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第二十六章 その二 父と娘の別れ

 レーアは、警備隊総軍司令官室のプライベートルームのソファに座っていた。そこへザンバースが入って来る。レーアは彼を見上げて、

「私の変装、どうしてわかったの?」

 するとザンバースはニヤリとして向かいに座り、

「私はメディア関係の連中の顔は、ほとんど覚えている。森の中に魚がいれば、すぐにわかる」

「そっか……」

 レーアはションボリした。ザンバースは目を細めて、

「それにしても、久しぶりだな、レーア。何度か会えそうになった事はあったが」

と言うと、レーアに顔を近づけ、

「元気そうで何よりだ」

 レーアはザンバースの言葉にハッとして、彼の顔を見た。心なしか、ザンバースは老いて見えた。レーアは胸を締めつけられる思いがして、目頭が熱くなった。彼女は一筋涙を流してバッと立ち上がり、テーブルを飛び越えるとザンバースに抱きついた。ザンバースは一瞬何もできなかった。

「パパ!」

 ザンバースはようやくレーアを抱きしめ返した。

(レーア……。まだまだ子供か……)

 レーアはしばらくザンバースの胸に顔を埋めて泣いた。

 やがて泣き声は収まった。ザンバースがレーアを見下ろすと、彼女は涙で潤んだ瞳を彼に向けて来た。ザンバースはそれを見て、ごく自然に微笑んだ。

「パパ、お願い。もうこれ以上バカな事をするのはやめて。私、たくさんの人が死ぬのを見たのよ。あんなに多くの血を流してまで、地球帝国を復活させようとするのはやめて」

 レーアはザンバースの服をギュッと握りしめ、強い口調で言った。ザンバースはレーアの頬に伝わる涙をソッと指で拭うと、

「それはできない。私は今の地球の人間の怠惰な生活を叩き直すために帝政を復活させるのだ」

 レーアはザンバースの服から手を放した。ザンバースはレーアの両肩に両手を欠けて、

「いいか、レーア。冷静になって考えてみろ。地球連邦が誕生して、何が良くなったのだ? 人権が尊重されるようになった事がそうなのか? 人間は尊重されるようになると(おのれ)を見失う。全てに鈍重になり、全てに怠惰になり、全てに消極的になる。権利の上に眠り、義務を果たすのを忘れ、他人のアラばかり探すようになる。人間関係はギスギスしたものになり、人間性が失われ、他人は自分の敵でしかなくなる。どこに人間の、地球人類の理想があるのだ? 地球連邦政府の誕生は、人類の終焉を意味しているのだ」

 レーアはようやく、

「パパはもし、もしも、ママが生きていても、同じ事をしていた?」

 ザンバースの手がレーアの肩から離れた。彼は顔色を失い、レーアを押しのけると、サッと立ち上がり、窓に近づいた。

「ミリアの事は関係ない」

 ザンバースは窓の外を見下ろして言った。レーアもゆっくりと立ち上がる。ザンバースは外を見たままで、

「何故そんな事を訊く?」

 レーアは思わず、

「それは、ママが亡くなってから、パパが変わったって聞いたから……」

と言ってしまい、ハッとして口を噤んだ。ザンバースはキッとして振り返り、

「誰にそんな事を聞いたのだ? エスタルトか?」

「いえ、違うわ。言えない。言えないの。言ったら、その人がパパに酷い目に遭わされるから」

 レーアは顔を背けた。ザンバースは目を細め、

「なるほど。そいつは私も知っている人物だな。そしてお前も知っている。その上、お前が庇うような人間だ」

と推理した。レーアはギクッとしてザンバースを見た。ザンバースは目を伏せて、

「追及はせんよ、レーア。そんな事を調べたところで、どうなるものでもない」

 レーアはホッとしてソファに戻った。ザンバースもソファに座った。レーアは再び、

「もう一度お願いします。パパ、地球帝国の復活なんてやめて。何も連邦制を破壊しなくても、国民を立ち直らせる事はできるんじゃないの?」

 しかしザンバースは首を横に振り、

「ダメだ。連邦制のように多数決が支配する政治体制では、怠惰な大衆が政治を左右する。その大衆の神経を逆撫でするような事をするには、連邦制では無理なのだ」

 レーアは悲しそうな目でザンバースを見たまま、立ち上がり、ドアへと後退(あとずさ)りした。

「ダメなのね、結局……。結局、私とパパは戦わなくてはならないのね……。残念だわ」

「私も残念だよ、レーア」

 ザンバースも立ち上がった。レーアは後ろ手にドアノブを回し、ドアをバンと開いた。そして、

「パパ、もう私はここには来ないし、家にも戻らない。いえ、戻れないわ。ディバート達と一緒に戦う。今度会うのは、きっと……戦場ね」

と言うと、部屋を飛び出した。そして、隣室にいたマリリアに会釈すると、司令官室のドアを開き、廊下に飛び出した。ザンバースはインターフォンのボタンを押し、

「今レーアが出て行った。しかし、何もするな。あの()の好きなようにさせろ」

 ザンバースはもう一度窓の外を見た。

(レーア……。お前もやはり、ダスガーバン家の人間。いつかは私を乗り越える事になろう)


 その日の夕方、アジバム・ドッテルはあるバーのボックス席でカレン・ミストランと会っていた。カレンは妙に嬉しそうだ。

「ごめんなさいね。私、奥さんにあんな事をされたから、気が立っていたのよ。だから、貴方にもいろいろときつい事を言ってしまって……」

「それより、用件をすませてしまおうか」

 ドッテルは無表情な顔で言った。カレンはフッと笑って、

「タイト・ライカス事務次官の手元には、警備隊の各州政府・各地方区政府の占拠計画書のコピーがあったわ。ザンバースが地球帝国をアーマン・ダスガーバンと全く同じやり方で復活させるというのは、どうやら本当の事らしいわ」

「なるほど」

 ドッテルは考え込んだ。

(この女、元々情報屋として接近したのだ。このまま利用してやるか)

 ドッテルの心に悪魔が棲みついたのは、まさしくこの時だった。彼はグラスに手をやり、

「警備隊には私の息のかかった連中がいる。いくらでも情報は入って来る。そういう事だな?」

「ええ。私もまだ、利用価値があるでしょ?」

 カレンはニヤリとした。ドッテルはグラスを掲げてフッと笑う。

(カレン・ミストラン。私は君のおかげで、また鬼にでも悪魔にでもなれそうだよ)  

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