第二十三章 その二 ドルコム失脚
ディバート達のアジトでは、ディバート、リーム、ナスカートがテーブルに着き、レーアとカミリアが作る料理を待っていた。
「何かとてもいい匂いがするんだけど、本当に大丈夫なんだろうな、レーア?」
ナスカートが不安でいっぱいの目をレーアに向ける。レーアはムッとして、
「大丈夫よ! 私、料理は得意なんだから! 小さい頃、パパに誉められたのよ」
とキッチンに行った。
「小さい頃ねェ」
ナスカートは肩を竦めた。するとカミリアが、
「私が手伝っているんだから、安心して」
「あっ、カミリア、それどういう意味?」
レーアは地獄耳だ。キッチンで聞きつけて、戻って来た。
「ハハハ、深い意味はないよ」
カミリアはキッチンに行ってしまう。レーアはプリプリしながら料理を載せた皿をドンと勢いよくテーブルに置いた。ディバートが、
「おいおい、レーア。そんな態度で料理を出されたら、うまいものもまずく感じるぞ」
「まずかったら、食べなきゃいいでしょ!」
レーアは遂に切れてしまい、大股でキッチンに戻って行った。ディバートはしまったという顔をしたが、ナスカートが、
「ディバートは女心がわからないなあ、本当に。まずいとか言ったらダメだって」
「そうなのか?」
ディバートはキョトンとした顔だ。ナスカートは呆れてリームと顔を見合わせた。そして、
「とにかく、こんなに落ち着いて食事をできるのは今日が最後かも知れないからな。多少はうまくなくても、我慢して食べようぜ……」
と言ってしまってから、慌てて口を塞いだ。するとレーアが猛然と歩いて来て、
「今何て言ったの、ナスカート!?」
ナスカートはビクッとして苦笑いをし、
「い、いえ、別に何も言ってませんよ、レーアお嬢様」
と誤摩化そうとした。するとレーアは、
「レーアお嬢様って言い方、パパの部下のハゲ親父と同じ感じで嫌だから、もう言わないでよね!」
と言い放つと、またキッチンに戻って行く。
「とにかく、頂こうか」
ディバートが仕切り直しをするように言った。
「そうだな」
リームが相槌を打つ。ナスカートも、
「頂きます」
と大声で言った。
「あれ?」
ディバートが呟く。
「何!?」
まるで盗聴器でも仕掛けているかのように、すぐにレーアが飛んで来る。
「あ、いや、味が薄いかなと思ってさ」
ディバートは尋問されている人のようにビクビクして答えた。
「そんなはずないわよ!」
レーアはディバートのスプーンを引ったくり、彼のスープを飲んだ。その様子を見ていて、ディバートは赤面した。
「それ、俺のスプーン……」
でもレーアは全然気にしていない様子だ。
「ホントだ。薄いわ。どうしてなんだろう?」
そこへカミリアがやって来て、
「レーア、味付けの基準の人数が間違っているよ。レシピは二人分なのに、レーアが作ったのは十人分だよ」
「えっ、そうなの? たくさん作ろうと思って、そこを見落としてた」
レーアは恥ずかしそうにスプーンをディバートに返し、キッチンに逃げて行った。カミリアは肩を竦めてキッチンに戻った。
「ディバート、そのスプーンとこのスプーン、交換しないか?」
ナスカートの変質的な要望にディバートはリームと一緒に彼を睨みつけた。
太陽は高くなり、正午近くになっていた。
ドルコムはイライラして、執務室を行ったり来たりしていた。彼の他には誰もいない。
「ザンバースの奴め、更迭したくらいでは、きっと陰で自分の部下達を動かすに決まっている。奴の牙はまだ抜き終わっていない」
ドルコムはふと立ち止まり、外を見た。
「二千五百年のうちにケリをつけなくてはな。二千五百一年は、私の年にしてやる。二十六世紀最大の政治家として、足跡を大きく歴史に刻むのだ」
彼はニヤリとして拳を握りしめた。ドルコムとドッテル。同じ野心家でも、ドルコムはあまりにも愚かだった。彼は机の上のインターフォンのボタンを押し、
「警備隊本部隊長のリタルエス・ダットスを呼べ。重要な話があると言ってな」
彼は椅子に腰を下ろして、
「ザンバースめ、目にもの見せてやる。今夜貴様は、私を利用した事を後悔するのだ。留置場の中でな」
まもなくして、ダットスがやって来た。彼は無表情な顔で、
「何でしょうか、閣下?」
ドルコムはニヤリとして立ち上がり、
「ザンバース・ダスガーバン警備隊総軍司令官を本日付けで解任した。そこで君に後任として司令官になってもらいたい」
「はっ、ありがとうございます」
ダットスは形ばかりの愛想笑いをして応じた。ドルコムは嬉しそうに笑い、
「そこでだ。仕事始めに、まずザンバースを逮捕して欲しい。奴は実の兄であるエスタルトを殺害した張本人だ。殺人の罪で奴を拘束し、連邦警察に引き渡してもらいたい」
するとダットスはニヤリとして、
「ほほォ、これは面白い事をおっしゃいますな、閣下」
ドルコムはダットスの態度にカッとして、
「何を言っているのだ!? サッサととりかからんか」
「わかりました」
ダットスは敬礼すると踵を返して執務室を出て行った。ドルコムは勝ち誇ったように笑い、椅子に戻った。するとその時、ドアがノックされた。
「どうぞ」
ドルコムが小機嫌に言うと、ミッテルム・ラードと連邦警察の警官が三人入って来た。ドルコムは目を見開いて、
「何だ、一体?」
「カメンダール・ドルコム、連邦公職選挙法並びに総裁の選出に関する法律違反の容疑で逮捕する。逮捕状、それから家宅捜索令状もある!」
ミッテルムは二通の書面を広げて見せた。ドルコムは仰天して立ち上がり、
「何だとォッ!?」
するとダットスが戻って来て、
「わかったかね、ドルコム。大帝のお力をもってすれば、貴様などいつでも抹殺できるのだ」
ドルコムは悔しそうに二人を睨んだ。ミッテルムは警官に手で合図して、
「連行しろ」
と言った。警官三人がドルコムを取り押さえ、六人は総裁執務室を出て行った。ドアがバーンと勢いよく閉じられた。
アジバム・ドッテルは渋滞の中、自分のホバーカーの運転席でイライラしながらハンドルに手をかけていた。
「何て事だ……。こんな時に何故俺は車を運転しなければならんのだ!?」
彼は前のホバーカーが動くのを見ると、サッとブレーキペダルから右足を放し、アクセルを踏み込む。しかし、彼自身、ミローシャが家出をしたらしいと思うと、不思議な事に寂しさがこみ上げて来ていた。
(バカな……。俺はミローシャの事など何とも思ってはいない)
しかし、否定仕切れない何かが、彼の心の片隅にあった。彼は苛つく心を抑えるため、インターネットサイトを稼働させた。ちょうどニュースが流れている。
「今日午後零時、連邦警察は、カメンダール・ドルコム地球連邦総裁を連邦公職選挙法並びに総裁の選出に関する法律違反の容疑で逮捕しました。現職の総裁が逮捕されるのは、もちろん連邦史上初であり、関係者に大きな波紋を投げかけています」
ドッテルは仰天して目を見開き、画面を見た。
「何だって!?」