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shadow


 休憩に入ったオリガが俺の元へ小走りでかけてきた。


 「テオさん!」


 頬を上気させ、火照った身体から汗雫が流れて、子供ながらにドキドキさせる姿だ。


 オリガの腰からは、初めて会った時の装飾目的の剣とは違い、おそらく師匠からもらったのだろう、女子供でも、振り回せる程度の軽い剣がさげらていた。


 ったく、俺の時なんかには実践の2倍の重さの丸太を使わせておいて現金なジジイだ。


 「……ったく、何やってんだよオリガ」


 俺は、先ほどのマリーとの会話と、ついでに起きた時の恥ずかしい記憶を胸奥にしまい込み、呆れ半分にオリガに問い直した。


 その時の俺の顔が余程露骨に呆れていたのか、オリガは半ば申し訳なさを含みながらもはにかんだ。


 そして、突然表情を決然と引き締め、硬い声色で俺に返答した。


 「私、気づいたんです。私は甘える自分を変えたいためにお爺様の元を飛びだしたのに、結局テオさんに甘えてる。それにこの前も……」


 そういうと突然、顔を悲しさとも申し訳なさとも着かない表情に歪めると、俺の胸にその顔をうずめて、手を背に回してきた。


 突然の出来事に息が詰まる。


 背中に回された手が、ゆっくりと這い回り、先日魔物に切り裂かれた肩の傷を撫ぜた。


 オリガが優しく撫ぜた傷が痛みでは無い何かに疼いた。


 他の種族に比べて治癒力の無いはずの体だが、こうしてオリガが触れてくれることによって、まるでみるみるうちに治って行くような錯覚に襲われる。


 俺の胸元から、オリガのこもった声が響く。


 「本来、この傷は私が甘んじて受けるべき傷をだったんです……」


 オリガの、俺を抱く手にさらなる力が加わり、胸に頭が押し付けられる。


 いきなり白状されたオリガの胸の内の苦悩に、目を白黒させるしか無い俺だったが、ふと前をみたらなにやら変な動きをするマリーと目が合った。


 マリーのその動きは下手くそな犬かきのようであったが、視線には急かすような必死さがあり、俺はその瞬間、自分が何をすべきかを察した。


 俺の胸の中で小刻みに震える少女の頭に、右手を、少しでも力を加えれば折れてしまいそうな腰に左手を、添えた。


 ぎこちのなく、慣れない抱擁に心臓が余計な血液を身体中に送り出す。


 次第に、再び顔に熱が集まるのと同時に、オリガの頭を直視できなくなり、視線を上にそらした。


 頭を上に向ける際に、鼻腔いっぱいにオリガの香りが吸い込まれ、心音のさらなる加速を施した。


 「あー……のな、オリガ」


 ばくばくと頭の中にまでうるさいほど響く心臓の音と、からからに乾いた口内と戦いながらも、ようやく言葉を紡ぐ。


 頭の中に、幾つもの言葉が浮かんでは消えを繰り返し、一つ一つを自分に吟味させ、呻くように続ける。


 「おれは男だからさ……身体をはって、女――お前を守らなくちゃダメだと……思、う」


 次第に頭がぼんやりして、自分が何を言ってるかもわかなくなってきて、自然とオリガを包む腕にも力がこもり始める。


 「それが、好きなオンナだったら尚更だ……だから、お前の為に負った傷は、むしろ勲章なんだよ、俺にはさ……」


 最後はもはや言葉にならないほどのウィスパーボイスをオリガの頭の上で囁くことがやっとだった。


 しばらくそうして抱き合っているうちに、ようやくオリガが俺の胸に手をあてて距離を置いた。


 内側に合った温もりがほどける感覚に無性に寂しくなる。


 俺の胸から俯いたまま離れたオリガは、数秒あって、再び顔を上げた。


 汗はすっかり乾いていたが、顔はなぜか先程よりも赤く、目には僅かに泣いた後があった。


 が、それでもオリガは朗らかな笑みを浮かべて、おかしそうに大きな声で笑った。


 「テオさん、すっごく心臓ドキドキしてましたね!」







 そうこうしている内に、屋内にいた師匠が戻ってきた。


 目にはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、訳知りがおで俺の顔を覗き込んでくる。


 はり倒してやりたいが、俺の実力じゃあまだまだ師匠にはかなわない。


 胸臆を気取られないようにひっそりとオリガと距離をとり、俺はあえて師匠に言葉を向けた。


 「……鍛錬を再開するには、休憩が短すぎるんじゃないのか?」


 これは事実、俺の時にくらべたら半分にもみたないから出た言葉だ。


 だが、師匠はそんな言葉に対しても、何故か独り合点して再び嫌な笑みを浮かべたまま、俺の言葉を無視した。


 「まあそんなことはどうでもいいんじゃワシが用があったのはお前の方だからな、テオ」


 歳を感じさせないハリのある声は怒号に響き、楽しそうに歪めていた瞳をいつも以上に真剣な光を帯させた。


 「広間の方へ、行ったのだな?」


 既に追い越して師匠の背丈だが、何故か声は上から降るように聞こえてくる。


 師匠の目はいつも何故か見上げたくなるような位置にあり、そしてその眼光は全く虚偽をゆるしてくれる類のものではない。


 「ああ……教会の前までな」


 「なにも、なかったか?」


 師匠にしては珍しく、何故か歯切れ悪く歩いはどこかしら帯得たように俺の目を覗き込む。


 このとしになって尚澄んだままの瞳は吸い込まれるような心地にさせる。


 「……神祇官には……」


 「……? ま、まだ会ってないけど……」


 そんな会話が、宿屋と裏庭で他愛ないかいわとして処理されるはずだった昼間。


 しかし、そこにはすでに暗澹とした雲が忍び寄ってきていた。


 澄んだような、しかし隠しきれない腹穢さにまみれた言葉が、緑を蹂躙すにきた。


 「……皆様、このような場所にお集まりでしたか……」


 不意なるまぬかねざる客……。


 南部教会最高位の法衣を微風にはためかせ現れたのは。


 さきほどまで広間の教会にて説法をといていた、神祇官。その人だった……。

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