第三十二章 その三 一つの戦いの終わり
ザンバースは補佐官であるタイト・ライカスから東アジア州で起こっている反乱について報告を受けた。
「ゲーマインハフトが自分の足下の火を消している隙に、ヨーロッパを抑えようという腹づもりらしいな」
ザンバースは言った。ライカスは頷いて、
「そのようで……。如何致しましょう?」
ザンバースは報告書を机の上に置き、
「構わん。放っておけ。ヨーロッパに入ってくれれば、こちらも事が運びやすくなる」
「大陸間弾道弾、ですか?」
ライカスが顔を引きつらせる。ザンバースはニヤリとして、
「そうだ」
と言うと、立ち上がって窓の外を見た。そして、
「奴らは忘れている。オセアニアとアフリカ、そして南北アメリカをな。戦力を分断されるのは我々ではなく奴らの方だ」
レーア達は、態勢を整えて、ヨーロッパ州の州都パリスを目指した。大陸方面軍とスカンジナビア方面軍とはどこで出会うかわからないが、とにかく何としても、パリスに到達する必要があった。
「ヨーロッパを抑えたら、次は空を制圧して、一気に北アメリカに向かう事になる。そうすれば、この戦いは終わる」
ホバーバギーの運転席で、ディバートが言った。助手席のナスカートが、
「そう簡単に事が運ぶとは思えないけどな」
「それはそうだ」
レーアとカミリアはその後ろにドラコス・アフタルと共に乗っていた。
(ヨーロッパを抑えて北アメリカ……。早く戦争を終わりにしたい)
レーアは心の中で強くそう思った。
レーア達はしばらくしてバギーを停め、休憩に入った。
「ヨーロッパはこの戦いの勝敗を分けるポイントだと言ったな。確かにその通りだ。しかし、大西洋がどれくらい広いのか、お前らは忘れている」
食事のために猿ぐつわを取られたカリカント・サドラン元ヨーロッパ州知事が言い放つ。男のパルチザンの一人がサドランの襟首を掴み、
「捕虜は黙ってろ」
「フン!」
サドランは顔を背けてニヤリとした。
(どうせ見捨てられた命なら、一人でも多くこいつらを道連れにしてやるまでだ)
その頃、大陸方面軍とスカンジナビア方面軍は、ヨーロッパ州と西アジア州を隔てる黒海沿岸にびっしりと並んでいた。レーア達は主要都市であるイスタンを目指しているのだが、どこへ向かうにしても、連合軍に出会わないはずがなかった。
「奴らはイスタン方面に向かったと連絡が入った。戦力の半分をボスポ海峡封鎖に回し、残りを黒海沿岸に配備しろ。焦る事はない。戦力的には、我々が圧倒的に優位なのだ」
黒海沿岸に展開した戦車部隊の司令官専用大型重戦車の上から、メガフォンを片手に怒鳴る男がいた。サドランの元参謀である。彼はサドランの目付役として、ザンバースによってヨーロッパ州の帝国軍に送り込まれた男だ。冷静沈着な性格の持ち主である。
「ヨーロッパでケリをつければ、私は大帝のご恩に報いる事ができる」
彼はそう呟いてニヤリとした。彼の頭上には無数のジェットヘリがホバーリングしている。また更にその上には、戦闘機のMCMー208と209、重爆撃機GGKー818と819がいた。参謀は得意満面である。するとその時、頭上のMCMー208が一機突然爆発し、周りの何機が誘爆した。
「何!?」
参謀は仰天して空を見上げた。炎の玉が墜落し、何輛かの戦車が爆発し、参謀は慌てて重戦車の中に退避した。
「退避! 爆発に巻き込まれるな!」
彼は通信機に怒鳴った。
(何がどうしたというのだ?)
実はディバート達とは別行動をとっていたパルチザン隊が、黒海を大きく迂回し、ヨーロッパ州の帝国軍の背後についていたのである。そして対空砲塔で戦闘機を撃墜したのだ。
「反乱軍か?」
帝国軍は反撃に移る間もなかった。たちまち戦車部隊は火の海と化し、何輛かがやっと逃れただけだ。戦闘機も大打撃を受け、GGK818と819がようやく難を逃れたのである。
「何という事だ……」
参謀は茫然自失の体で立ち尽くした。
「第一次作戦成功! 進撃だ!」
黒海の対岸で待機していたディバートやレーア達の隊は、迎え撃つ帝国海軍に反撃をしつつ、黒海へ高速水上艇で乗り出した。
「ヨーロッパだ」
ナスカートが前方に広がる大陸を見て言った。レーア達も一斉にそちらを見た。その時である。
「何だ、あれは?」
パルチザンの一人が空を指差した。ディバートやレーアは空を見上げた。それは巨大な煙をたなびかせて飛行する大陸間弾道弾であった。
「ミサイルか?」
ディバートが叫ぶ。レーア達はギクッとした。
(まさか、核?)
レーアは蒼ざめた。
「着弾するぞ」
次の瞬間、強烈な光が発せられたかと思うと、巨大なキノコ雲が現れた。
「通信が入っているぞ。帝国からだ」
パルチザンの一人が言った。ディバートが、
「何て言ってる?」
「スピーカに切り替える」
するとスピーカからライカスの声が聞こえた。
「反乱軍諸君、我々は大陸間弾道弾の開発に成功した。諸君の命は我々の手中にある。これ以上の進撃は自殺行為である。速やかにヨーロッパから撤退し、降伏せよ」
レーア達は顔を見合わせた。
(動きを封じられたの?)