第二十六章 その一 二人目の傀儡
遂に総裁選の日が来た。
メラトリム・サイドの信任投票である。連邦各地の投票所へ有権者達が足を運んだ。
結果は即日開票され、サイドの信任が確定し、連邦第三代総裁が誕生した。後の歴史家達は、ドルコムを総裁に数えるか数えないかで論争した。そのため、数十年後の歴史書は、ドルコムを総裁とするものと、総裁を騙ったとするものとがある。
サイドは、当選の確定を自分の事務所でごく冷静に受け止めていた。彼は、
「ホテルの予約をキャンセルしないですんだよ。早速具体的な企画を立ててくれたまえ。金はいくらかかっても構わんから」
と秘書に言った。秘書は揉み手をしながら、
「わかりました、総裁閣下」
その中に、バジョット・バンジーもいた。
(間違いなく奴はザンバースと繋がっている。この事を何とか公表できないものか……)
しかし、それは不可能に等しかった。
レーア達も、テレビのニュースでサイドの総裁当選を知った。ナスカートが、
「ディバートの言った通りだったな。メラトリム・サイドが、ザンバースの最後の持ち駒だろう?」
「ああ。らしいな」
ディバートはようやく落ち着きを取り戻して来ていた。彼はレーアに励まされているうちに、自分にはまだ失っていないものがある事に気づいたのである。
「サイドの記者会見に潜入できないかな? 何とかして、奴とザンバースの繋がりを暴きたいんだが」
ナスカートが言うと、レーアが、
「バンジーさんに頼んだら?」
「ダメだよ。あの人も俺達同様、すっかり目を付けられちまってるからな」
ナスカートが即座に却下したので、レーアはムッとした。
「何よ! ナスカートの意地悪! 大っ嫌い!」
「えっ……」
そう言われて、ナスカートは酷く狼狽えた。レーアはポンと胸を叩いて、
「じゃあ、私が行くわ」
「しかしレーア、それは前回……」
ディバートが顔を上げてレーアを見た。レーアは彼にウィンクして、
「大丈夫よ。今度は目立たないようにするから。この前は、ちょっと作戦ミスだったから」
ディバートはカミリアと顔を見合わせた。ナスカートはまださっきのレーアの言葉に落ち込んでいた。
翌日の正午過ぎ、サイドの総裁当選が正式に決定し、連邦ビル二階の大記者会見ホールで、サイドとザンバースが会見に応じていた。
「サイド総裁のご出席は理解できますが、ダスガーバン氏のご同席はどういう事でしょうか?」
テレビノースアメリカのレポーターが尋ねる。するとザンバースはにこやかな顔で、
「私は警備隊総軍司令官に復職したのですよ。それで共同記者会見という訳です」
記者達は口々に囁き合った。次にデイリーアトランティスの記者が、
「サイド総裁、まず何をなさるおつもりですか?」
サイドはニヤリとして、
「そうですね。差し当たっては、月面支部の奪還ですかね。『赤い邪鬼』とかいう連中に支部を占拠されて、四か月程ににもなりますからね」
次にコンティネントタイムズの記者が、
「一部では、サイド氏はダスガーバン氏の腹心の部下で、サイド政権は傀儡政権だという噂が囁かれていますが、それについてはどうお考えですか?」
その質問にホール全体が緊張した。幾人かが唾を呑み込む。しかしサイドは大笑いをして、
「そんな事はありません。ザンバース・ダスガーバン氏が大物で、しかも故エスタルト総裁の実弟だという事で、そう思う方もいるのでしょう。しかし、ザンバース氏はあくまでも警備隊総軍司令官ですよ。憲法も認めているように、ザンバース氏は私の指揮下に入るのです」
と言うと、チラッとザンバースを見た。ザンバースは只笑顔のままで、何も言わない。彼は記者の中にレーアがいる事に気づいた。
(またあいつ……)
ザンバースはレーアが今まで以上に可愛くなった。
(いくら上手に変装して他人の目を欺いたつもりでも、森の中の魚は目立つのだよ、レーア)
記者会見はまもなく終わり、サイドとザンバースは外に出た。廊下の片隅にタイト・ライカスとミッテルム・ラードが立っている。ザンバースはスッと彼等に近づき、
「記者の中にレーアがいた。すぐに私のところに連れて来い」
「はっ」
ミッテルムは頭を下げ、その場を離れた。ザンバースはニヤリとした。
レーアは他の記者達と一緒にビルを出るところだった。彼女が玄関に差しかかった時、スッと手が伸び、彼女の二の腕を掴んだ。レーアはハッとして振り向いた。他の記者達はそのままゾロゾロと出て行く。レーアの腕を掴んだのは、ミッテルムだった。
「お久しぶりです、お嬢様」
レーアはギクッとした。
(また出たか、ハゲオヤジ一号…。どうしてわかっちゃったのかしら?)
ミッテルムはフッと笑い、
「さっ、こちらへ。お父上がお待ちです」
とレーアを引き摺るように歩き出す。
(パパが? やっばりパパに見破られたの?)
レーアは逆らうのをやめ、ミッテルムと共にエレベータに乗り、ザンバースのいる部屋まで上がって行った。
アジバム・ドッテルは自分のオフィスで企画書に目を通していた。その時、机の上のテレビ電話が鳴った。その電話の番号を知る者は少ない。モニターには、「非通知」と出ている。ドッテルは相手をいろいろと考えながら、受話器を取った。モニターに映ったのは、カレン・ミストランだった。ドッテルは思わず息を呑んだ。カレンはフッと笑い、
「今日は、ドッテル専務。私と貴方の赤ちゃん、元気に育っているわ。お医者様の話だと、男の子のようよ。いい跡継ぎになるわね」
「君は、私と君の事を出版社に売ると言った。しかし何もしなかった。何故だ?」
ドッテルが尋ねた。するとカレンはクククと笑って、
「そんな事をしても、ミローシャさんに勝てるだけで、貴方の愛は得られませんもの。だからやめましたの」
ドッテルはカレンがもっと恐ろしい事を考えているのではないかと思った。カレンは続ける。
「貴方、ライカス事務次官を抱き込んで、ザンバースを陥れるつもりなんでしょう? 私も一口乗らせて下さらない?」
ドッテルの想像していた事をカレンが言ったので、彼はたじろいだ。その時ドアがノックされた。
「また連絡する」
彼はガチャンと受話器を戻した。
「どうぞ」
入って来たのは秘書だった。彼女は午後のスケジュールの修正があった事を伝え、プリントし直した書類をドッテルに渡した。彼はそれにザッと目を通し、
「ありがとう」
秘書は間もなく退室した。ドッテルは椅子に身を沈め、溜息を吐いた。
(女狐め……)