第三十三章 その一 クラリアとの再会
「畜生! 何て事だ!」
ナスカートが叫ぶ。パルチザンの一人が、
「ハッタリだ! あんなミサイル、そういくつも造れるもんか」
「いや、ハッタリなんかじゃない。ハッタリなら、何もわざわざミサイルを撃つ必要はないからな」
ディバートが反論した。彼は爆雲を観察して、
「どうやら核は使われなかったようだが、あれほどのミサイルを造り出したんだ。核付きも時間の問題だぞ」
レーアは目を凝らして爆雲を眺めた。
「あれじゃ、別働隊は全滅ね」
「それだけじゃない。帝国軍だって、全滅したよ」
ディバートは悲しそうだった。
確かに、ミサイルの落下地点を中心に数百メートルに渡って、あらゆるものが破壊されていた。死体が数多く転がり、地獄絵図さながらの光景が広がる。パルチザンの攻撃から逃れた重爆撃機も、爆雲の中で衝突し、墜落していた。
「帝国軍を犠牲にしてまで、ヨーロッパを守ろうとしたんだ。ザンバース達にとっても、ヨーロッパは重要な戦略地点なんだよ」
ディバートはレーア達を見た。レーアとナスカートとカミリアは、黙って頷いた。
「はっ!」
その時、黒海にいたヨーロッパ州の帝国軍が反撃を開始した。レーアやディバート達は、虚を突かれて後退した。
「くそう!」
ディバートは歯軋りした。パルチザンは進撃どころか逆に追いつめられていた。ディバートは通信機を手に取り、
「やむを得ない。撤退だ。威嚇射撃をしつつ、全速後退!」
パルチザンは対戦車砲とレーザーライフル、機関砲を撃ちながら、オリエント地方区へと下がった。
ザンバースは帝都となったアイデアルにある大帝府の最上階、大帝室にいた。彼は椅子に身を沈め、アイデアルの街並を眺めていた。街は静まり返っている。皆、地球帝国の恐怖を肌身に沁みて感じているのだ。彼はフッと振り向くと、テレビ電話の受話器を取った。モニターに補佐官のタイト・ライカスが映る。
「何でしょうか、大帝?」
「ヨーロッパは封じた。次はアフリカとオセアニアだ。特にオセアニアには反乱分子が多いと聞く。ラルゴーに命じて、火種を消させろ」
「はい」
ライカスが受話器を置こうとした時、ザンバースが、
「それからライカス」
「はい?」
ライカスは慌てて受話器を持ち直した。ザンバースはニヤリとして、
「カレン・ミストランはどうしている?」
ライカスは思ってもみない名前を出され、ギクッとした。
「はっ、彼女はその後も私の秘書を続けさせています。時折、不審な行動をとりますが、何かを持ち出した様子はありません」
彼は手に汗をびっしょり掻きながら答えた。
「そうか。わかった。もうしばらく様子を見ろ。黒幕がどう出て来るか、だ」
「はい……」
ライカスは受話器を置いて、手の汗をハンカチで拭った。
(ラルゴーへの命令等、私を通さずにダットスに直接伝えればすむ事だ。大帝はカレンの事を聞き出すためにわざわざ私に……)
ライカスは恐怖のあまり、身体を震わせた。
レーア達はやっとの思いで帝国軍の追撃を振り切り、基地に戻った。一同はぐったりし、大きな休憩室で休んでいた。
「連中、海軍だけで良かったぜ。もし空軍もいたら、俺達は全滅していた」
ナスカートはソファに身を埋めるように座って言った。するとそこへドラコス・アフタルが現れた。
「アイデアルからお客さんだ」
「えっ?」
レーア達がアフタルの方を見ると、アフタルの後ろにミタルアム・ケスミーとクラリア・ケスミーがいた。レーアの顔が明るさを取り戻した。
「ミタルアムおじ様! クラリア!」
彼女は二人に駆け寄り、クラリアと抱き合った。クラリアは微笑んで、
「元気そうで良かったわ、レーア」
「貴女もね、クラリア」
レーアは真顔に戻ってミタルアムを見上げ、
「おじ様、おじ様がここにいらしたのには、何か理由があるのでしょう?」
ミタルアムはレーアを見下ろして、
「ああ、そうだよ。実はエスタルト総裁の遺言が発見されたんだ」
「ええっ!?」
レーアやディバート達は一斉に大声を上げた。ミタルアムはスーツの内ポケットから封書を取り出し、
「これがそうだよ。読んでみたまえ」
とレーアに手渡した。レーアは中から便箋を取り出して開き、声に出して読み始めた。
「『西暦二千四百八十三年、私エスタルト・ダスガーバンは我が姪レーア・ダスガーバンにこの遺言状を遺す』」
レーアは顔を上げて、
「おじ様、二千四百八十三年て、私の生まれた年です」
「そう。そして君のお母さんの亡くなった年でもある」
「ええ」
レーアは再び便箋に目を向ける。
「『お前の父、ザンバース・ダスガーバンは、愛する妻ミリアを喪って以来、人格に著しい変化をきたした。もはや彼は、私と共に我らの父であるアーベル・ダスガーバンを討った時とは別人だ。むしろ討たれたアーベルに似ていると言って良い。いや、もしかすると、アーベル以上に恐るべき人物になろうとしているのかも知れぬ』」
部屋の中には、えも言われぬ緊迫感に包まれていた。誰もが息を殺し、レーアの声に聞き入っている。レーアはフーッと大きく息を吐き、
「『もし、このまま彼を放任していれば、私は必ず彼に殺されよう。しかしそれは良い。前者が後者に倒されるのが、ダスガーバン家の歴史。より重大なのは、ザンバースが地球帝国復活を目論んでいるという事だ。彼は火星に目をつけている。火星に移住する事が可能になれば、彼は全面核戦争も辞さないだろう。そうなってからでは遅いのだ。彼の野望を何としても打ち砕いて欲しい。そして、私が望んで止まない、真の地球連邦を建設して欲しい。我が姪レーアよ、もしお前がこの遺言状を読んでいるのであれば、すぐに我が師であるリトアム・マーグソンを訪ねて欲しい。彼が地球を救う方法の一端を教えてくれるもかも知れぬ。マーグソン師に会う事を切に願う』」
レーアは涙を溜めて便箋を握りしめた。手が震え、ポタポタと涙が便箋に落ちた。