第二十九章 その三 ケラル・ドックストン死す
レーア達は、格納庫に着いていた。そこには何台ものホバーカーがあり、その向こうに広い地下道が続いている。
「ここからはホバーカーで行ける。黒海沿岸に出たら、一気に反撃に転じる」
ドラコス・アフタルが言った。一同はそれぞれホバーカーに乗り込んだ。レーアは、アフタル、ディバート、ナスカート、カミリアと同じホバーカーに乗り込んだ。ホバーカーの一団は、レーア達の乗る車輛を先頭にして、広い地下道を走り出した。地下道には遥か彼方まで明かりが灯されている。ディバートがそれを見て、
「この光はどうやって?」
「地下水の流れを利用して、水力発電をしているんだ。明かりと空調の電力はそれで賄っている」
アフタルが答えた。レーアが、
「黒海沿岸て、ボスポ海峡の方ですか?」
「いえ、反対です。トラブの方ですよ。東方ですね」
アフタルはレーアを見て答えた。レーアは頷き、前を見た。地下道は果てが見えない程先まで続いていた。
「連中が追って来る事は考えられないですか?」
カミリアが尋ねる。するとアフタルはニヤッとして、
「まず考えられない。あの扉は外からは絶対に開かないし、シェルターを破壊するには核を使うしかない。まさか連中は核兵器を用意していないだろうから、大丈夫だよ」
「そうですか」
カミリアはホッとしてレーアを見た。レーアもカミリアを見て微笑んだ。
カリカント・サドランは、官邸跡地のあちこちに地雷を設置させた。その地雷は破壊面積が五十メートル四方で、深さも五メートルは吹き飛ばすものである。それに加えて、地雷の周囲に燃料入りのドラム缶を置き、サドランは戦闘機と装甲車と戦車を離れさせた。
「おい、地雷を爆発させろ」
サドランは戦闘機の編隊長に命じた。編隊長は戦闘機に乗り込むと、機銃を撃った。途端に官邸跡地に大爆発が起こった。地雷の爆発がドラム缶を誘爆させ、更に別の地雷を誘爆させるというふうに、官邸跡地は火の海と化して行った。
「ネズミ共をいぶり出してやる」
サドランはニヤリとして言った。
やがてシェルターの表面が現れた。爆発も収まり、煙も消え始めた。サドランはパイロットや装甲車の乗員を率いて、シェルターに近づいた。
「くそう、どうもなっとらんな」
サドランはシェルターを蹴飛ばして毒づいた。
「しかし奴らがこの中にいるのは確かだ」
するとその時周囲を探っていた乗員の一人が、
「閣下、こちらにおいで下さい。妙なものがあります」
「む?」
サドランは乗員の方へ歩いて行った。乗員が示したのは、シェルターから延びる巨大な管であった。
「こいつは……。しまった、抜け穴があったのか!? すぐに追うぞ」
「はっ!」
サドランは装甲車に戻った。
ケラルは西日が照りつける地中海上空を飛行していた。
(間に合うだろうか?)
彼は通信機を使ってみた。するとそれは応答し、ディバートが出た。
「こちらディバート。首領、今どちらにいらっしゃるのですか?」
「地中海上空だ。お前達はどこにいるのだ?」
「今、黒海沿岸のパルチザンの秘密基地に到着したところです」
ケラルはディバート達が無事なのを知りホッとしていた。
「了解。正確な位置を教えてくれ。すぐにそちらに向かう」
「わかりました」
ケラルは助手席に置いたパソコンを見た。
「そちらへ位置情報を送信しました。迎えを出します」
「危険だ。何もしなくていい。付近に降りて、徒歩で基地に向かう」
「わかりました」
ケラルのジェット機は、大きく左に旋回した。
東アジア州の大陸方面軍を率いるエメラズ・ゲーマインハフトはケラルとディバートの交信を逐一傍受した上、送信された位置情報も取り込んでいた。
「間抜けな連中だ。盗聴くらい想定するべきだろう」
ゲーマインハフトはフッと笑った。そして、
「ケラル・ドックストンは、大帝からもご連絡があったほどの大物だ。討ち取るよ」
「はっ!」
ゲーマインハフト軍はトラブを越え、パルチザン基地のある地点へと向かった。
それから更に二時間後、ディバート、ナスカート、カミリア、そしてレーアは、パルチザンの秘密基地がある地下から出て、ケラルのジェット機が来るのを待っていた。ナスカートが双眼鏡で見ていて、
「来たぞ」
遥か前方の上空に、ケラルのジェット機が現れた。四人がそちらに駆けて行こうとした時だった。一筋の光束が走り、ケラルのジェット機を貫いたのである。四人は仰天して立ち止まった。ジェット機は炎上しながら胴体着陸し、ぼろぼろになりながら停止した。レーアが大声で、
「ケラルッ!」
と叫び、駆け出した。三人がそれに続いた。ナスカートは左後方に帝国軍を発見した。
「ヤロウ、やりやがったな!」
帝国軍の装甲車から、何百人という数の歩兵が現れ、ライフルを構えて近づいて来る。レーアとディバートは炎の中からやっとの思いでケラルを助け出した。
「ケラル!」
レーアが呼びかけるが、ケラルはすでに虫の息だった。彼はレーアを見て弱々しく微笑み、
「お嬢様……。お会いできて良かった……」
「ケラル……」
レーアはケラルの焼け焦げた身体に抱きついた。そんな事をしている間にも、歩兵はどんどん近づいている。ケラルはニッコリして、
「後の事をよろしくお願いします……」
と言うと、ガックリと項垂れた。レーアの目が大きく見開かれた。彼女は何も言えずに只ジッとケラルを見つめて涙を流していた。ディバートがようやく、
「さァ、早く!」
と言い、ナスカートと共にケラルの遺体を運び、カミリアが動かないレーアを引き摺るように走り出した。彼等は間一髪のところで地下壕へ逃げ込んだ。レーアは地下に入っても、すすり泣いていた。
(ケラル……。ママが本当に愛した人……)
レーアは胸が潰れるような気がした。