第二十三章 その一 ザンバース更迭
翌日の朝の事である。
カメンダール・ドルコム連邦第二代総裁は、総裁執務室にザンバースを呼びつけた。彼は自分が第二のエスタルト・ダスガーバンになる事を恐れ、自分の部下を五人、執務室に入れていた。
「何の用ですかな、総裁閣下?」
ザンバースはドアを閉じながら尋ねる。ドルコムは目を鋭く吊り上げてザンバースを睨み、
「君の警備隊総軍司令官の任を今日で解こうと思う」
しかし、ザンバースは眉一つ動かさずに、
「ほォ、そうですか。それは困りましたな。それで、解任理由をお聞かせ願えませんか?」
ドルコムは得意そうな顔になって、
「月面支部に監禁されているアイシドス・エスタン前知事の救出に失敗した事。月面支部を未だに赤い邪鬼とかいうテロリスト達に占拠されたままである事。後任のカライム・ナルカス知事が月面支部に行けずにいる事。数え上げればキリがない」
ザンバースはニヤリとして、
「わかりました。仕方ありません。私の能力が至らないためにそれほど多くの面で支障が生じたのであれば、解任されても何も言えませんからな。失礼致します」
彼はクルッとドアの方を向くと、サッと総裁執務室を出て行ってしまった。驚いたのはドルコムである。
「一体どういうつもりだ、あの男は? こうもあっさり引き下がるとは……」
ドルコムは眉をひそめた。
(ザンバースめ、何かを企んでいるな。しかし、私は地球連邦の総裁だ。奴の言いなりになどならんし、奴の部下共も私の前に跪かせてやる)
ドルコムには、ザンバースの策略など見抜けるはずがなかった。
アジバム・ドッテルは、財団ビルの義父ナハルの部屋に呼びつけられたので、内心不安に思いながらドアをノックした。
「入れ」
中からナハルの怒りに満ちた声が聞こえた。ドッテルはガチャリとドアノブを回し、中に入った。
「何でしょうか?」
ナハルはドッテルのその言葉にムッとして立ち上がり、
「何ですか、だと!? 貴様は自分の女房と子供が家を出たというのに、何とも思っていないのか?」
ドッテルはナハルの剣幕を鬱陶しく思いながら、
「はァ、それなら使用人から聞きました。しかし、ミローシャは旅行に出かけたとかで……」
「子供が学校へ行っているというのに、一緒に旅行に出かける母親が、どこの世界にいる、バカ者め!」
「はァ……」
ドッテルはナハルの迫力に圧倒されていた。
(どうしたんだ、このくたばり損ないが……? いつのになく、気迫がある……)
「これはミローシャの父親として、そして貴様の義父としての命令だ! すぐにミローシャを探せ! 仕事なんぞどうでもいい! 今すぐにミローシャを探しに行くのだ!」
「はァ……」
ドッテルは度肝を抜かれて、そそくさと部屋を出た。
(ミローシャめ、この肝心な時に訳の分からん事を……)
彼は腹を立てながらも、不安を拭い切れなかった。
(何を考えているんだ、ミローシャ?)
そのミローシャは、アイデアルのとある安ホテルで、一夜を過ごした。彼女は服を着たまま寝てしまったので、皺だらけになっていた。
(何て夢を見たのだろう……。あの人とあの人の愛人が、私を殺しに来る夢……)
彼女は隣のベッドに寝ている三人の子供を見やった。
(ごめんさないね、トーブ、キャミー、アリン。お母さんの勝手で、こんなところに泊まらせて)
ミローシャはベッドから出てバスルームに行った。彼女は鏡の前に立ち、ボサボサの髪をブラシで梳かした。
「女の人の家を探してみよう。そして、家族の方と話し合ってみよう。第三者との話し合いの方が、私も冷静でいられる気がする」
そして、服の乱れを直す。そこへ長男のトーブが起きて来た。彼はまだ寝ぼけているらしく、バスタブの前に立って、
「お母さん、おしっこ……」
「あっ、トーブ、こっちよ。そこはお風呂だから」
ミローシャは慌ててトーブをバスタブから抱き上げ、便器の前に立たせた。
(でも、そんな事をすれば、あの人を余計私から遠ざける事になるかも知れない……)
彼女の心は乱れに乱れていた。




