第三十二章 その一 方針転換
ゲーマインハフト軍の攻撃が始まってそれ程経たないうちに、西アジア州各地のパルチザン達が黒海付近に集結し、地対地ミサイルや地対艦ミサイルで反撃を開始した。
「援軍が到着したのかい。それじゃあ、こちらも呼ぼうかね」
ゲーマインハフトはニヤリとして言った。
反撃で押し返していた西アジアのパルチザン達は、ゲーマインハフト軍の空軍に制空権を握られた。MCMー208と209が、パルチザンの船や戦車、装甲車を次々に攻撃した。
「戦力なら引けを取らないはずだ! 撃ち返せ!」
ディバートが通信機に叫ぶ。地対空ミサイル、対空砲火が飛び交い、戦闘機の何機かが撃墜された。
やがて戦いは膠着状態に陥り、どちらも補給のための経路を確保する事に全力を挙げた。
「サドランの間抜けが捕虜になっている。ヨーロッパ州の帝国軍は司令官のお命大事で動こうとしない。私達だけで、西アジア州を制圧するよ」
ゲーマインハフトは部下達に言った。彼等の装甲車は黒海対岸に戦車とミサイルランチャー搭載のトレーラーを残し、黒海を大きく迂回して、レーア達のいる地下基地へ背後から迫ろうとしていた。
「サドランが捕虜になった、だと?」
ザンバースは大帝室で補佐官のタイト・ライカスから報告を受けていた。ライカスは恐縮気味に、
「はい。全く、何と申して良いのか……」
するとザンバースはライカスを見て、
「ヨーロッパ州の帝国軍に西アジア州の反乱軍を攻撃させろ。サドランの命など心配する必要はない」
「はっ」
ライカスは敬礼して答えた。ザンバースはライカスが部屋を出て行くのを見届けてから、傍らの机にいるマリリアに、
「ラルカスに繋いでくれ」
「はい、大帝」
ザンバースはテレビ電話の受話器を取った。モニターに帝国科学局局長のエッケリート・ラルカスが映った。
「何でしょうか、大帝?」
ラルカスは緊張気味に尋ねた。ザンバースは彼をジッと見て、
「大陸間弾道弾の完成はまだか?」
ラルカスは、その事か、とホッとした顔になり、
「はっ、完成致しました。後は核弾頭を取り付けるだけです」
ザンバースは目を細めて、
「核はいい。ミサイル本体が完成したのなら、すぐに発射準備に取りかかれ」
「わかりました」
ザンバースは受話器を戻すと、
「ヨーロッパは生命線とも言える一大労働市場だ。反乱軍の行動を止めるためにも、弾道弾は必要だ」
と呟くように言った。マリリアはそれを聞き、席を立つとザンバースに後ろからスッと抱きついた。
「結局は戦闘をやめさせて、お嬢様を助けたいだけなのではないですか、大帝?」
彼女はザンバースの耳に口を近づけて囁く。ザンバースは無表情のままで、
「レーアは関係ない」
と否定した。
ゲーマインハフト軍の攻撃で、パルチザンの艦船は全滅した。反面、ゲーマインハフト軍も戦車と大型トレーラーが全滅し、残るはパルチザンの地上部隊とゲーマインハフト軍の空軍、装甲車のみとなった。
「装甲車が姿を消している。恐らくこちらに向かっているはずだ。基地周辺に地雷を敷設して、装甲車の進撃を食い止める」
ドラコス・アフタルが言った。ディバートは頷いて、
「わかりました。ゲーマインハフト軍は、ゲリラ作戦がお得意のようですから、こちらもゲリラ作戦で対抗しましょう」
と答えた。
地下基地周辺に、何十個と地雷が敷設され、装甲車の進撃阻止が図られた。
「こんな状態じゃ、ヨーロッパ州解放どころか、西アジア州防衛も難しいわね」
レーアが深刻な顔で言う。ナスカートは、
「そうだな。何とかゲーマインハフト軍を追い返す方法はないかな」
「奴ら、足下に火が点けば、慌てて戻るんじゃないの?」
カミリアが口を挟んだ。ナスカートは指を鳴らして、
「なるほど。ゲーマインハフトの本拠地で一騒動起これば、俺達はヨーロッパ州に向かえるな」
「しかし、陽動作戦だと気づかれれば、ゲーマインハフトは倍の戦力を投入しても、我々を叩こうとするだろう」
アフタルが異を唱える。一同は深刻な顔をして考え込んだ。
「ハハハ、どうにもなるまい、バカ者共が。貴様らはどう足掻いても助かりはしないのだ」
地下室の隅で、両手両足を一緒に縛り上げられたサドランが叫ぶ。ナスカートがサドランを睨みつけ、
「黙ってろ、捕虜のくせに! 貴様だってそうなれば死ぬんだぞ」
「構わんさ。生き恥を晒すより、死んでしまった方が良い」
サドランは不気味に笑った。ナスカートはカッとしてサドランに猿ぐつわを噛ませた。
「うるさいおっさんだ」
「ふが、ふがあ!」
サドランはもがいたが、どうする事もできない。するとそこへパルチザンの一人が近づいて来て、
「偵察部隊から連絡が入った。ヨーロッパ州の帝国軍が、陸海空の軍を全てこちらに向かわせたそうだ。スカンジナビア方面の軍も、展開を始めたらしいぞ」
ディバートはナスカートと顔を見合わせた。驚いたのは、レーア達だけではなかった。サドランも仰天していた。
(何故だ? 何故、スカンジナビア方面軍までもが展開しているのだ? 私は何も……)
その時彼は恐ろしい事に思い当たった。
(まさか……。まさか、大帝の直接命令で……)
サドランの顔から血の気が引いた。
「このおっさん、見捨てられたらしいな」
ナスカートがサドランを見下ろして言った。サドランは冷や汗を流して目を見開いていた。レーアがサドランをチラッと見て、
「どうするの? ゲーマインハフト軍だけでも、かなり手こずりそうなのに」
「こうなったら、カミリアが言ったように、ゲーマインハフト軍だけでも追い払うしかない。東アジア州の同志とパルチザンに連絡を取って、蜂起してもらおう」
ディバートが決断した。反対する者はひとりもいなかった。