第三十一章 その一 空飛ぶ火薬庫
黒海を滑走する三隻の高速水上艇が、戦闘機のMCMー208と209に発見されたのは、それから間もなくであった。
「黒海の向こう岸に逃げるつもりだな。そうはさせるか」
カリカント・サドランは戦闘機に水上艇の殲滅を命じた。戦闘機はすぐさま黒海上空に出た。
「逃げるにしちゃ、数が少ないようだね」
エメラズ・ゲーマインハフトは、双眼鏡で水上艇を追いながら呟いた。
「とにかく、一時撤退だよ。敵の出方を見る」
ゲーマインハフト軍は反転を開始した。サドランはそれを見て、
「ナルシスト野郎が行っちまえば、もうこっちのものだ」
しかし、読みが甘かったのはサドランの方であった。
「追って来るぞ」
ナスカートが上空を仰ぎ見て言った。ディバートは、
「機銃で威嚇してくれ。囮だと気づかれるとまずい」
「おう!」
ナスカートは船尾に取り付けられた大型の対空機銃を連射した。戦闘機は左右に展開し、反撃して来る。海面に水柱がいくつも上がり、水上艇が大きく揺れる。ナスカートはムッとして、
「このヤロウ、いつでも当てられるって言いたいのか?」
と戦闘機を睨む。
サドランはその様子を見ていて、
「増援部隊が到着すれば、あいつらなぞ一気に叩き潰してやるわい」
と高笑いした。
「ちっ!」
水上艇の一隻が撃沈され、破片が飛び散った。残りの二隻は二手に分かれて、黒海を滑走した。
「逃がすなよ。二隻とも沈めろ」
サドランが通信機に怒鳴る。
戦闘機がディバート達の水上艇に照準を合わせた時、エンジンが火を噴き、爆発炎上した。それはそのまま黒海に墜落し、沈没した。ナスカートが後ろを見て、
「対空砲だ。レーア達が動き出したぞ」
「らしいな」
ディバートは次の戦闘機の攻撃をかわした。ナスカートはヨロヨロとして、危うく水の中に落ちそうになった。
「フーッ、びっくりした」
レーア達は、対空砲塔と共に黒海沿岸に出て、戦闘機を攻撃していた。カミリアの狙いは正確で、二機がたちまち撃墜された。残る四機は、遂に対空砲塔を発見し、向かって来た。レーアが、
「ああ、こっちに来るわ!」
と叫ぶ。カミリアは砲身を動かして、
「来させやしないよ!」
と射撃する。巨大な砲身がグワンと唸り、砲火が四機のうちの一機を捉え、撃破した。撃破された戦闘機は、炎上して黒海に没した。あと三機である。機銃がレーア達を掠める。カミリアがニコッとして、
「ミサイルを撃って来ないのは、レーアがいるからだね」
「そうみたいね。お役に立てて嬉しいわ」
レーアは肩を竦めた。ドラコス・アフタルは、
「もう少しすれば、他の基地のパルチザンが到着する。それまで何としてもこの場を守らなければならない」
と言った。
「レーア達が危ないな」
ナスカートは対戦車砲を出して、戦闘機を撃った。しかし軽くかわされてしまう。
「ダメか」
ナスカートが舌打ちする。ディバートが、
「対戦車砲は機動性の低い戦車や装甲車に有効な武器だ。仕方ないよ」
水上艇はUターンし、レーア達のところに向かった。
「ヤロウ、行かせるかよ!」
ナスカートは威嚇のために対戦車砲を連射した。光束が幾筋も宙を切り、戦闘機がフワフワとそれをかわす。
「今だ!」
カミリアの対空砲が戦闘機を一機捉え、撃墜した。あと二機である。一機はレーア達に、もう一機は水上艇に向かい始めた。
「カミリア、俺の作戦に気づいてくれ!」
ナスカートが対戦車砲を真上に撃った。カミリアはハッとして、
「わかったよ、ナスカート」
と応じ、狙いを定める。ナスカートとカミリアは同時に撃った。光束がレーア達のところに向かう戦闘機を、砲火が水上艇に向かう戦闘機を撃墜した。二機は爆発炎上し、黒海に没した。
「やったあい!」
ナスカートが両手を上げて喜ぶと、ディバートが、
「まだらしいぞ、ナスカート」
「えっ?」
ディバートが南の空を指差す。そこには、巨大な飛行物体が何十と見えた。ナスカートは仰天して、
「お、おい、あれは……」
ディバートは双眼鏡で確認して、
「重爆撃機だ。あの数じゃ、黒海をたちまち火の海にしちまうぞ」
「何だって!?」
レーア達も重爆撃機に気づいていた。アフタルが双眼鏡で見ながら、
「あれは警備隊白書に掲載されていた、GGKー818と819だ。いかんな」
GGKー818と819は双子の重爆撃機で、一機で一つの街を焼失させられるだけのナパーム弾を搭載しており、「空飛ぶ火薬庫」と言われていた。