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BRAND GARL

 目の前に横たわる蒼い大地、どこまでも吹き抜ける明るい風が、眼前の緑の海原の表面を優しく撫でながら、俺たちを飲み込んで、通り過ぎて行く。


 足元の草が、ユックリと傾き、俺の膝を撫でる。分厚いズボンの布越しにも感じられるくすぐったさが、余計に俺の気怠さを増加させる。


 「まったく、“また”これかよ……」


 遂に耐えきれなくなった俺の倦怠が、溜息と共に吐き出された。


 爽やかな風の中に怠惰の吐息が溶け込んだままかえらない。


 要するに、俺はこんな爽やか良い天気なピクニック日和に、心底疲れ切ってしまっているのだ。


 と、いうのも……。


 「ごめんなさい、私のせいで……」


 「ん、あ〜……いや、嬢ちゃんのせいじゃねーよ、悪いのはあのクソジジイだ」


 俺はなるべく――努めて冷静に――優しく聞こえるように声をかけて、しゅんと首垂れるオリガの髪をそっと撫でてやる。


 それでも尚、悲しそうな表情を崩さず、目を伏せている。師匠の言うことを信じているようだ。


 水よりも柔らかな薄茶色の色彩の中を流れていく俺の武骨な指。


 するりとなんの抵抗も無く滑り落ちて行く俺の指を見つめながら、俺は忌々しい記憶を掘り起こした。


 問題は昨日のこと、師匠が部屋に乱入してきたことが起因する。


 あの大陸南北戦争にも参加した伝説の戦士は、とにかくわけのわからない思いつきが多い。俺がガキのころからそれはちっとも変わらなかった。


 記憶に残るうちで最もひどかったのは、あのクソジジイの突然の思いつきで魔物の最上位である“クィーン級”に引き合わされたことだ。もちろん速攻で逃げた。12の時だ。


 そして、今、俺は久々に会ったそのクソジジイの突然の思いつきに、オリガとともに参加していた。


 内容は、『婆さんが急性右肩中毒になったので治すための薬草を持ってこい』である。


 そもそも、そんな病気はこの世に存在しないし、右肩中毒ってなんだよ、て話しである。キズは舐めれば治る、病気は気合で治せ、と公言している男が、病気の名前なんぞ知っているはずがない。


 詰まる所、結局はあのクソジジイの思いつきだ。婆さんが病気にかなったシリーズはかなりのバリエーションがあってそのたびにフィールドワークの真似事をさせられた。


 薬草の種類や効能など、身体をはって覚えたからこそ今の俺はここにいるわけだろうが。


 「まあ……早いトコ適当な薬草見つけて宿に帰ろうな」


 俺は、苦笑を隠すことも出来ずにもう一度オリガの頭を撫でた。


 全く、この子は優しすぎるな、全く外の世界に飛び出すには向いていないタイプじゃないか。


 オリガの頭を見つめたまま、俺はもう一度苦笑いを浮かべた。


 この、クソジジイの突然の思いつきの、『婆さんの薬草取り』は本当に俺がガキのころからやっていた鍛錬の一つだ。


 最初の方こそ、婆さんが病気になったのは俺の所為だとだと言われたので、俺も今のオリガの様に青ざめて森の中を駆け回ったものだ。


 自分自身でそれが使える薬草かどうかを確かめては、何日も腹痛にうなされていた。


 で、今回は師匠曰くオリガの仕業で婆さんは病気になったらしい。


 クソジジイ、オリガまで修行に巻き込むなんてなに考えてんだよ。


 だが、そんなことを言って行っても始まらない。あのジジイはやれと言ったら最後までやらせるのだ、一切の妥協もゆるさない。そんな柔軟な思考と頑なな意思が、長年の戦いを生き残ってきたすべなんだろうな、と俺は思った。


 「ま、しゃあない、とっとと薬になりそうなもん見つけて、夕方までには帰ろうぜ、な?」


 俺は硬い表情のままのオリガを施して、近くの森の中に足を進めた。


 




 オリガとともに森の中へ入って数時間。日はまだ高いところにあるとは言え、体力は無限じゃあない。


 「はぁ……暫く、休憩するか」


 「は…はい」


 半分(ハーフ)とは言え竜人の俺が少々疲れを感じた頃だ。人間の女のオリガなんかはもうヘトヘトだった。


 俺たちは予め用意しておいた弁当を、木漏れ日の中に敷く。婆さんが病気という設定の為、お弁当はマリーのお手製だ。


 マリーも料理は下手な方ではない。寧ろ普通よりも美味しいだろう。少なくとも俺よりかは遥かに美味い。あの婆さんの腕が異常なんだろうな、あの宿の飯は。


 弁当のおかずを咀嚼しつつ料理の作り手に思いをはせる俺。そんな時、丁度俺のことを穴が空くほどに見つめるオリガに気がついた。


 「ん? どうかしたか?」


 食事もとらないでぼけっと、此方を見つめるオリガに声をかける。


 「あ、言え……なんだか、不思議だなあと思って」


 俺の言葉に対し、首をかしげることなく淡い微笑みをかえすオリガ。


 空から降り注ぐ太陽の木漏れ日がオリガの儚い美しさを照らす。


 「テオさんと出会わなければ、今の私はここにいないんだな、と思って」


 「ッ〜〜――きゅ、休憩も充分しただろ! さっ、さっさと薬草見つけて戻ろうな!」


 なんだよ、突然。俺は言って立ち上がって急に恥ずかしくなった。視界の端にきょとんと首をかしげるオリガが映る。


 くそっ! 本当になんだよ、突然。俺の事を怖がりもしない女の子に、寧ろ俺が、俺が……怖がって、る?


 「あ、はい!」


 いそいそと口の中に弁当を放り込むオリガを、俺は直視することができなかった。


 

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