第二十六章 その三 暴走する傀儡
レーアはディバート達のいるアジトに戻っていた。
「大丈夫よ、私。大丈夫。もう、今度と言う今度は、決心がついたわ。私、父、いえ、ザンバースとは会わない。会えないわ。たった今、戦うと言い切って来たから」
彼女は自分を気遣わしそうに見ているディバート達に向けて宣言した。ナスカートが、
「そりゃ別に構わないが……。本当にいいのか、それで?」
「ええ。いいのよ。でなければ、リームに対して、申し訳が立たないもの」
レーアは涙ぐんで言い、ディバートを見た。ディバートはそれに対して、ゆっくりと大きく頷いた。
「レーア、ありがとう」
不意にカミリアが言った。レーアはキョトンとして、
「ありがとうって、どういう事?」
カミリアは苦笑いした。
「わからない。でも、何だか礼を言いたくなってさ」
ナスカートとディバートは顔を見合わせた。その時、通信室からコールシグナルが聞こえた。ナスカートが手で合図して、通信室に行った。レーアはディバートを見て、
「何が起こったのかしら?」
カミリアもディバートを見る。彼は、
「別に何も聞いていないから、連絡じゃないな。情報だ」
まもなくナスカートが戻って来た。ディバートが、
「どうした?」
「ミタルアムさんからだ。例の病気、まだ連邦各地で広がっているらしい。共和主義者もパルチザンも、相当数感染しているらしい」
「そうか……」
カミリアの表情が変わった。
(私は本当に治ったんだろうか?)
彼女は急に不安になった。
(トレッド、助けて……)
カミリアの表情に気づき、
「どうしたの、カミリア?」
とレーアが尋ねた。カミリアはハッとしてレーアを見ると、
「べ、別に何でもないよ、レーア」
と笑って応じた。しかしレーアは心配だった。
(カミリア、何を悩んでいるの?)
翌日、メラトリム・サイドは、様々な政策を発表した。裁判所の政府帰属、議会の解散、警備隊の軍隊化などである。どれも連邦憲法に抵触するもので、議会も裁判所も一斉に反発した。
「逆らう者は容赦するな。議会は強制的に解散させる。これは総裁命令だ。警備隊を動員して、議場を占拠せよ」
サイドは総裁執務室のインターフォンに言った。そして更に、
「月面支部の元知事アイシドス・エスタンを月面刑務所の独房に入れろ。そして、月面支部を警備隊の支配下に置くのだ」
サイドはインターフォンを切ると、ニヤリとし、
「面白い。面白いぞ。実に面白い。今や地球は私の意のままだ。大帝の仰る通りだ。権力とは魔物。思ってもみなかった事をするようになってしまう」
と呟いた。その時、インターフォンが鳴った。
「何だ?」
サイドは苛ついて尋ねた。
「はい。大記者会見ホールに連邦各地の記者達が押し寄せています。総裁閣下と話をさせろと息巻いています」
秘書が答えた。するとサイドはまたニヤリとし、
「全員を騒乱罪で逮捕しろと連邦警察に連絡しろ」
「しかし、そのような事は……」
秘書が言った。するとサイドは顔色を変えて、
「これは私の命令、総裁の命令だ!」
と怒鳴った。
「は、はい」
大記者会見ホールで、サイドが現れるのを待っていた記者達は、代わりに連邦警察の機動隊の訪問を受け、包囲され、全員逮捕された。
「一体これはどういう事だ?」
「うるさい! 騒乱罪だ。全員検挙!」
たちまち記者達は会見室から連行された。
「いい眺めだ」
サイドは、執務室の窓から、記者達が護送車に乗せられるのを見ていた。サイドの目は人間の目ではなかった。悪魔の目だった。
レーア達はサイドの暴挙を知り、驚愕していた。
「何て事しやがるんだ、あの男は? 叩きのめしてやりたいぜ」
ナスカートが拳を握りしめて言った。ディバートは、
「国民もみんなそう思っている。サイドは全地球の敵だ」
「ああ、そうだな」
ナスカートはそう言いながら、ハッとした。レーアとカミリアも思わずディバートを見た。
「そうさ。ザンバースの目論みは、まさにそこにある。ドルコムに続いてサイドまでが、自分の地位を利用してとんでもない事を仕出かしている。連邦制への不審感が一気に高まる」
「そうか。そういう事だったのか……」
カミリアが呟く。ナスカートは顎に手を当てて、
「このままじゃ、ザンバースの思う壷だ。奴はサイドを討つ。そうすると、国民はザンバースに英雄を見てしまう」
「ああ」
ディバートも深刻な顔になった。レーアは複雑な思いだった。
(いざ戦う決心をすると、何となく怖いわ)
そんなレーアをディバートとナスカートは気遣わしそうに見ていた。カミリアは二人の様子に気づき、
(そうか……。ナスカートがここを離れないのも、ディバートが立ち直ったのも、レーアのおかげなんだね)
しかし、当のレーアは、二人の思いには気づいていない。彼女はフッと顔を上げて、
「サイドに気づかせる方法はないかしら?」
と三人を見た。ディバートは腕組みをして、
「難しいな。仮にできたとしても、俺達がサイドの味方で、国民の敵だと思われるだけだよ」
「そうね……」
レーアはションボリとした。
地球連邦はいよいよその終末を迎えようとしていた。