第二十四章 その一 アジバム・ドッテルの陰謀
ディバート、リーム、レーアの三人は、ケラル・ドックストンが手配した自家用ジェット機でアイデアル郊外の河川敷を離陸し、西部地方区、すなわち北アメリカ大陸西岸を目指していた。奇しくも三人は、ジェット機の中で初日の出を見た。西暦二千五百一年、二十六世紀が明けたのだ。
「まさか、雲の上で初日の出を見る事になるとはね」
レーアが感動して言うと、リームが、
「初日の出、か。アジア的な言い方だな。レーアの先祖には、アジア系がいるのか?」
「らしいわ。アーマン・ダスガーバンがクオーターだから」
レーアの答えを聞いて、ディバートが、
「それがあの人種間婚姻勅令の原因さ。アーマン・ダスガーバンは、自分の身体にたくさんの人種と民族の血が混じっている事に異常な程のコンプレックスを感じて、他の人にも自分と同じ思いをさせようとして、同一民族間、同一人種間での婚姻を禁止し、他人種、他民族との婚姻を強制した。そのため、今では民族も人種も消滅してしまった。まァ、そのおかげで、様々な差別は消滅したけど、失ったものも大きい」
レーアは尊敬の眼差しでディバートを見て、
「すっごーい、ティバートって……。只のイケメンじゃなかったのね!」
「あまり誉められてる気がしないぞ、レーア」
ディバートはムッとしてレーアを見た。レーアはニコッとして、
「まあまあ。私の可愛さに免じて許してよ」
ディバートは呆れて何も言わない。リームは苦笑いしている。
人種間婚姻勅令とは、次のようなものである。
両親共ハーフで、自分は雑種であるとアーマンは思い込んでいた。彼は劣等感の塊だったのだ。肌の色が周囲の人達と違うため、友人達にからかわれ、就職先でも差別された。次第に行き場を失った彼は、国連軍に入隊した。父親のカイゼルが事務総長をしていた事に不満があったアーマンは、国連関係にだけは就職したくなかった。しかし、彼の脳裡に悪魔が囁いた。軍に入り、出世し、いつか国連軍を自由に操れるようになれば、世界征服も夢ではないと。彼はその悪魔の囁きに答えた。
やってやるさ。世界を征服して、俺を雑種呼ばわりした連中を見返してやる!
アーマンの出世は目覚ましかった。上司のご機嫌を取るためには、どんな屈辱にも耐えた。同僚に後ろ指を差されても、全く気に留めなかった。返って励みになったほどだ。そして彼は国連軍の頂点を極めた。その頃すでに結婚もし、アーベルが生まれていた。アーマンはアーベルのためにも世界征服を成し遂げようと考えていた。
そして彼は、遂に決行した。西暦二千四百年、彼は世界中の国連軍に駐留国の政府機関を占拠し、軍の支配下に置けと命令したのである。それから五年後、地球帝国は完成した。彼はその時、自分の子供の頃の屈辱の復讐のために、人種間婚姻勅令を出した。逆らう者は死刑にしてまで、彼はその暴挙を断行した。
ザンバースは自宅の書斎でテレビ電話でリタルエス・ダットスと話していた。ザンバースは目を細めて、
「結果は上々のようだな」
「はっ、どこの作戦も全てうまくいっております。国民にとっても、急進派は『危険な存在』になっておりますから」
ダットスはニヤリとして答えた。ザンバースは椅子の背もたれに寄りかかり、
「とにかく、『赤い邪鬼』作戦と警備隊による急進派壊滅作戦はしばらく続行しろ」
「わかりました」
ザンバースは受話器を戻し、電話を切った。その時、ドアがノックされた。ザンバースは机の上の書類を整頓しながら、
「どうぞ」
するとドアが開き、ケラルが入って来た。
「旦那様、マリリア・モダラー様がお見えです」
「わかった。通してくれ」
「はい」
ケラルはお辞儀をして退室した。それと入れ替わるようにマリリアが入って来た。ザンバースは顎でソファを示して立ち上がり、
「ライカスの秘書の事か?」
「はい」
マリリアはザンバースを見たままでソファに腰を下ろし、抱えていた封筒をテーブルの上に置いた。ザンバースはマリリアの向かいに座り、
「どうした?」
「カレン・ミストランが、ライカス補佐官の机の中を調べている様子です。それが二週間程続いています。補佐官もその事には気づいているようですが、気に留めていないようです」
ザンバースは腕組みをして、
「何が漏れたかわかっているのか?」
マリリアはザンバースを見て、
「もちろんです。地球帝国復活計画、エスタルト総裁の信用失墜計画、メラトリム・サイドの総裁選出馬が漏れています」
「大した事はなさそうだな」
ザンバースが言うと、マリリアはフッと笑って、
「大帝、アジバム・ドッテルの狙いは、補佐官ですわ」
「なるほど」
ザンバースはニヤリとした。マリリアは書類に目を落とし、
「彼は秘密を知りたいのではありません。補佐官の立場を悪くしようとして、カレンを動かしているのです」
と付け加えた。ザンバースも書類に目を向け、
「ライカスを抑えておけば、私の動きが手に取るようにわかるという事か」
「どうやらそういう事らしいですわ」
マリリアは再びザンバースを見た。ザンバースはマリリアの隣に座り、
「まァ、しばらく様子を見よう。ライカスがいつまでも対応する気配がなければ、奴自身にも消えてもらう事になるからな」
と言い、マリリアを抱き寄せた。するとマリリアはザンバースから離れて立ち上がり、
「ここでは嫌ですわ」
と言って、壁に掛けられたザンバースの亡き妻ミリアの肖像画を見た。ザンバースはフッと笑った。
アジバム・ドッテルは、自分のオフィスで書類に目を通しながら、報告書の作成をしていた。
(ミローシャが家を出て一週間以上になる。どこで何をしているんだ? 金だってそれほど持っていた訳ではない。カードも使われた形跡がない)
彼は自分がミローシャの心配をしているのに気づいて、それに驚いた。
「一体何の心配をしているんだ、私は……?」
ドッテルはパソコンのキーボードを打つのをやめ、モニターを見た。モニターに自分の顔が写り込んでいるのが見える。彼はその顔に生彩が欠けているのに気づいた。
(ミローシャがいない事が寂しいのか? バカな……)
ドッテルはそれを必死に否定した。
(そんな事はない。只、あいつがナハルのじいさんより先に死ぬと、ナハルの遺産が子供達のところに行ってしまう。私が遺産を手に入れるためには、ミローシャに死なれては困る。だから……)
自分で自分に言い訳をする。これほど滑稽な事はない。