、心に安心の風が吹き渡ったと思った、その時。


 「っテオさーん!」


 突如、横薙ぎに腰に強い衝撃を受けた。


 「良かった……テオさん、生きてる……!」


 その衝撃で激しく地面と衝突した俺、そこにはいつの間にか人間の体に戻った俺の体に、すがりつく様に抱きつくオリガだった。


 ぞこからも、かしこからも噴き出す俺の鮮血に顔を埋めるオリガ。


 それだのに、自分が汚れる事も厭わないで俺を抱きしめてくれるオリガに、俺も、自然と手を回して居た。


 「オリガちゃん!」


 すると、後方からびっくりしたような顔でその身体を揺らしながら走ってくるマリーが現れた。


 おっと……マリーも無事避難して居たんだな、気づかなかった。


 そして、俺の背中の方からも、やたら頑丈な2人の師匠が起き上がる気配がする。


 「ふん! ワシの方が速く起き上がったからな! やはりドワーフの体術の方が優れておる!」


 「何をほざくかこのチビめ! ワシだって全盛期で在ればあんなヨボヨボの魔物ぐらい一刀両断じゃ!」


 ま、この調子だったら問題ないだろーな。


 隠しきれない苦笑を頬に貼り付けて、俺は、ようやく立ち上がった。あちこち痛む体だったが、オリガが支えてくれれば難なく両足で体重を支えることができる。


 「テオさん、大丈夫ですか? 立てますか?」


 俺の胸の中でオリガが心配そうな声を上げる、自然に頬が緩むのを感じると、俺は、口では無く態度で示すことにした。


 俺は、やや若干、ふらつきながらもなんとか両足で大地を踏みしめた。


 今にも倒れそうな身体をやせ我慢で支えるのは、俺なりの男としての矜恃だ。


 案の定、目を丸くして、そしてそのすぐ後に心配そうに、その新緑の瞳を潤ませるオリガ。


 「だ、大丈夫なんですか?!」


 そんな、小動物を思わせる瞳で俺を覗き込むオリガに、精一杯笑って返そうかと思ったその時。


 「だ〜めよ、オリガちゃん! オトコがこう言う顔する時はたいっていやせ我慢してる証拠なんだから!」


 いつの間にか俺たちのそばに来て居たマリーがその赤ら顔を弾ませて、オリガに余計な入れ知恵をして居た。


 ッ〜〜! 余計なことを!


 「そ、そうなんですか!?」


 オリガのあまりに焦った声に、俺が大声で否定しようとした、その時……――!


 弾けるようなプレッシャーが再び猛威を振るった。


 さっきまで笑顔を浮かべて居たマリーも、バカな言い合いをして居たおっちゃんも師匠も、全員がその表情を凍らせ、プレッシャーの震源に目を向けた。


 そこには、既に死体と成り果てたとばかり考えていたグスタフが、引き裂かれボロ衣と同然と化した法衣を引きづり、やおら立ち上がったところだった。


 不気味なまでに白い肌は、俺との戰いで傷つき、地に汚れて居る。


 こちらを振り向かず、酷く遠く……北の山脈を見つめる背中が酷く不気味だった。


 その背中から、嗄れ、か細い声が聞こえてきた。


 「……私は、“覚醒”、したのか……?」


 それは、俺たちに問いかけているようであり、自問自答のようであり、しかし絶対的に確信を持っているようでもあった。


 ほぅ……と、ため息をする声が聞こえた。


 「……面白い、ついに、人でも、獣人でも…………ましてや、亜人ですらなくなったと言うわけか!」


 ふと、突然、茫洋とした言葉が、やかましくも鋭いやとようになり、俺たちの鼓膜を突き刺した。


 だが、俺たちの耳と心、そして体に傷を負わせた、そしつは、まるでこちらに興味がないかのようにやおら歩き始めた。


 その背中はあまりに退廃的で、おぞましく、惹きつけられ、背徳的だった。


 そして、何処か哀愁を帯びて居た。このまま行かせてはいけない。そんな考えが頭に浮かんだ。


 「っおい!」


 自分でも驚くほど通る声に、マリーがどうするつもりだと避難の目を浴びせる。


 「お前、これからどうするつもりなんだよ……?」


 しかし、俺の心は、頭で考える以上に滑らかに次の言葉を発して居た。


 俺の、その言葉に、小さく肩を揺らし、首だけ捻って此方を振り返る神祇官……グスタフ。


 その瞳は、始めてあった時の様な虚無感や、さっきの様な狂気は無く、どこか満ち足りた、正気に溢れた目をして居た。


 「何処にも……ただ、怨讐の続きをな」


 その言葉を最後に、いつの間にか奴の姿は俺たちの目の前から消え失せていた。


 そして、奴の姿が見えなく成った瞬間、ついに俺も緊張の限界か、失血のし過ぎか――


 ついに、気を失った。


コレで神祇官編(?)わおしまいですね〜

2話喰らい前に最終回とか言いましたが……

あれは嘘です、まだまだ続きます

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