第三十章 その二 ゲーマインハフトとサドラン
エメラズ・ゲーマインハフトは、必死に戦っているレーアを双眼鏡で見て、
「可愛いじゃないか。小さい身体で必死に抵抗しているよ」
と言った。
「えい!」
レーアの肘鉄が歩兵の顔面に決まった。歩兵は鼻血を出して倒れた。
「さァ、次!」
レーアがそれだけ一生懸命になったのは、自分の双肩にパルチザンの命が懸かっている事を感じていただけでなく、ここで負けてはザンバースと別れる時に言った事が嘘になってしまうと思ったからだ。歩兵達は肩を竦めた。レーアはムッとして、
「何よ、随分余裕があるじゃないの!」
と前に出た。するとディバートが、
「いかん、レーア!」
レーアがハッとして身を退こうとするのより早く、歩兵の一人がレーアを捕えていた。
「サドランのバカ者が戦闘機を送って来て、威嚇しているんだよ。早く令嬢を連れておいで。彼女さえ手に入れば、もうこっちのものさ」
ゲーマインハフトは通信機に叫んだ。
「こらァ、放せ、放せ!」
レーアは歩兵の腕の中でもがいていた。しかし、まるで鋼鉄のロープのような歩兵の腕は動かない。だがレーアは怯まなかった。
「えい!」
レーアの鋭い爪が歩兵の二の腕に突き立てられた。歩兵はグッと歯を食いしばって堪えたが、次は堪えられなかった。
「はっ!」
レーアの歯が歩兵の手に噛みついた。
「ぎゃっ!」
歩兵は思わず手を放し、レーアを落とした。レーアは地面に着地すると、反動をつけて歩兵を蹴り上げた。またレーアのスカートの中が見え、後方の歩兵は酷く動揺した。
「白……」
歩兵の一人がニマーッとして呟いた。しかし、蹴り上げられた歩兵はそれどころではなかった。彼はそのまま後ろに倒れた。ディバートとナスカートはその機を逃さず、
「今だ!」
と言って飛び出すと、サッとレーアを抱きかかえて、地下に戻った。歩兵達がすぐにそれを追ったが、まさしくそれがツケ目であった。地下から対戦車砲が連射され、歩兵が吹き飛ばされた。
「司令官、司令官よ! あいつさえやっつければ!」
レーアがナスカートに掴みかかった。しかしナスカートは対戦車砲を連射しながら階段を昇り、
「今はこいつらを吹っ飛ばす方が先決だ!」
歩兵達は遂に後退を始めた。ディバートとナスカートは対戦車砲の射程を最大にして、ゲーマインハフト達がいる装甲車を撃った。次々に装甲車が火を噴いた。ゲーマインハフトは激怒して、
「私を舐めるんじゃないよ、若造共! ジャッカル発射用意!」
ジャッカルとは装甲車に装備された小型の地対地ミサイルである。破壊力は対戦車砲を上回っている。
「撃て!」
ゲーマインハフトの命令で、無数の地対地ミサイルが地下入口に向かった。流れ弾に当たって死ぬ歩兵が何人かいた。地対地ミサイルは地下入口に猛攻をかけてメチャクチャにした。ディバート達は地下の奥深く避難した。
「む?」
ゲーマインハフトは爆発音が近づくのに気づき、外へ出た。それはサドランの部隊が管を辿ってやって来る音だった。
「ちっ、来たのかい、野蛮人」
ゲーマインハフトは舌打ちした。
ザンバースは情報部長官のミッテルム・ラードからの報告で、ケラル・ドックストンが急進派と接触した事、彼が死んだ事を知った。
「奴が急進派だったとはな」
「はァ。全く灯台下暗しでした」
ミッテルムがテレビ電話の向こうで言った。ザンバースは、
「すぐに邸に行って、ドックストンの部屋を捜索させろ。何か出て来るかも知れん」
「はい」
ミッテルムが消えると、ザンバースは煙草をくわえ、ライターで火を点けた。
「ドックストンめ。飼い犬に手を噛まれるとはな」
ザンバースはそう呟くと、フーッと煙を吐き、ニヤリとした。