第二十四章 その三 リーム・レンダース
レーアは警備隊の分隊長の意外な言葉に驚いていた。隊長は後方に控えている隊員達を気にしながら、
「私は貴女をお助けしたいのです。そしてできれば、二人の命も助けたい。私の交換条件を聞いて下さい」
「わかった。言ってみて」
レーアは分隊長の目を見た。隊長は続けた。
「貴女がザンバース・ダスガーバン氏のところへ戻る事を承知して下されば、ディバート・アルターとリーム・レンダースの命は保証しましょう」
「私が、父のところに戻る?」
レーアは一瞬戸惑った。
(どうしよう……? それしか、二人を助ける方法がないとしたら……)
レーアは思い悩んだ末、
「本当に二人を助けてくれるのなら、私、父のところに戻ります」
レーアの声は、ディバートとリームにも聞こえた。リームが、
「ダメだ! ザンバースのところに戻ったりしたら、一生後悔するぞ、レーア!」
ディバートは只黙ってレーアを見ている。レーアは二人に作り笑いをして、
「いいのよ。ここで私が我を張ったら、貴方達を危険な目に遭わせてしまうわ。そんな事はできない」
分隊長はレーアの肩に手をかけて、
「それでは参りましょう、お嬢様」
「ええ」
二人はゆっくりと装甲車の方へ歩き出した。リームはとうとう堪え切れなくなり、隊員の一人から銃を奪い取ると、ディバートと共に物陰に飛び込み、銃撃戦を始めた。レーアと隊長は驚いて振り向いた。
「くっ!」
リームは傷つきながらも、幾人もの隊員を撃ち倒した。そしてレーアを見て、
「レーア、逃げろ! 君にはまだやらなければならない事があるはずだ!」
その瞬間、銃弾が彼の右肩を撃ち抜いた。リームは後ろにドサッと倒れた。ディバートが彼を抱き起こし、
「大丈夫か?」
「大丈夫だ。お前、レーアを助けろ。俺が敵を引きつける」
リームは銃を左手に持ち替え、右肩から血を滴らせて警備隊員達へ突進した。
「うおーっ!」
ディバートとレーアが同時に叫んだ。
「リーム!」
リームは銃弾を全身に浴びながらも、更に隊員達を倒した。そして彼も力尽きてつんのめるように倒れた。
「リーム!」
レーアは分隊長を突き飛ばして、リームに駆け寄った。隊員達がレーアを取り押さえようとすると、
「やめろ!」
と隊長が制止した。レーアはリームを抱き起こして、
「しっかりして、リーム……」
「ハハ、しっかりしようがないよ、レーア……。俺の身体は穴だらけだ……」
リームは苦笑いをして、ゲホッと血に噎せ返り、
「俺も君の事が好きだった……。だから……それを悟られないように……ディバートをからかっていた……。たげど、君が連れ去られるのを見ていたら……自分を抑え切れなくなって……」
「リーム、もう喋らないで! もうわかったから!」
レーアは涙で顔をグチャグチャにして、リームを抱きしめた。リームはフッと笑って、もうほとんど見えていないはずの目をレーアに向けると、
「ありがとう、レーア……。君にこうして抱かれて死ねるなら、俺は本望だ……」
と言い残すと、そのまま絶命してしまった。レーアは目を見開き、リームをギュッと抱きしめ、
「リームゥッ!」
レーアは大声で泣き出した。分隊長は隊員に合図して装甲車に戻らせ、自分も戻りながら、
「お嬢様、私ははっきり言ってザンバース・ダスガーバンのやり方は好きではありません。ですが、私は一介の警備隊の分隊長です。上からの命令にいつも背く訳にはいきません。しかし、今回だけは、私は命というものの尊さを見せつけられて、命令を忘れました。それでは……」
装甲車はやがてレーア達のそばから走り去った。ディバートはレーアのそばに立ち、ゆっくりと跪いて、リームを見た。リームの顔には、微かに笑みが浮かんでいた。
「リーム、バカな事を……」
ディバートが泣いたのをレーアは初めて見た気がした。ディバートはレーアを見て、
「リームを連れて帰ろう。こいつが生まれ育ったのは、アイデアルだ」
「ええ……」
レーアは涙を拭った。ディバートはリームの遺体を抱き上げ、歩き出した。レーアもその後を追った。三人共、服が血まみれであった。