第二十三章 その三 メラトリム・サイド
レーア達は、アジトのテレビでドルコム逮捕のニュースを見ていた。ミッテルム・ラードとリタルエス・ダットスの二人が記者会見をしている。
「ハゲ親父コンビか」
レーアがボソッと言った。
「つまり、今回の選挙は、ドルコム氏の不正行為があって、ドルコム氏が大勝したという事ですか?」
記者の一人が確認した。ミッテルムが頷いて、
「そういう事です。ドルコム容疑者は、選挙管理委員の一人を抱き込み、コンピュータのパスワードを入れ替えさせる事によつて、自分の票がラスト氏に、ラスト氏の票が自分に入るようにしたのです。実に巧妙なやり方でした。しかし、その目論見も、自殺した選挙管理委員が遺した遺書によって全て暴露され、水泡に帰したのです」
記者達は顔を見合わせた。すると今度はダットスが、
「しかも、その事をザンバース総裁代理が知ったのを察知すると、ドルコム容疑者はザンバース総裁代理を警備隊総軍司令官の任から解いた上、私にその地位に就き、自分のした事を何とか握りつぶそうと持ちかけて来たのです」
記者達は呆気に取られていた。
「大した役者だぜ、あの二人は」
ナスカートが呆れ気味に言う。ディバートはテレビを消して、
「全くだ。あれじゃ丸きりドルコムだけが悪人だ」
「してやられたな。ドルコムをこちらの味方に引き入れようと思っていたのにな」
リームが悔しそうに呟く。ディバートは肩を竦めて、
「ああ。ザンバースは本当に手抜かりのない男だよ」
レーアは複雑な心境だった。
(今度こそ、パパが表に出て来るのかしら?)
ナスカートはそんなレーアをチラッと見て、
「ドルコムを潰して、今度はいよいよ御大の出番かな?」
するとディバートは腕組みをして、
「わからないな。これでドルコムの信用は失墜したが、連邦制そのものの信用が地に落ちた訳ではないからな」
「えっ? どういう事さ?」
カミリアが尋ねる。ディバートは一同を見て、
「いいか、ザンバースが今までして来た事を考えてみろ。どれもこれも、連邦制の信用を失わせるような事ばかりだ。奴は恐らく、もう一つ駒を用意しているはずだ。連邦制に引導を渡すための駒をね」
「なるほど」
リームが頷いて言った。
翌日。
首都アイデアルの街は、暮れで活気づいていた。目抜き通りは人でごった返し、市場も百貨店も、人、人、人。ウンザリする程だ。子供達も冬休みに入っていたので、街に繰り出していた。大昔のクリスマスの名残が形だけ残っており、ショーウィンドーにクリスマスツリーが飾られている。しかし、木は樅の木ではなく、杉の木である。帝国時代に歴史書の多くを破却させた事による誤伝達である。アーマンとアーベルの親子が潰した文化は多岐に渡り、取り分け宗教関連は悉く殲滅された。まさに暗黒時代である。
その人混みの中をバジョット・バンジーが足早に歩いていた。
「ドルコムが潰された。次は一体誰が出馬するんだ?」
彼は立ち止まって電子手帳を取り出した。
「メラトリム・サイド……。こいつが臭いな」
そして彼はタクシーを拾い、官庁街へと向かった。
(気をつけないと、また捕まるかも知れないな)
バンジーはそう思い、タクシーの中で腕組みをして目を伏せた。
連邦ビルの中にある財務省長官室で、メラトリム・サイドはザンバースからのテレビ電話を受けていた。彼はすっかり恐縮し、小さくなっている。
「私のような下っ端を総裁候補にして下さるとは、本当にお礼の申し上げようがございません」
サイドの悪い癖は、嫌味な程のバカ丁寧な口調である。テレビ電話の向こうのザンバースはウンザリした顔で、
「とにかく、ドルコムの先轍を踏まぬように十分注意する事だ、サイド」
「はっ、もちろんわかっております、大帝。私は、ドルコムのように出過ぎた真似は致しませんので、ご安心下さい」
サイドは実に愛想良く笑う。ザンバースは無表情になって、
「わかった。その言葉に偽りがあった時は、貴様もドルコムと同じ運命を辿るのだという事を肝に銘じておけ」
「はい、十分承知しております、大帝」
ザンバースはスッと画面から消えた。サイドはニヤリとして受話器を戻し、
「ドルコム、君は大バカだったのだ。獅子を操るには、狐の狡猾さが必要なのさ」
彼はニヤリとした。
そして何日かが過ぎ、西暦二千五百年の大晦日に次の総裁選の告示が行われた。そして、立候補者の氏名には、サイドの名のみが載っていた。締め切りまでに他の者が立候補しないと、サイドの信任投票が決定してしまう。本来なら、ドルコムの不法行為で当選自体が無効であるから、自動的に対立候補のケラミス・ラストが当選になるはずである。しかしそうならなかったのは、ラストが当選を辞退したからなのだ。
「もう、政治に関わるのは終わりにしたい」
彼はそう告げて、政界からの引退を表明した。ザンバースの狙いは、ここでも当たったのである。
「二十五世紀は今日で終わりか。俺達って、運がいいのか悪いのかわからないな。世紀末を経験できるのにさ」
アジトでナスカートが言った。するとディバートが頷いて、
「そうだな」
レーアはずっと俯いたままだ。それに気づいたカミリアが、
「レーア、そんなに考え込んでばかりいると、身体に毒だよ。冷たい言い方かも知れないけど、あんたがいくら悩んだって、事態は好転しないよ」
と肩に手をかけて言った。レーアは彼女を見上げて、
「ええ、ありがとう、カミリア」
その時、通信室からリームが戻って来た。ディバートが、
「どうした? 何かあったか?」
「ああ。西部地方区のフォルニア市で、警備隊による弾圧が行われているらしい。各地に広がりつつあるようだ」
「西部地方区、か」
そこは、北アメリカ大陸の西端だ。アイデアルとは何千キロも離れている。ディバートは直感的に罠だと感じた。しかし、
「よし、とにかく、救援に向かおう。レーアとナスカートとカミリアは残ってくれ」
と言った。するとレーアが、
「私も行くわ」
「しかしな……」
ディバートが反論しようとすると、レーアはニッとして、
「私が行った方が、何かと便利じゃない?」
ディバートはリームと顔を見合わせた。しかしレーアはハッとして、
「あ、でもそうすると、ここはナスカートとカミリアだけになっちゃう」
ナスカートがムッとして、
「何だよ、その言い草は?」
「大丈夫だよ、レーア。鍵をかけて寝るから」
カミリアにまでそう言われ、ナスカートは項垂れてしまった。