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第二章 その二 ディバート・アルターはイケメン

 ディバートはレーアの混乱などお構いなしに話を進める。

「ザンバースという男は頭がいいのさ。周囲の状況を素早く判断して、最適の立場に立つ。そういう男だ」

 その言葉にレーアはムッとしたが、全部聞いてから三倍返しで反論しようと思い、何も言わない。

「ザンバースがエスタルトに強く迫って、ようやく警備隊が組織されたのは知っているだろう?」

「ええ」

 それがどうしたのよ、という目で、レーアはディバートを睨みつける。

「あの時から、ザンバースはエスタルトを殺す機会を伺っていたんだ。ザンバースは元は軍人だから、官僚主義に凝り固まったエスタルトのやり方がどうしても許せなかった」

 さて、そろそろとレーアは思い、

「でも、どうして今頃になって伯父様を殺したの?」

 ディバートは待ってましたという顔でレーアを見る。

「帝国の事を知っている人間が、ほとんどいなくなるのを待っていたからだよ。連邦の総人口七十億のうち、帝国当時に生まれ、しかも帝国の事を覚えていられる程の年齢だった者は、たった五億人しかいない。その大半は老人で、記憶もあやふやな人が多い。ザンバースは、帝国の恐怖政治の歴史が風化するのを待っていたのだ」

「いろいろな解釈ができるものね」

 もしディバートが全く別の事でレーアを説き伏せようとしていたのなら、彼女は瞬殺されていただろう。それくらいディバートはカッコいい。しかし、ザンバースの悪口を並べ立てる彼は、レーアにとっては連邦一のブサイク男と同じである。

「どうとでも取りたまえ。まァ、とにかく、総裁の顔を見た時の、君の親父さんの様子をよく見る事だ。その時こそ、真相が分かる。じゃあ、またね」

 ディバートはレーアに手を振り、駆け去った。危うく笑顔で手を振り返すところだったが、レーアは何とかそれを思い留まった。

「こんなところにいらしたのですか、お嬢様」

 不意に執事のケラル・ドックストンが背後に現れた。

「キャッ!」

 完全に意表を突かれたレーアは、思わず叫んでしまった。

「ケラル、驚かさないでよ」

「申し訳ありません、お嬢様」

 ケラルは丁寧なお辞儀をして詫びた。

「総裁との最後のお別れです。お父上がお待ちですよ」

「わかったわ。行きましょう」

 レーアは何故ケラルにここがわかったのか不思議だった。

(この男、一体何者なのかしら?)

 レーアは先を歩くケラルの後ろ姿を見た。そして、父ザンバースが伯父エスタルトを殺していない事を確かめるために、ディバートの言っていた事を実行しようと思った。


 連邦ビル前の中央広場に、悲哀に満ちた音楽が流れていた。レーアはザンバースと共に列の先頭を歩き、ゆっくりとエスタルトの棺がある壇上に進んだ。

 ザンバースとレーアが棺の前に着くと、係員が棺の蓋を開いた。彼はそのまま一礼すると立ち去ってしまったので、エスタルトの顔を見る事はなかった。レーアは恐る恐るエスタルトの顔を覗き込んだ。

「!」

 確かにディバートの言ったように、エスタルトの顔には血糊が塗られていた。それはまるでエスタルトが口から吐いた血のように見えた。レーアはザンバースの顔を見上げた。

(きっと怒っているわ、パパは)

 しかしザンバースの反応は違っていた。彼は仰天していた。目を見開き、信じられないという顔をしていたのだ。

(こ、これは……)

 ザンバースはエスタルトを射殺した後、すぐに部下を呼び寄せて遺体の血を拭き取らせ、服を着替えさせて、撃たれた事がわからないようにした。

「そ、そんな……。そんなはずはない!」

 レーアにはそう聞こえた。その声は、隣にいるレーアにやっと聞こえる程度のものだったので、その後ろにいたエスタン月支部知事には聞こえていなかった。

「誰がこんな事を……」

 ザンバースはハンカチでエスタルトの顔を拭い、血糊を拭き取った。

「パパ、伯父様は発作で亡くなったのでしょう? どうして血が着いているの?」

 レーアはドキドキしながら尋ねた。ザンバースはハンカチをポケットにねじ込むと、

「私にはわからん。しかし、レーア、この事は伯父様の恥になるから、誰にも話してはいかんぞ」

「はい」

 二人は棺を離れ、壇上から降りた。

(パパの驚き方、変だったわ。あのディバートという人の言う通り、パパが伯父様を?)

 レーアが考え事をしていると、

「レーア、先に帰っていなさい。私は用があるから……」

とザンバースが言った。

「わかりました、パパ」

 レーアは中央広場を出ると、ちょうど角を曲がって来たホバータクシーに乗った。

「ザンバース・ダスガーバン邸まで」

「わかりました」

 ホバータクシーは中央広場を離れ、メインストリートに出た。

「あら?」

 レーアはタクシーが走っている方向が違うのに気づいた。

「ちょっと、どこへ行くの? ザンバース邸はこっちじゃないわ」

 レーアは運転手に怒鳴った。すると運転手は帽子を脱ぎ、

「こっちでいいんだよ、レーア」

と振り返った。

「ああっ!」

 レーアは驚いた。その顔は、さっき別れたばかりのディバート・アルターだったのだ。

「貴方、一体……」

 レーアはそれ以上言葉が出なかった。ディバートは前を向き、

「一緒に来てもらいたい」

「どこへ行くの? やっぱり私に悪戯するんでしょ?」

「しないって!」

 ディバートはムッとしたようだ。しつこい女だと思ったのだろう。

「我々のアジトだ」

「アジト? 一体貴方って、何を企んでいるの? 私を誘拐してどうするつもり?」

 レーアは語気を強める。しかしディバートは悠然としている。

「誘拐とは人聞きが悪いな。ご同行願っただけだよ」

「同じ事よ! どうして私が貴方と一緒に行かなければならんないのよ?」

 レーアは今にも掴みかからんばかりの勢いだ。

「ザンバースの反応の事を聞きたいし、我々の話も聞いてもらいたい」

「パパの事はともかく、貴方達の話なんて聞きたくないわ!」

 レーアは乱暴にもドアを開けようとした。しかし、ロックが解除できず、ドアは開かない。

「そんな危ない事を考えないでくれ、レーア」

「降ろしてよ!」

 レーアはディバートに掴みかかろうとした。

「暴れないでくれ、レーア。手荒な事はしたくないんだ」

 ディバートとレーアの間に透明な仕切りが上がって来て、彼女はディバートと隔てられてしまった。

「何、これ……」

 次にレーアは、シューという音と共に、煙に巻かれた。

「大人しくしないからだ。しばらく眠ってくれ」

 ディバートの声は、レーアには最後まで聞こえていなかった。彼女は崩れ落ちるように倒れ、眠ってしまった。

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