this song from me to you
南部教会は元々豊かな土地に住んでいた人間たちの間で信仰されていた宗教が徐々に力を集めて、いっときは大陸全体のたった一つの教義となっていた。しかし、そのあまりに人間を優位にみてその他を野卑たものとして扱う教義に反発した獣人たちが北の宗主国カリオペの国王を教主として祭り立て生まれた物が、獣人の北部教会。
大陸北部は切り立った山々に囲まれ、厳しい気候にあるため人間たちはそうそうに生きることができないため、南部で生活を追われた獣人や一部の亜人が、商業国タレイアの鼻の先を掠めて西北のエウテルを頼って北へと逃れて行く。
しかし、そこで運悪くタレイアの雇う傭兵や商人に見つかれば、即座にその身は商品となり、奴隷として棚に陳列されることとなる。そうなれば助かるのは極一部の金を持っている富豪か、ただとてつもなく運の良い奴だ。
大陸南北どちらの教会でも、奴隷は禁止されているはずだが、しかし南は勿論、北でも獣人よりも立場の安定しない亜人が、奴隷と同然に扱われている事は公然の秘密だ。
事実、俺が一度だけ訪ねたことのある北の宗主国カリオペの国都では、見渡す限りに首から鎖を下げた亜人達が売り買いされていた。
そして、今回の亜人が売られたという事件、師匠の話からしてタレイアを経由したことは間違いがない。これは、売りに出した方も相当の立場と財産を持っている人物の仕業だということだ。そして売られた亜人達は、宗主の妾の子等だともいう。
これは、良くて宗主の妾の子をよく思わない存在たちの仕業か、最悪の場合、宗主自らが、己の8人の子供たちを奴隷として売りに出したということになる。
瞬間、背中の傷が疼いた。
「……確かに、このタイミングで南部教会の組織の幹部である神祇官が現れるのはできすぎてるとは思う。だけど、そいつが買ったという確証はねえんじゃねえーか?」
師匠にはなった言葉は、それだけで鈍い剣を含んでいた。俺はそんなことにも気がつかないほどの焦燥が、胸に去来していたことも自覚することなく、師匠は力なく微笑むと、言葉を続けた。
炎が小さく小さく揺れる。
「……お前を襲った魔物が8体、売られた奴隷も8体、そして南方の神祇官だ……お前が信じたくないのもわかる、だが――」
師匠が一度言葉をきって、俺の目をまっすぐに見た。既に老いがきて久しいはずなのにいつまでと濁らない澄んだ目だ。その目をみた瞬間、俺は自分の中の焦りに気がついた。
血がにじむほどに強く握りしめた拳がやけに痛い。
「お前は昔から他人の痛みを自分のことのように気負う癖がある……それがおまえの優しさゆえということはわかっているが、あまり他人の痛みに惑わされるな」
師匠の言葉はいつも耳に鋭く突き刺さる。茫洋の優しさの中にきつい厳しさ……ガキの時からしたんしんで来た師匠の目が確かにキラリと光っている。
「……わかってる。で、師匠が言いたいことも、あらかた検討がついた」
「うむ、理解が早くて助かる。神祇官はまだしばらくこの街に滞在するようだ。ホリュムニア本都に帰られる前に、なんとか種を暴け」