第二十八章 その三 帝国への変遷
カリカント・サドランの部隊は、二輛の戦車と三台の装甲車を駆り、西アジア州の州都アンカルを目指していた。周囲はやがて一大農業地帯になった。連邦初期に地球各地で地質調査が行われて、適材適所計画が進められ、食料危機の解決が図られた。オリエント地方区一帯は、混合農業と漁業地区に指定され、工業は一切行われていない。初代総裁エスタルト・ダスガーバンは地球を一つの大きな村と考え、その村を細かく区分して、合理化を図ったのである。アフリカのサハラ地方区も、数世紀前の砂漠地帯ではなく、灌漑がなされた農耕地として生まれ変わった。海水を真水に変換する方法が改良され、コストも安く抑えられるようになった結果である。エスタルトの目論みは半分以上うまくいった。
「アンカルまであとどれくらいだ!?」
サドランは中隊長に怒鳴った。中隊長は怯えながら、
「あと二百キロほどです。ですが……」
「何だ!?」
サドランは中隊長の態度に苛立って更に声を荒げた。
「燃料の予備が尽きて来ました。もうそろそろ底をつきます」
サドランはムカッとして、
「ならば調達するまでだ。停めろ!」
戦車と装甲車が停止すると、サドランは外に飛び出し、辺りを見渡した。ちょうど角に燃料の販売店が看板を出しているのが見えた。西暦二千五百一年ともなると、車両等の燃料も変わって来ている。ガソリンではない。もちろん、原子力などでもない。科学の進歩は、人類に不幸ばかりもたらす訳ではないのだ。その進歩が、無公害燃料を開発したのである。それは植物性の油から造り出すもので、排出するガスはほぼ無害である。他にもエネルギー源はあるのだが、大半はこの植物性液体燃料によっていた。
「あそこで燃料を補給しよう」
サドランはニヤリとして、その店に歩いて行く。中隊長が心配そうにその後に続く。
「いらっしゃいませ」
店の中から恰幅のいい男が出て来て愛想を振りまいた。しかし彼は、サドランの顔を見てギクッとした。サドランはどう見ても強盗にしか見えない凄まじい形相をしていたのだ。
「ドラム缶に三缶、燃料をもらおうか。大型車両用のだ」
「わかりました」
男は逃げるようにドラム缶の山に近づき、
「こちらです」
と指し示した。サドランはザッと一歩踏み出し、
「わかった。いくらだ?」
男はサドランの目にビクビクしながら、
「はい、一缶六百アイデアル七十セスですから、千八百二アイデアル十セスになります」
「そうか。受け取れ」
サドランは札束を内ポケットから取り出し、地面に投げた。男は慌ててそれを拾い始めた。
「金に血眼になるブタが!」
サドランは目をカッと見開き、男に銃を向けた。
「!?」
男は額の真ん中を撃ち抜かれ、そのまま後ろに倒れた。周囲には誰もおらず、男は寂しくその場に転がった。サドランは満足そうに笑うと、
「さァ、ドラム缶を積めるだけ積め」
と命じた。一同は唖然として、男の遺体とサドランを交互に見た。
レーア達は、アンカルの知事官邸に到着し、元知事のドラコス・アフタルのところに行った。彼は官邸の応接間で元副知事と話していた。
「やァ、アルター君。サドランの出鼻を挫いてくれたそうだね。ありがとう」
アフタルが笑顔で出迎えた。ディバートは苦笑いして、
「いえ。それより、まだ空軍が来ていないのが何よりです」
「うむ……」
アフタルは窓の外に目を向けた。その間、レーアは俯いて考え事をしていた。ナスカートがそれに気づき、
「どうしたんだ、レーア? 最近おかしいぞ」
するとレーアはサッと顔を上げて、
「さっきの戦いで、一体何人の人が死んだと思っているの? あなた達、何とも思っていないの、その事を?」
と吐き捨てるように言った。ディバートとナスカートとカミリアは、びっくりしてレーアを見た。アフタルと元副知事もである。
「何を言ってるんだ、レーア? 奴らは敵なんだ。やらなければ、こっちがやられるんだぞ」
ナスカートがムッとして反論した。するとアフタルが、
「いや、ラシッド君、レーアさんの言う通りだよ。我々が倒さなければならないのはザンバースそのものであって、ザンバースに操られている兵士達ではない。いくら戦いに勝ったところで、進歩はないと思う。ただ戦って敵を倒して行くだけでは、我々も帝国軍と変わりがない」
ディバートはアフタルを見て、
「確かにその通りです。しかし、他に手立てがないのが現状です、閣下」
「うむ……。悲しい事だが、そうだな」
アフタルは腕組みをして目を伏せた。レーアはギュッと手を握りしめ、また俯いた。
地球の人々は、少しずつではあったが、世界が変わりつつあるのを感じていた。
街を歩くと軍人の姿がやけに目につく。警官も細かい事にまでうるさく口を出して来る。酔っ払いの喧嘩ですら、逮捕される。失業保険で生活している者、生活保護を受けている者等は、給付を打ち切られた。ストライキは犯罪となり、資本家達でさえ脱税を厳しく取り締まられた。医師、弁護士、その他の資格取得者が税務当局から目の敵にされ、徹底的に調査され、税を追徴された。
最初はザンバースの厳格主義を賞賛していた財界人や右翼の人間も、自分達でさえ標的とされているのを知ると態度を豹変させた。しかし何もできない。ナハル・ミケラコス率いるミケラコス財団を除く全ての財閥が完全に潰され、企業は全部帝国のものとなった。労働者達は全員帝国に奉仕する下僕となった。人々は安息という言葉を忘れさせられ、自由という言葉を失った。まさに悪夢である。
ザンバースは思想の自由の壊滅を宣言し、政治団体を全て解散させ、所属員の家族、親類縁者までも調査させて、逆らう者は次々に逮捕させた。大学と高校は全て閉鎖され、学生達は労働に従事させられた。ザンバースは補佐官であるタイト・ライカスに言った。
「カリスマとは、その力が働いている間は確かに完全無欠と言えよう。しかし、わずかでもその力が崩れると、強烈な反作用がカリスマ化した者自身にはね返って来る。私はそれを避けたいのだ。それにカリスマは無知な人間が大半を占めてこそ、その偉大な力を発揮する。今のような状態には適していない」
ザンバースの目標とするもの。それは完全なる政治形態である。政治の究極の形である。そこまで行く間に邪魔が入っては困る。そのための徹底弾圧だったのだ。