第二十七章 その二 地球帝国の復活
レーア達がアジトの中で黙り込んで思索に耽っていると、ドアが開いてケラル・ドックストンが入って来た。彼はいつになく興奮していた。
「テレビ、テレビを!」
「はい」
ナスカートが慌ててリモコンを操作し、テレビを点けた。ケラルは更に、
「第一チャンネルだ」
「はい」
ナスカートがボタンを操作し、第一チャンネルの映像にした。そこには、連邦ビルの玄関前が映っており、ザンバースとタイト・ライカス、リタルエス・ダットスが映っていた。たくさんの報道陣が三人を取り囲み、盛んにカメラのフラッシュが焚かれている。レーア達は顔を見合わせてから、画面を食い入るように見た。
「連邦国民諸君、我らが憎みても余りあるあのメラトリム・サイドは、たった今、この私が討った。諸君はあの狂気の弾圧から解放されたのである」
ザンバースが力強く語る。また激しいフラッシュの嵐が起こる。ディバートはその光景を見て立ち上がり、
「ま、まさかこうも表立って奴が発表するとは思わなかった……」
「私もだ」
ケラルが言った。ザンバースは続ける。
「諸君も、これでわかったと思う。連邦制などというものが、如何に当てにならないもので、民主主義というものが、どれぼと危険極まりないものであるかを。我が兄エスタルト・ダスガーバンは、三十年の間、諸君を騙し続け、ドルコム、サイドは自分の意のままに連邦政府を操ろうとした。このような事が起こるのも、全て体制に問題があるからである」
レーアは震えながらザンバースを見ていた。
(パパ、何を言っているのか、わかっているの?)
「私は敢えて言う。連邦制は、本日只今、終結すべきであると。代わって、より優れた統治形態を築き、地球人類のより一層の発展を導くべきであると」
三たび、カメラのフラッシュが焚かれる。ザンバースの顔が光を受けて一瞬見えなくなった。
「私はここに地球帝国の復活を宣言する。諸君の繁栄は、大帝であるこの私が保証しよう」
記者達は度肝を抜かれた感じで顔を見合わせた。ディバートはそれに反応して怒り、
「何を言うんだ、貴様は!? 人は体制で変わるものではない! 人の人たるは、歴史が示す通り、不変であり、普遍だ! 人が人の道を踏み外すのは、一握りの狂人が政治を間違った方向に誘導するからであって、人が変わるからではない!」
ナスカートとレーアとカミリアが、ディバートの言葉の激しさに驚き、彼を見上げた。
「あ」
ナスカートは、通信室からコールシグナルが聞こえているのに気づき、動いた。そしてすぐに戻って来て、
「首領、大変です。地球各地の州・地方区の政府が、警備隊によって全て占拠されてしまったようです」
「何だって?」
ケラルはナスカートを見た。そして、
「何という事だ……。まさしくザンバースは、アーマン・ダスガーバンそのものを踏襲し始めている」
と呟いた。レーアは俯き、涙した。
(とうとう、パパが動き出したのね……)
西アジア州の州都アンカルの知事公邸は、警備隊の装甲車や戦車、トレーラーですっかり包囲され、州知事ドラコス・アフタルは、他の州政府要人達と共に、知事官邸内の地下倉庫に監禁されていた。
「すまん事をしたな。私さえ、ザンバースに膝を着いて忠誠を誓えば、君達をこんな目に遭わせずともすんだろうに……」
アフタルは一同を見て詫びた。彼はエスタルトと旧知で、月面支部の元知事エスタンとは同期であったため、どうしてもザンバースに従う事ができなかったのである。
「とんでもないです、知事。あの時もし貴方がザンバースに忠誠を誓っていたら、私は貴方を殺して自決するつもりでした」
副知事が答えた。彼はまだ四十代前半の若き政治家である。アフタルは微笑んで、
「そうか。私は命拾いをしたのだな」
「はい。とにかく、ここを一刻も早く脱出しませんと……。我々が処刑されるのも時間の問題です」
するとアフタルはニヤリとして、
「案ずる事はない。連中は我々を人質にしたのだ。ドックストン君や、ケスミー君の動きを封じるためにね」
副知事は驚いて、
「ドックストン? ケスミー? 一体何の話をされているのです、知事?」
他に何人かいた要人達も、驚いてアフタルを見た。アフタルは彼等を見渡し、
「我々はここを自力で脱出する。何が何でも、ザンバースを討ち、エスタルト総裁の汚名を晴らさねばならんのだ。力を貸してくれ」
副知事達は顔を見合わせた。そしてアフタルを見て、ゆっくりと頷いた。
「西アジア州のアンカルへ?」
ナスカートが言った。ケラルは頷いて、
「州知事のドラコス・アフタル氏が反旗を翻して、警備隊と交戦中だそうだ。地元のパルチザンや我々の同志達も援護しているのだが、とても堪え切れる状況ではない。すぐにケスミーさんに連絡し、西アジア州に飛んでくれ」
レーア達は頷いた。ディバートが、
「西アジア州のアンカルを、我々の戦いの発起点にしよう」
「ああ、そうだな」
ディバートとナスカートはガッチリと手を握り合った。ケラルは、
「私は別の場所の同志やパルチザン達にも呼びかけてみる。それでは、健闘を祈るよ」
と言って立ち上がりかけ、
「お気をつけて、お嬢様」
とレーアに言い添えると、アジトを出て行った。レーアはケラルの後ろ姿を見て、
(ありがとう、ケラル。貴方は私の心の父よ)
西アジア州知事官邸では、建物を真っ二つに分けて、アフタル陣営と警備隊、すなわち事実上の帝国軍の戦闘が続いていた。
「我々の不利は目に見えています、知事。ここは一旦、休戦を申し出てはとぢうかと思います」
副知事が銃弾の嵐の下で提案した。アフタルは驚いて、
「そんな事ができる訳がなかろう? 奴らが休戦の申し出に応じるはずがない」
「いえ、応じるはずです。私が人質になると言えば」
「何だって?」
知事も他の要人達も、驚愕して副知事を見た。彼は苦笑いして、
「何も私は犬死にするつもりではありませんよ。何とか今の状態を打破できないかと考えた末の決断です。こんな事で死ぬつもりはありません」
アフタルは腕組みをして、
「しかし、ドックストン君の同志やパルチザンの諸君がどう思うか……」
「私は誰にも止められませんよ、知事」
こうして副知事は、西アジア州警備隊支部隊長と会う事になった。副知事は銃撃の止んだ官邸の庭を警備隊の方へと歩いて行った。
(私は犬死にするつもりはない。だが、何としても、知事のお命だけはお助けしたい……)
彼は両方の拳をギュッと握りしめ、大股で進んだ。