第二十九章 その二 エメラズ・ゲーマインハフト
ザンバースは、自分の邸の執事であるケラル・ドックストンが自家用ジェット機でアイデアル郊外の民間飛行場から飛び立ったのを情報部長官のミッテルム・ラードから知らされた。
「ドックストンが自家用機を持っていたのは初耳だな。それで、奴はどこへ向かった?」
ザンバースはテレビ電話に映るミッテルムに尋ねた。ミッテルムは報告書に目をやり、
「はっ、奴は東南東に向かったそうです。只今大西洋上空を飛行中です」
「そのまま追跡を続けろ。監視衛星を使って徹底的に追え。大西洋を航行中の潜水艦からも、哨戒機を発進させ、追跡させるのだ」
ザンバースの細かい指示にミッテルムは驚いていた。
「はい。しかし、何故そこまでなさるのですか?」
「奴は私の事をいろいろと知っている。もし奴が急進派だったら、私は足をすくわれかねん」
ザンバースは遠くを見るような目でドアを見た。彼にとって、ケラルの不可解な行動は脅威だった。
レーア達は暗い地下道を懐中電灯の明かりで進んでいた。こういう状況下でも一向に変わらないのが、ナスカートの悪癖である。
「キャッ!」
レーアはナスカートに後ろから胸を揉まれて大声を上げた。一同が一斉に彼女を見たので、レーアは何も言えなくなって下を向いた。皆がまた歩き出す。
「グエッ!」
今度はナスカートが脇腹を抑えて呻いた。レーアの肘鉄が決まったのだ。ディバートが呆れて、
「おい、二人共、巫山戯ていないで真面目に歩けよ」
と言った。ナスカートとレーアは、
「はい」
と応じた。レーアはナスカートからプイと顔を背けると、サッサと歩き出した。ナスカートは苦笑いしてレーアに追いつき、肩に手をかけた。
「それでこそ、レーア・ダスガーバンだ。跳ねっ返りでお転婆のね」
「ナスカート……」
レーアはナスカートの優しさを知った。そして彼の手を握り、
「ありがとう、ナスカート。嬉しいわ」
と言って微笑んだ。
「いやいや、どういたしまして」
ナスカートは照れ笑いをして答えた。
日も高くなり、やや西に傾き始めた頃、カリカント・サドランの部隊が西アジア州知事官邸跡地に到着した。
「閣下、お待ちしておりました」
戦闘機の編隊長が敬礼した。サドランは目を細めて跡地を見渡し、
「奴らはどこに行った?」
「は、あの中です」
編隊長が指差した方をサドランは見た。編隊長はパイロット二人と共に地下への扉に近づき、
「この中へ、連中は逃げ込みました。Pー6を使ってもビクともしません。核シェルター並みの強度を持った扉のようです」
「なるほど」
サドランは扉に近づき、辺りを見回した。そして、
「ならば、シェルターそのものを掘り出してしまうまでだ。装甲車に積んで来た地雷と残っている燃料を持って来い」
と中隊長に命じた。中隊長は踵をカチンとあわせて、
「はっ!」
と敬礼した。サドランはニヤリとした。
ちょうどその頃、キャスピ海沿岸を走る一大車輛部隊があった。それは東アジア州元知事、エメラズ・ケーマインハフトの軍隊である。ゲーマインハフトが率いているのは、帝国軍チベット方面軍であり、歩兵を主力にした人海戦術部隊である。人海戦術等と言うと、古臭いと思われるが、決してそんな事はない。人間はレーダーに引っかかりにくいし、小さいため攻撃も難しい。その上コンピュータ制御で動く戦闘機や戦車と違って、行動を予測するのが困難である。また夜襲や奇襲にも非常に有効だ。ゲーマインハフトはサドランと違って野蛮を嫌う女性的な男である。顔立ちは端正で、女性にモテそうだが、彼は女嫌いである。だからと言って、男色家という事でもない。要するに典型的なナルシストなのだ。彼はそのせいか、部下には一人も美男子を採用していない。美男子は全て追放されるか、顔に傷を負わされた。少々異常なところがある男である。知事だった以上、法律的には三十代なのだが、彼はどう見ても二十代にしか見えない。
「野蛮人のサドランめ、バカな事を始めたらしいね」
ゲーマインハフトは装甲車の中で爪を磨きながら言った。副官が、
「はい。西アジア州知事官邸跡地を地雷で吹っ飛ばすつもりのようです」
「野蛮人らしい発想だ。どうしてもっとスマートな方法を考えないのかね」
ゲーマインハフトはうんざりした顔で呟く。
「はい」
副官はリアクション困った顔で応じた。ゲーマインハフトは爪を眺めてニヤリとした。