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 静かに闇の中に穿たれた橙色の灯火が、俺と師匠の顔を光に濡らしていた。


 この小さな宿の一室を借りて突然に師匠に連れ出されて行われたのは、師匠が突然にこの街へ帰ってきた訳だった。


 「……で、師匠。怪我人の俺を無理矢理寝床から引き剥がしてでも聞かせなきゃならない話って一体なんなんだ?」


 俺の無遠慮で眠たげな声が、虚ろな闇の中に吸い込まれて行った。あるなしの判断のつかない風が起こるたびに揺れる灯火が、師匠の暗い顔を照らし、少なくとも気持ちのいい話で無いだろうことを俺に伝えている。


 俺は、そんな緊張を孕んだ闇の中で、なるべく師匠の目に入らないように欠伸を噛み殺した。窓は布切れが引かれて外の景色は見えないが、今頃だと月も見えない星々の深夜時だ。眠たくないわけがない。


 一瞬、俺の言葉に対する返答のためか、師匠が深く息を数気配がして、そして吐かれた。


 また暫く、一瞬よりもほんの少し長い間が置かれると、師匠は重苦しそうに口を開いた。


 「……本題に入る前に」


 一度言葉が切られたかと思うと、また直ぐに言葉の端は開かれた。その頃には俺の目も冴え、真面目に話を聞こうと無意識に背筋を伸ばしていた。


 「1つ、聞いておくが、お前を襲ったのは“8体のポーン”だったのだな?」


 その、酷く重く枯れた声に、俺はただ唸るように首を縦に振った。


 その俺の首肯に、どこか諦めたような、重く深い溜息が漏れた。


 「そう……か」


 師匠はそう言ったきり、椅子に力なく腰掛けた。師匠の若い頃からは衰えたとは言え、筋肉を蓄えた身体に、椅子が悲鳴を上げるように軋んだ。


 「……おい、もったいぶってないでさっさと言ってくれよ、どうせ本題とも連なってんだろ?」


 恐らく、オリガもその話の中に関係してくる。どうしてもそんな不安が拭えず、声をかけた。


 俺の言葉に若干瞳を揺らした師匠は、力なく、落胆以上の感情を声からにじませ、話を始めた。


 「……“北の教会組織”から、亜人(ハーフ)達が行方知れずとなったと聞いて、捜索を依頼された」


 “北の教会”か、大陸北部、獣人の……南を中心として花開いた人間文化から弾き出された者の南部教会から独立して作り上げた教会……


 俺も、もしも師匠と出会わなければその教会に孤児として引き取られていたかもしれない。


 師匠は、思い出すというより当時の状況が目の前にあることを、虚ろな目と詳細な内容で俺に教えた。


 「行方知れずとなった亜人は全員、北の宗主の妾の仔らで、東北の国クレイオに入国したまでは目撃者がおった……手枷をはめられた状態で役所を通った姿は、人々の目についておったようだ」


 師匠は、そのまま見失ったよ、と力なく、呟くように言った。が。


 「そして、先日……オリガ嬢の出身国のタレイア――大陸きっての商業国家で、8体の亜人の奴隷オークションが開かれたそうだ……」


 そこまで聞いて俺は、自分の中にあるどす黒い怒りの感情に気がついた。師匠も多分気がついていたんだろう。俺に憐憫の目を向けているのがわかった。


 図らず、歯を食いしばっていた口の中から血の味がする。だが、それ以上に俺には気がかりなことがあった。


 「おい……その奴隷オークションを主催したのは……」


 「お前の考えているとおり、タレイアの中でも指折りの大財閥、オリガ嬢の祖父……エンゲル商会が主催だ。……流石に、奴隷オークションというシステム上、誰に売ったかまでは誰も知らん……」


 だから諦めてここに舞い戻った、てわけか……


 俺も、全身の力が抜けたような虚脱感が不意に遅い、突然、自身の身体が重たくなったような錯覚を覚える。


 無意識のうちに額に乗せた右の手の甲がやけに冷たい。


 エンゲル商会……北の宗主や南のポリュムニアとも強い結びつきのある大陸中屈指の大財閥……南北教会を始め、ありとあらゆる場所に金の貸付も行なってきた守銭奴。奴隷ビジネスなどその一巻に過ぎないのだろう。


 ……それが、それがオリガの実家っ……! 獣人を……ハーフを物品の様に扱う、そんな悪魔の職業が……!


 「テオ、落ち着け……話はまだ終わっていない」


 師匠の冷水の様な言葉で、突然に現実に戻された。頭に登っていた血が急に引くと、手のひらに食い込んでいた爪の痛みを漸く感じた。


 「わしがこの街に戻ってきたのは捜索を諦めたからではない。エンゲル財閥の長の孫娘までも行方知れずとなり、わしに捜索願いを出してきおった……膨大な金に物を言わせてな」


 師匠の苦しそうな横顔を見れば、その金に物を言わせてとやらが、ただたんに報酬を支払うという意味ではないことは見て取れる。大方、この宿やを潰されると脅されたのだろう。人間のやりそうな、姑息な手段だった。


 「まあ、その孫娘とやらはすぐに見つかったがな……お前と一緒にいることは驚いたが、お前と一緒にいる間なら心配はあるまい」


 一瞬、自分の中胸の内に広がった感情が何かわからなかった。ただ、師匠がオリガを、連れ帰って行ってしまう、と考えると、酷く胸の奥がざらいたようになる。


 

 「そんなことより……だ、ここにきての南部教会の神祇官がここに折れるときた、なにか、できすぎてないか?」


 立った一つだけてされた蝋燭の火が、小さく、だが激しく、揺れた。


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