第二十二章 その一 ドルコムの暴走
カメンダール・ドルコム第二代連邦総裁は、ザンバース派の議員の一人を使って、「暴力活動団体鎮圧法」の草案を上院にかけさせた。しかし、それはいとも簡単に否決されてしまった。ドルコムは、
「議員の連中は、全くわかっておらん! 赤い邪鬼といい、急進派といい、何を仕出かすかわからんような連中だというのに」
と総裁執務室で側近に愚痴を言っていた。側近は、
「とにかく、別の方法で連中を抑える事を考えましょう。国民感情を逆撫でするようなやり方は採らずに」
「わかっている」
彼は苛立っていた。
(何という事だ……。総裁になれば、思うがままだと思ったが、いきなり躓くとはな)
「よし、次は刑法の改正だ。死刑を復活させて、抑止力とする。しかしそれは建前で、本当のところは、連中を合法的に殺すためだ。それから、警官には射殺の権限を与えろ。抵抗する者は、一度警告した後、射殺してもいい事にする」
「はっ、かしこまりました」
側近はすぐさま執務室を出て行った。ドルコムは椅子を回転させて窓の外を見てから、
「最上階からの眺めは最高だな」
と呟き、ニヤリとした。
翌朝から、まるでドルコムが仕組んだかのように、地球各地でテロが起こった。各州の政府要人や、連邦政府の高官が次々に爆弾や銃弾で殺され、連邦国民を震撼させた。もちろん、ザンバースの差し金である。
「口実ができたじゃないか。刑法改正の草案をすぐに議会にかけろ。緊急のため、両院同時に審議させるのだ」
ドルコムは側近に命じた。
「はい」
側近は慌てて執務室を飛び出して行った。
「バカめが。早速下らん事を始めおったな」
連邦ビルの秘密の地下室で、ザンバースは言った。彼はミッテルム・ラードから、ドルコムの行動の報告を受けていたのだ。タイト・ライカスが、
「放っておかれるのですか?」
「もちろんだ。奴には悪役になってもらうのだからな。ドルコムめ、自分で墓穴を掘っているとは夢にも思うまい」
ザンバースは冷たく笑う。そして更に一同を見て、
「奴の命令が下っても、できるだけ引き延ばして知らん顔をしていろ。そうすれば、必ず奴は私に向かって来る」
「大帝に向かう?」
一同は驚いてザンバースを見た。ザンバースはニヤリとして、
「私を追い落としにかかる、という事だ。しかし、それが奴の最後のあがきとなる」
と言った。一同は顔を見合わせた。
カミリアの容態はかなり回復して来ていた。彼女は一人で食事を摂れるようになり、レーアはホッとしていた。
「迷惑かけたね、みんな。ありがとう」
「いいって事よ。俺だっていつ倒れるかわからないんだからさ」
とナスカートが言うと、カミリアはニコッとした。ナスカートも微笑んで、
「そうそう。女の子は笑顔を絶やしちゃいけないよ。しかめっ面ばかりしていると、眉間に皺が寄っちまうからさ」
「今のセクハラ」
レーアが冷め切った眼差しで言う。ナスカートはギョッとして、
「お、おい……」
と焦った顔をした。しかし、カミリアは笑っていた。するとディバートが通信室から出て来て、
「ドルコムが刑法を改正、いや、改悪するようだ」
「えっ?」
三人がディバートを見ると、彼は、
「死刑を復活させるらしい。それに、警察法も改正して、射殺の権限を警官に付与するらしい」
「何だって? それじゃ、帝国の時と同じじゃないか」
ナスカートが叫んだ。リームが後から通信室を出て来て、
「しかし、それ以上になるかも知れないぞ」
「ザンバースがやらせたのか?」
ナスカートが尋ねる。レーアが顔を曇らせた。カミリアもレーアの変化に気づき、悲しそうに彼女を見た。
「いや。奴は噛んでいないらしい。全くドルコムの独断のようだ」
ディバートの答えを聞いて、レーアがほんの少しだけホッとした表情になった。ナスカートはキョトンとして、
「一体どういうつもりだ? ドルコムが勝手な事をしているのに、ザンバースは放っておくのか?」
ディバートはナスカートを見て、
「恐らく、ドルコムはスケープゴートにされるんだ」
「スケープゴート?」
レーアが素っ頓狂な声で尋ねた。ディバートは頷いて、
「そうだ。聖書を知っているか、レーア?」
「えっ、セイショ? 何、それ?」
ディバートだけでなく、リーム、ナスカート、そしてカミリアまでが、唖然とした。レーアは赤くなって、
「な、何よ!?」
するとナスカートが、
「何だ、レーア、君は本当に高校行ってたのか? 聖書も知らないのかよ」
レーアはムッとしたが、何も言い返せないので、
「な、何よ!? 知らなくたって、今まで大丈夫だったわよ!」
と逆ギレした。ディバートは呆れ果てたのか、
「まァ、いいさ。大昔に書かれた書物の事だ。その中の一節に、贖罪の山羊という話が出て来る。簡単に言ってしまえば、身代わりになって殺される者の事だ」
と説明した。レーアは、
「さっすが、ディバートね。物知りだわァ」
と感心して言ったが、一同のレーアを見る視線は冷たかった。続いてリームが、
「つまり、ドルコムが当面の悪役を引き受けてくれれば、ザンバースは矢面に立たなくてすむ。ドルコムは体のいい弾除けにされようとしているんだ」
「フーン」
レーアは大きく頷く。するとナスカートが、
「そうかァ、レーアは口だけじゃなくて、頭も悪かったんだなァ」
「ナスカート!」
レーアは怒ってナスカートを追い回した。リームとカミリアは大笑いで、ディバートも笑いを噛み殺していた。
「とにかくだ。いくらドルコムがザンバースとは関係なくとんでもない事をしようとしているとは言っても、奴も所詮はザンバースの傘下の人間だ。究極の目的に変わりはない」
ディバートは言った。ナスカートはレーアにポカポカ殴られながら、
「そうだな。ドルコムは今のところ、俺達の表立っての敵って訳だ」
「そういう事だな」
リームが言った。