Make haste slowly.
かなり急で、粗が多いです。
「ふ、英雄といえど、老いればこのざまか」
目の前では師匠が突然現れた竜人のハーフに踏みつけられ、血反吐を流していた。
そんな悪夢のような光景を前にして、俺はただ、呆然と立ち尽くすことしかできていたかった。
「ぐ……貴様、一体何者だ」
肋骨が折れたのか、師匠の呼吸はとても不規則で、しかし最早虫の息で有りながら師匠の目からは闘志は失われていなかった。
竜人となったら神祇官がそんな師匠に冷笑と一瞥を投げ捨てると、気持ち良さげに身の上を語り出した。
「私の名前はグスタフ! 北の山脈にて雪と氷に封じられた竜人の里の長と、卑賤なる人間の女との間に生まれた偉大なる竜人だ!」
神祇官……グスタフは、竜人となって昂ぶった闘争心も露わに、醜い顔に精一杯の笑顔を浮かべた。
その野太い足は依然として師匠の背に深くのしかかり、師匠の体をえぐっているが、グスタフは己の話に良いしているのか、その足には既に力は込められていなかった。
「しかし私は里から追い出された! 人の血が流れている、ただそれだけの理由で! 私はゆるせなかった! ただ、人の血が流れてないるというだけで私を追いやった竜人も、卑賤にして脆弱なる人間という存在も!」
くっ……!
俺は自分の心の中にも、どこかこいつの言葉に納得してしまいそうな部分があったので、思わず耳を塞ぎたくなったが、しかし、何故かそれをしてはいけないような気がした。
それに、あいつが自分の話に酔っている今こそが師匠を助けることのできるチャンスだ、そんな事をすれば、そのチャンスを失ってしまう。
ちらりと隣を伺うと、マリーが怯えて表情で、グスタフを見つめていた。
無理もない、マリーは俺が変身した姿も見たことがないのだ。そんな普通の人間であるマリーがハーフとはいえ竜人の放つ気に耐えることは難しいだろう。
「故に、私は復讐を誓った! まずは人間、南のものどもからだ! 私はそして今のこの地位を手に入れた! 心も肉体も、最早南の地で私に敵うとのはない! 次はタレイアだ! そして最後に私を捨てた北の連中に復讐してやる!」
やつが、天を仰ぎ、無我夢中で叫んだその瞬間。俺が今だ、と思いかけだそうとした、その一秒前。
「えい!」
俺の視界の端から飛び出す小さな影が見えた。その小さな影は掛け声とともに、グスタフに体当たりを食らす。
「なっ……!?」
「オリガちゃん!」
この驚愕の声は俺かグスタフどちらのものだったろうか。
そう、その小さな影は、オリガだった。てっきり隅でマリーと同じように青い顔をして震えているのかと思ったら……あのバカ!
もちろん、グスタフはオリガの様な華奢な少女が体当たりした程度では揺るぐ事もなく、むしろ、話の邪魔をされた事に対して、日に油を注ぐことになってしまった。
「この……小娘!」
そして、いとも容易く、オリガは足蹴りにされてしまい、遠くに投げ出されるしかし……
俺は見た、足蹴にされ、投げ出されるその瞬間、オリガが確かに俺の事を見てきたのを、そして俺は悟った。オリガが俺になにを求めていたのるのかを……!
「きさまァ! ヤメろ!」
俺は、今度こそ飛び出した。
師匠からは完全に気がそれ、オリガというグスタフがいう矮小な存在に邪魔されたことによって頭に血がのぼった相手を転がすには十分だった。
俺は、グスタフに体当たりを食らわすと、転げながら馬乗りになった。
俺の体の下で驚愕に目を見開く醜い顔がのたうちまわる。
が、俺はその顔を、殴った。力の限り殴った。
しかし、間髪入れずにもう一発殴った。
殴りながら、俺も変身を始めた。
「ガッ! アアァァッッッ‼︎‼︎‼︎」
怒りで、悲しみで、目の前が真っ赤に染まる。
師匠を傷つけられ、オリガを傷つけられ、そしてその2人を守れなかった自分への怒りで我を忘れて、悲しき同胞を殴りまくった。
下で蹲るグスタフの体が動かなくなるまで、殴り続け、オレの中で、何が、限界を迎えかけた、その瞬間。
「ッッッハ!」
突然に、俺も殴られ、後方へぶち飛ぶ。その瞬間、俺は我を取り戻して、俺や殴った人物を確かめた。
そこに立っていたのは俺に体術の基礎の基礎を教えてくれた、ドワーフのおっちゃんだった。
「お……おっちゃん」
しかし、おっちゃんは俺の言葉に応えることなく、既に意識が無い状態のグスタフを短い歩幅でまたいで俺の元にくると、もう一度俺の顔を力いっぱいにぶん殴ってきた。
なにすんだ、という反論の言葉は、次のおっちゃんの言葉に全てかき消された。
「てめえ! 今の戦い方はなんだ! オレはお前にそんな野蛮な戦い方を教えたつもりはねぇぞ! いいか、常に自分の心は自分の見える位置に置いておけ! じゃないとてめぇ……――」
だが、おっちゃんの言葉は最後まで聞くことができなかった。
突然、俺の目の前から横薙ぎにぶっ飛ばされるおっちゃん。
そして、代わりにオレの目の前に立っていたのは、俺がボコボコに殴ったせいで憤怒の形相をより醜くした、我を失ったグスタフの姿だった。
「おのれぇ……おのれぇぇぇッッッ‼︎‼︎‼︎」
やべぇ!
「いかん!」
俺の心中の声と、師匠の声が重なった。
この大陸のいたるところに現れる魔物……
その魔物の正体とは……
「貴様ら……ぶち殺してやるぅぅぅ‼︎‼︎‼︎ガアアァァ‼︎‼︎」
心を失った、獣人と人間の、ハーフだ。
もしかしたら次回が最終回です