第二十八章 その二 激突
夜である。
半月の明かりが照らす中、カリカント・サドラン率いる戦車大隊と装甲車中隊は、時速五十キロ程のペースで、着実に黒海沿岸の都市イスタンに近づいていた。
「あとどれくらいで到着する?」
サドランが中隊長に尋ねた。中隊長はかしこまって、
「はっ、あと三時間程で到着します。輸送船団の方は、すでにボスポ海峡に到達したとの報告が入りました」
サドランはそれを聞いてニヤリとし、
「そうか。私は一寝入りする。到着したら起こせ」
「はい」
サドランは装甲車の簡易ベッドに横になって目を閉じた。
(久しぶりに血が騒ぐぞ)
彼は不敵に笑った。中隊長はそれを見てゾッとし、運転席へと移動した。
ディバート隊とその他五班は、ほんの少し早くサドラン達を出し抜いて黒海沿岸に到着していた。彼等は双眼鏡で輸送船団を発見していた。
「どうするつもりだろう、あの船を?」
ナスカートが言うと、ディバートは顎に手を当てて、
「そうだな……」
と考え込んだ。ボスポ海峡の一番狭くなっている箇所に、三十隻程の大型輸送船がひしめき合っている。カミリアが、
「武器は積んでいないみたいだよ。甲板が丸見えになってる」
と言った時、ディバートはハッとした。
「そうか、わかったぞ。連中、輸送船で長い橋を造って、こっちに戦車を渡らせるつもりなんだ」
「なるほど。だからあんなバカでかい船を狭い所に集めたって訳か」
ナスカートが納得して手をポンと叩いた。ディバートは、
「とにかく、隠れよう。奴らに我々が到着している事を悟られちゃまずい」
「わかった」
ナスカートの合図で、ホバーバギーは沿岸近くにある倉庫の陰に移動した。辺りは漁村のようだが、完全にコンピュータで管理されている港がいくつもある。まだ夜も早いのに人影がないのは、輸送船団のせいであろう。少し離れたところに漁船や商船が停まっているが、人がいる気配はない。乗組員は全員、陸上に上がってようだ。
「連中が到着して、船を使って渡り出したら、全員一斉に攻撃を開始し、こちらに渡れないようにする。とにかく、出鼻をくじく事が先決だ」
ディバートは一同に言った。一同はゆっくりと頷く。
やがて夜が白々と明け始めた頃、サドランの部隊が対岸に現れた。輸送船はすでにズラッとに列に並び、いつでも陸上部隊を対岸に渡らせる準備を整えていた。サドランは、自分の乗る装甲車を先頭にし、船の「橋」を渡り始めた。
「急進派は着いていないようだな」
サドランが中隊長に尋ねた。中隊長は、
「はい、そのようで」
と不安そうに窓の外を見て応じた。
サドランの装甲車が「橋」を渡り切ろうとする頃、最後尾の戦車が橋にかかった。ディバートはそれを双眼鏡で確認し、
「今だ!」
と右手を上げ、ホバーバギーで走り出す。対戦車砲が唸り、装甲車と戦車が次々に爆発した。ナスカートは多弾頭手榴弾を投げた。それはサドランの装甲車の目前で散開し、爆発した。すでにサドランの部隊は大混乱を引き起こしていた。
「何をしている!? 敵が現れたのだぞ! 反撃だ、反撃しろ!」
サドランは通信機にしがみついて怒鳴った。彼の装甲車もタイヤを潰され、停止していた。パルチザン達の展開は素早く、数台の戦車と装甲車を残して、あとは全て輸送船の上で炎上していた。やがて輸送船にも火が移り、爆発を引き起こした。
「何という事だ……。ええい、空軍に連絡! 戦闘機を二十機、アンカルへ差し向けるように言え! 奴らの本拠地を叩くのだ!」
サドランは中隊長に怒鳴った。中隊長はビクッとして、
「は、はい!」
こうして、初陣はパルチザン隊が飾った。ディバートは第二陣が来る前にアンカルに撤退する事を提案した。
「連中は恐らく俺達の本拠地を叩きに行くはずだ。一刻も早く、アンカルの官邸に戻らなければならない。それにアンカルに残った同志達に連絡を入れてくれ、カミリア」
「了解」
ディバートは動けないサドラン達を尻目に、アンカルへと戻り始めた。レーアは相変わらずボンヤリしていた。
(一体何人の人が死んだのかしら? ディバート、ナスカート、カミリア、あなた達は人が死んだ事を何とも思わないの?)
ザンバースは、サドラン敗退の報告を大帝府の大帝室(元の総裁執務室)で受けていた。テレビ電話の向こうのリタルエス・ダットスは、消え入りそうな声で、
「全く油断しておったようです。我々は急進派を侮り過ぎていました」
と釈明した。するとザンバースはギシッと椅子を軋ませて、
「我々、とは、私も入っているのかな、ダットス?」
「い、いえ、滅相もありません、大帝。我々とは、私やサドランの事です」
ダットスは冷や汗を垂らしていた。ザンバースはニヤリとして、
「まァ、いい。とにかく全滅でないのなら、すぐにアンカルに向かえと伝えろ。急進派をこのままのさばらせておく訳にはいかん」
「はっ、大帝」
ダットスは敬礼した。ザンバースは受話器を戻して、椅子に沈み込んだ。
「レーアも行っているようだが……」
彼はインターフォンに手を伸ばし、
「ミッテルムを呼び出せ」
と隣の部屋にいるマリリアに告げた。