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Monsters' weeping


 起きてすぐの昼食を腹に詰め込むと、俺は気まずさを振り払うように席を立をたった。


 必要以上に気張って立ち上がったせいで食卓に大きな音がなって、オリガの目がこちらを向く。なんというかいたたまれない。


 「っ……こ、こうしちゃいられねえ! えと、オリガ俺はちょっくら外に出て行くから……る、留守番よろしくな!」


 俺は顔に熱が集まるのを必死に堪えながらも、もごもごと口の中で呟くことしかできなかった。






 相変わらず故郷の町は森閑としていた。俺が最後にこの街を訪れた時から、子供が少なくなってきているらしかったが、それにしたって、あまりにも人の気配がなかった。


 その謎は、町の広場、教会へ行って解けた。


 「ちぃ……なんなんだよ、人の町で好き勝手しやがって」


 この町の中央に位置広場の、その中の教会で、なんと町のほとんどの人間が説教を聞いているようだった。


 広く、(かんぬき)をぬかれ神の教えの為に開け放たれた扉の前でおれは舌打ちをかました。


 おそらく、この位置からでは見えないが、説法を説いている坊主はあの神祇官だろう。


 俺が軽く教会を睨んでいると、ふと唐突に後ろから声がした。


 「その意見には確かに賛成だがゆっておくが、ここはお前の町ではない」


 いきなり後ろからしたなにかしら懐かしいしわがれた声に振り向く。


 が、誰もいない。


 「――っな……⁈」


 一瞬、辺りを見渡そうと目を宙空に這わしたその途端。再び声が上がった。俺の、足元から。


 「こっちだこの半竜人(ノウタリン)!」


 懐かしくも腹立たしいしわがれた声で悪態をついていた物の状態は。


 「オワー! ドワーフのおっちゃんじゃねーか! まだ生きてたのかよ、相変わらずしぶてーな!」


 おれは、俺の膝元程度くらいしかないずんぐりとした第二の師匠とも言える人の脇を抱えもって抱き上げた。


 視線がようやく絡み合って、おっちゃんの濁った灰色の目と、この前あった時よりもシワの多くなった顔とかち合った。


 「バカかお前は! おろせ、おろさんか!」


 よっぽど俺に持ち上げられたのが恥ずかしかったのか、血色の悪い顔を真っ赤にしてジタバタしはじめた。


 ドワーフという種族は、背は小さい癖に種族的に身体中が硬く重い筋肉で覆われているため、暴れられたら抱えている俺としてはバランスが悪くなってたまったもんじゃない。


 「……っと、わかったわかった。暴れんなって!」


 俺は今だにジタバタと短い手足を振るう老ドワーフを、ようやく舗装され尽くした広場の床に下ろす。


 本来なら獣人に数えられるドワーフも、普通ならば大陸の北部の険しい山脈に居を構えると聞くが、どうせこのおっちゃんの事だ、その共同体(コミューン)を追い出されたにちがいない。


 「全く……貴様は相変わらずの阿呆だな、ところで、貴様、ワシの鍛えてやった体術の腕は落ちておらんだろうな」


 俺が胸中、なかなか無礼なことを考えている事など思ってもないだろう様子でぶっきらぼうに俺に聞いてきた。


 そう、俺のもう一つの師匠というのは、このドワーフのおっちゃんに拳で戦う技術を稽古付けてもらったからだ。


 そして、同じ師と仰ぐ人でも、こちらの方が幾分かまだ良心的ではあった。


 もう1人の師匠は剣一本あればどんな世の中でも私歩いていけるようにしてやると豪語して、その通りの頭のおかしな修行を繰り返された。まあ、おかげで今ここに生きているわけではあるが。


 「あ、ああもちろん」


 とは言っても、実際、俺は拳で戦うよりも剣で戦った方が強い。――まあ師匠の道徳心の差の現れだとはおもうが――しかし、17歳を越えたあたりから、人間に作られた剣では俺の腕力に耐えきれなくなってきたらしく、最近ではもっぱら拳で戦う機会の方が多い。


 「ふん、それで良い、そもそも俺が北で暮らしてた時にみたホントの竜人は、剣なんか使っておらんかったからな」


 俺の言葉に満足げに鼻をならすと、何時ものこの言葉を言った。どうやらおっちゃんは殆どの他種族に姿を見せない竜人を見たことを自慢にしてるようだった。


 「ところでお前のつれてきた女の子、あのムスメ、ほおっておくとあの化け物の奴に殺されてまうぞ」


 一瞬、俺はおっちゃんの言ったことが理解できなかった。が、次の瞬間、思い当たる節と嫌な予感が脳裏に閃光のように走った。


 「お、おいおい……嘘だろ?」


 一縷の望みをかけて臨んだ言葉はしかし、あっさりと、笑えるほどさっぱり、おっちゃんの言葉にへし折られた。


 ただでさえシワの浮いたなめし革の様な顔の、さらに眉間に皺をよせ心底嫌そうに吐き捨てた。


 「何が嘘なものか、あの男、お前の連れてきた嬢ちゃんに所業をつけるつもりらしいぞ、宿の裏庭で2人が剣を振り回してるところを見たわ」


 その言葉を聞いた途端、俺は頭の中が真っ白になって行く事を感じた。


 気がついたら足は既にその場を離れ、背中に追いかけるおっちゃんの声も、既に耳に入らなかった。






 「ハァ……ハァ……」


 「ヌルい、この程度で息があがっておいて、ウヌは満足なのか?!」


 俺が宿の裏庭に近づくと、真っ先に聞こえた言葉は、師匠の鬼のような怒声だった。


 さらにその胸声の裏に隠れてオリガの今にも倒れそうなか細い息遣いが聞こえる。


 「ッ……ほんと、一体全体どうなってんだよ!」


 宿屋の裏庭とひと気の無い道とを隔てる生垣を軽く飛び越え、俺は2人を見守るようにして立っていたマリーに詰め寄った。


 「おい! いったいコレ、なんなんだよ!」


 突然に現れ、そしていきなりの怒声で詰め寄った俺に、驚いた様子もなくマリーはため息混じりに答えてくれた。


 「オリガちゃんが、お昼ご飯の終わった後に、おじいちゃんに頼んだのさ……わたしに修行をつけてくださいってね」


 一瞬だけ俺から目を離し、2人の方へと視線を這わすマリー。俺もそれにつられて、2人……ケガこそおってはいないが、極度の疲労で剣を杖にやっと立っているような状態のオリガを見る。


 師匠が木刀であるに対し、オリガは真剣だが、これは俺の時もそうだった。例え誰が相手であろうと、躊躇うことなく刃を向けれなくてはならないという師匠の考えゆえだ。


 だが、しかし、オリガは聞くに、タレイアに本拠を持つ大豪商の孫娘だ。文字通り深窓の令嬢だ。


 人に刃を向けるとは愚か、おそらく剣だってこの旅に出てから始めて握ったに違いないムスメが、そう簡単に人に降り下ろせるものではない。


 「あの娘はね……アンタの為に稽古をつけてくれ、って言ったんだよ」


 俺はその言葉に、心臓が締め付けられる思いがした。


 マリーの方に視線を戻せば、マリーは今だ遠い目つきで、師匠とオリガを見つめている。


 俺は、吹き出していた汗が徐々に引いて行く感触とともに、マリーの言葉に耳を傾けた。


 「あの娘、よっぽど自分を庇ってアンタがキズを負ったのが許せなかったんだね……おじいちゃんが竜人の種族の特徴の事を話したら蒼い顔をして……――」


 マリーの言葉に、今度こそ我を忘れた。


 マリーより一頭以上の体格差によって、マリーの顔は完全に影で覆われている。


 気がつけば、鋭くなり始めた爪がマリーの肉付きの良い肩に食い込んで、エプロンの肩掛けには血が滲み始めていた。


 「……言ったのか、あのコトを?」


 これまでの生きてきた中で、感じたこともないような焦燥が頭の中を駆け巡っていた。


 まるで、母さんを病で亡くしてしまった時のあの気持ちによく似ていた。


 しかしそれでも、その時以上に喪う事の恐ろしさが胸を突いて駆け巡る。


 「……話して、ないよ」


 その言葉に安堵すると同時に、ようやく俺は自分が何をしているのかに気がついた。


 慌ててマリーの両肩から手を離す。既に人間の違わぬ形に戻った爪の先は、赤く滲んで、俺自身の罪深さを物語っていた。


 「ッ――ゴメン……なさい」


 思わず口を突いて出た言葉は、幼い頃、この宿に引き取られて直ぐの時に良く口にした言葉だった。


 その時もマリーは


 「……イイわ、私も至らなかったしね……」


 と言って、許してくれた。


 だが、こんな風に人を傷つけてしまった事は初めてだった。


 もしも、また再び激情に駆られてしまったら……もしも今度はコレが取り返しのつかないことになったら……――もし、次がオリガだったら……――


 「……テオ」


 暗い思案の楼閣に陥っていた俺の心を取り戻してくれたのは、再びマリーだった。


 「あの子はきっと、アンタの事をそんなだけじゃ、嫌いになんかならないよ」


 「 ……そんなわけ、ねーだろ」


 口ではこう言っても、マリーの言ってくれた一言は大きく俺の心を救ってくれた。


 師匠とオリガは、漸く、休憩に入るようだった……。


 


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