第30話 王都への道で、さっそく仕分けされそうになる
王都便一号は、静かに街道を進んだ。
荷物は紙束。
護衛は騎士。
炊事担当は鍋持ち。
記録係は半分死んだ目のトマ。
三村代表は緊張で背筋が伸びすぎているエマ。
商会代表ミレーユは、王都を相手にどうやって交渉で首を取るか考えている顔をしている。
そして俺は、局長席ではなく馬車の隅で揺られていた。
「……これ、本当に配送局の代表団なんですかね」
俺が呟くと、トマが帳簿から顔を上げずに答えた。
「見た目だけなら、商隊と騎士護衛と炊き出し班の混成部隊です」
「まとまりないなぁ」
「でも、それが配送局です」
妙に納得してしまった。
騎士団。
商会。
教会。
村。
炊事場。
帳簿。
全部を繋いだ結果、こういうよく分からない一団になったのだ。
馬車の外では、ガルドとマイラが前後を警戒している。
肩の傷はまだ完全ではない。
それでもガルドは平然と馬に乗っていた。
無理しているのは見れば分かる。
だが、今の俺が言っても「問題ない」で終わるだろう。
セラフィナ様の圧を瓶詰めにして持ってきたかった。
◇
王都へ向かう道は、思ったより整っていた。
エルドベルク周辺の街道とは違う。
轍は深いが、石が敷かれている場所も多い。
途中には宿場町もあり、王都から地方へ向かう商隊ともすれ違った。
だが、すれ違う商人たちの目はどこか冷たい。
いや、警戒している。
エルドベルクから来た馬車だと分かると、わずかに距離を取る者もいた。
「噂が回っていますね」
ミレーユが窓の外を見ながら言った。
「黒霧災害ですか?」
「それもありますが、おそらく配送局の噂も混ざっています」
「もう?」
「噂は馬車より速いですから」
嫌な言葉だった。
俺の視界には、王都へ伸びる赤線の他に、街道沿いの宿場へ細い赤い枝が伸びていた。
【流言:エルドベルクは黒霧に汚染された】
【流言:異邦人が物資を支配している】
【流言:騎士団長が外部勢力に操られている】
「……ひどい言われようですね」
俺が呟くと、ミレーユが少し目を細めた。
「何が見えました?」
「エルドベルクが汚染されたとか、俺が物資を支配してるとか、リリアナさんが操られてるとか」
ガルドの目が鋭くなった。
「団長を侮辱する噂か」
「落ち着いてください。噂です」
「噂でも許しがたい」
「そこで剣を抜いたら、噂が強化されます」
ガルドは黙った。
納得はしていない顔だ。
でも、剣には手をかけなかった。
えらい。
ミレーユは指先で帳簿の端を叩く。
「想定より悪質ですね。配送局だけでなく、騎士団長の正統性まで揺らしにきています」
「王都で俺だけじゃなく、リリアナさんも攻めるつもりか」
「ええ。配送局を潰すなら、支える柱を折るのが早いです」
柱。
騎士団。
教会。
商会。
住民。
そのどれかを切り離せば、配送局は弱くなる。
向こうも分かっている。
俺たちの強みは、同時に弱点でもある。
繋がっているから強い。
でも、繋ぎ目を狙われる。
◇
昼過ぎ。
最初の宿場町に着いた。
名はラウゼン宿場。
王都へ向かう商隊がよく泊まる場所らしい。
本来ならここで水と飼葉を補給し、宿を取る予定だった。
だが、宿場の入口でさっそく止められた。
「エルドベルクからの一団か?」
門番らしき男が、槍を持って立っている。
その後ろには、宿場の衛兵が数人。
さらに、灰色の服を着た役人風の男もいた。
早すぎる。
ただの宿場検問にしては準備が良すぎる。
俺の視界に赤線が浮かぶ。
【宿場検問】
【目的:代表団の分離】
【対象:レンジ】
「来ましたね」
俺が小声で言うと、ミレーユが微笑んだ。
「分離策ですか?」
「たぶん。俺だけ別室に呼ばれるやつです」
「乗ってはいけません」
「分かってます」
役人風の男が前に出た。
「王都評議会の臨時通達により、黒霧災害地から来た者は個別確認を受けてもらう」
ガルドが馬上から答える。
「我々は王都召喚に応じたエルドベルク代表団だ。通行証もある」
「通行証は確認する。しかし、異邦人レンジについては、別途聴取が必要だ」
ほら来た。
別途聴取。
便利な言葉だ。
「俺だけですか?」
俺が聞くと、役人は冷たい目で頷いた。
「そうだ。黒霧災害後に発生した認可外組織の責任者であり、特殊能力者だと報告を受けている」
「この場で?」
「宿場詰所で行う。同行者は不要だ」
不要。
つまり、切り離す。
俺はミレーユを見た。
彼女はすでに一歩前へ出ていた。
「恐れながら、その聴取命令の文書を確認させていただけますか」
「商人に見せる義務はない」
「では、王都召喚命令と異なる手続きとして記録します」
トマが無言で帳簿を開いた。
役人の眉が動く。
「記録だと?」
「はい」
トマの声は少し震えていた。
だが、逃げていない。
「エルドベルク配送局王都便一号、ラウゼン宿場到着時、現地役人が正式代表団から責任者のみを分離しようとした。命令書提示なし。同行者拒否。以上の記録になります」
「貴様、脅す気か」
「記録です」
おお。
トマが俺と同じ言い方をした。
少し感動した。
役人の顔が不快そうに歪む。
だが、ミレーユが追い打ちをかける。
「この代表団は、騎士団、教会、商会、三村代表の共同使節です。責任者単独の聴取は、代表団の正式性を損ないます」
エマも震えながら前に出た。
「私たちは、三つの村の言葉を預かってきました。レンジ様だけを連れていかれたら、私たちの話は誰に届ければいいんですか?」
役人がエマを見下ろす。
「子どもは下がっていろ」
その瞬間、ガルドの空気が変わった。
剣は抜いていない。
だが、場の温度が下がった。
「彼女は三村連絡役だ。代表団の一員である」
役人は少し怯んだ。
マイラも静かに位置を変え、馬車と役人の間に入る。
無言だが、威圧感がすごい。
俺はそこで口を開いた。
「聴取には応じます」
全員が俺を見る。
役人の口元が少し上がった。
だが俺は続けた。
「ただし、共同代表団として応じます。俺一人ではなく、商会代表、記録係、騎士団護衛、三村連絡役の同席で」
「それは認められない」
「では、王都召喚の本手続きに反するため、ここでは受けられません」
「貴様に拒否権があると思うな」
「拒否ではありません。正式な手続きでお願いしますと言っています」
俺は懐からリリアナにもらった短剣を出した。
抜かない。
ただ、紋章を見せる。
「エルドベルク騎士団長リリアナ・ヴァレンシュタインの代理証も預かっています。俺を個人として切り離すなら、騎士団長の正式代表権を無視することになります」
役人の顔色が変わった。
リリアナの名前は効くらしい。
辺境都市とはいえ、騎士団長は騎士団長。
しかも黒霧災害を防いだ当事者だ。
簡単には無視できない。
ミレーユがにこりと微笑む。
「それでも個別聴取を強行されますか? その場合、ラウゼン宿場での手続き違反として、王都評議会に提出する資料へ追記いたします」
役人は沈黙した。
長い沈黙だった。
やがて、彼は歯を食いしばるように言った。
「……代表団全員での簡易確認に変更する」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
まず一つ、切り抜けた。
【宿場検問:代表団分離を阻止】
【王都対応成功率:四十一パーセント → 四十六パーセント】
少しだけ上がった。
まだ低い。
だが、道は繋がっている。
◇
簡易確認は宿場の詰所で行われた。
役人は名前、所属、積み荷を確認した。
だが、こちらは全部記録を取った。
トマが書く。
エマが補助する。
ミレーユが質問の言い回しを確認する。
ガルドが無言で立つ。
マイラが扉の近くを押さえる。
ニコは外で鍋を見ていた。
なぜ鍋。
と思ったが、宿場の人々が匂いに釣られて集まり始めている。
豆粥だ。
バルロの弟子、仕事が早い。
確認が終わる頃、外では小さな炊き出しのような雰囲気になっていた。
「何をしている!」
役人が慌てて外へ出る。
ニコは真顔で答えた。
「代表団の昼食です」
「宿場の者まで並んでいるぞ!」
「余りそうだったので」
「余らせるな!」
「薄くするとバルロ爺に怒られます」
理由が強い。
俺が外へ出ると、宿場の人々が豆粥を受け取りながらこちらを見ていた。
警戒はある。
だが、さっきより柔らかい。
飯の匂いはすごい。
流言よりも早く、人の腹に届く。
ニコが小声で言う。
「局長、宿場の人たち、エルドベルクは黒霧で全滅したって聞いてたみたいです」
「全滅はしてないね」
「だから、食わせた方が早いかなって」
「正解」
俺は宿場の人々に向かって声を上げた。
「エルドベルクは生きています。南区も、東門も、周辺三村も、復旧中です」
ざわめき。
「黒霧災害はありました。でも、水と薬と食料を届けて、今も立て直しています」
エマが前へ出て、青札を掲げた。
「村で水が足りない時は、この青札を出します。配送局が見て、次の便で水を増やします」
今度は赤札。
「病人が増えた時は赤札」
黒札。
「魔物が出たら黒札」
黄札。
「食料が足りない時は黄札です」
宿場の人々が、興味深そうに札を見る。
分かりやすい。
文字が読めなくても伝わる。
王都に着く前に、連絡札の実演をすることになるとは思わなかった。
ミレーユが小声で言う。
「良い宣伝になりましたね」
「宣伝だったんですか、これ」
「結果的に」
トマが記録する。
「ラウゼン宿場にて、連絡札制度の説明。住民反応、良好」
「それも書くんですね」
「王都への補足資料になります」
この人、本当に紙で殴る気だ。
◇
宿場を出る時、最初の門番がこっそり近づいてきた。
「あの……エルドベルクは本当に無事なのか」
「無事というか、復旧中です」
「妹が南区に嫁いでいてな。黒霧で街が終わったと聞いて……」
「名前は?」
門番は驚いた顔をした。
「調べられるのか?」
「南区の水配送表と避難所名簿があります。戻ったら確認できます」
トマが帳簿を開きかけた。
「南区名簿の写しは持っていませんが、問い合わせ札を作れます」
エマが青札とは別の白い札を取り出す。
「家族確認用の札も作れます」
「いつの間に?」
「馬車の中で考えました」
有能。
俺より配送局向きかもしれない。
門番は震える手で妹の名を書いた。
字が荒れている。
不安だったのだろう。
「エルドベルクへ戻る便で確認します。返事があれば次の王都便か宿場便で届けます」
門番は深く頭を下げた。
「頼む」
また荷物が増えた。
今度は家族の安否確認。
でも、これも配送局の仕事なのかもしれない。
【新規小荷物:南区家族安否確認】
【効果:流言不安の低下】
なるほど。
噂を打ち消すには、大きな演説より、個別の返事が効くことがある。
妹は生きている。
水は届いている。
避難所にいる。
そんな一通の返事が、人の不安を止める。
情報もまた、届けるべき荷物だ。
◇
宿場を離れた後、馬車の中でミレーユが言った。
「今の流れは非常に良かったです」
「検問突破が?」
「それもですが、宿場で噂を少し訂正できたことです」
「豆粥のおかげですね」
ニコが荷台で胸を張った。
「薄くしませんでした」
「そこ大事」
ミレーユは続ける。
「王都に着くまでに、いくつか宿場があります。そこで同じように、配送局が何をしているのかを見せていきましょう」
「王都に着く前に外堀を埋める?」
「はい。王都だけに説明するのではなく、街道沿いにも事実を配るのです」
事実を配る。
いい言葉だ。
水や豆と同じように、事実も届けなければならない。
そうしないと、嘘が先に届く。
嘘は空荷なのに、妙に速い。
「配送局、ついに情報戦も始めるのか」
俺が呟くと、トマが帳簿を押さえながら言った。
「情報便の分類が必要ですね」
「また分類」
「水・薬・食料・危険物・証拠・安否確認・流言訂正」
「多すぎる」
「局長のせいです」
「俺なの?」
「だいたい」
否定できなかった。
◇
夕方、次の宿場へ向かう途中。
道の先に、王都行きの大型馬車が止まっていた。
車輪が外れている。
周囲には困った顔の商人たち。
護衛もいるが、修理に手間取っているようだった。
普通なら通り過ぎてもいい。
こちらは急いでいる。
王都召喚中だ。
余計な寄り道をしている暇はない。
だが、金色の線がそこへ伸びた。
【推奨:救援】
【効果:王都商人への実績提示】
「……寄ります」
俺が言うと、ガルドは何も聞かずに馬を寄せた。
「車輪ですか?」
俺が声をかけると、商人の男が振り返った。
「すまない、道を塞いでいるな。すぐ直す」
「工具あります。手伝えます」
「君たちは?」
「エルドベルク配送局です」
その言葉に、商人たちの顔が変わった。
警戒。
まただ。
だが、今回は構わず動いた。
南西街道補修で使った工具がある。
旧ハルク村労働班に渡す予定だった予備の木材も少し積んでいる。
マイラが馬車を支え、ニコが縄を出し、トマが破損箇所を記録し、ミレーユが商人と話をする。
俺は金色の線を見ながら指示した。
「軸がずれてます。木片を噛ませて、王都までは応急で持たせる形にしましょう」
「本当に分かるのか?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「でも今までだいたい当たってます」
商人は不安そうだったが、結果として車輪は動いた。
完全修理ではない。
だが、次の宿場までは持つ。
商人は目を丸くした。
「助かった……。エルドベルク配送局と言ったな?」
「はい」
「噂とは違うな」
「どんな噂ですか?」
商人は気まずそうに視線を逸らした。
「黒霧に乗じて物資を独占している集団だと」
「逆です。届けてます」
俺が言うと、エマが連絡札を見せた。
ミレーユは資料の要約を渡した。
トマは応急修理記録を書き、商人に確認印をもらった。
「これも実績にするんですか?」
俺が聞くと、トマは当然のように頷いた。
「王都行き商人馬車への緊急修理支援。配送局の公益性を示す追加記録です」
「抜け目ない」
「ミレーユ様に学びました」
ミレーユが満足そうに微笑んだ。
商人は礼として、王都の商人組合への紹介状を書いてくれた。
「評議会と話すなら、商人組合にも顔を出すといい。物流の話なら、彼らも無関心ではいられない」
金色の線が王都の中で分岐した。
評議会。
魔導師ギルド。
商人組合。
王都に着いてからの道が、少しだけ増えた。
【王都商人組合への接続線を獲得】
【王都対応成功率:四十六パーセント → 五十二パーセント】
「五十二……」
半分を超えた。
よし。
寄り道にも意味があった。
◇
夜。
次の宿場で馬車を止めた。
部屋を取る前に、トマは今日の記録をまとめ始めた。
エマは連絡札の説明を宿場の子どもたちにしている。
ニコはまた鍋を出している。
ガルドは周囲を見回り。
マイラは無言で馬の手入れ。
ミレーユは商人組合の紹介状を読みながら、次の交渉を考えている。
俺は宿場の庭で空を見上げた。
王都へ続く赤線はまだある。
むしろ近づくほど太くなっている。
だが、その上に金色の線も少しずつ太くなっていた。
宿場で噂を訂正した。
門番の安否確認を受けた。
商人の馬車を助けた。
紹介状を手に入れた。
王都へ向かう途中で、俺たちはすでにいくつもの荷物を届けている。
証拠だけじゃない。
事実。
安心。
豆粥。
修理。
小さな信頼。
それらが、王都で俺たちを守る荷物になる。
「王都便って、ただ行くだけじゃないんだな」
俺が呟くと、背後からミレーユの声がした。
「配送とは、途中の道も含めて配送ですから」
「商人っぽい」
「商人ですので」
彼女は隣に立ち、王都の方角を見た。
「明日には王都外縁に入ります。そこからが本番です」
「怖いですね」
「怖くない方が危険です」
「最近それ、よく言われます」
「では、慣れてください」
「慣れたくないなぁ」
ミレーユは少し笑った。
その笑みは、珍しく柔らかかった。
「大丈夫です。今回は、紙束だけでなく、道中で拾った信頼も一緒に届けられます」
「信頼って、壊れやすい荷物ですね」
「だから丁寧に運ぶのです」
なるほど。
今回の荷物は、やはり相当重い。
紙よりも、豆よりも、水樽よりも。
俺たちは明日、王都へ近づく。
そこにはたぶん、今までで一番面倒な届け先が待っている。




