第二十章 その三 ザラリンド・カメリス
レーアはリタルエス・ダットスの言葉に頭を沸騰させた。
「二人って、どういう事!?」
彼女はナスカートの前に出る。ダットスはヤレヤレという顔で、
「お嬢様はお助けするという事です。こちらにいらして下さい」
「嫌よ、ハゲ親父!」
レーアはベーッ舌を出した。ダットスは一瞬ムッとしたが、すぐに笑い、
「素直におなり下さい。貴女はそんな連中と関わってはならない身分の方なのですよ」
「誰と関わろうと、私の勝手でしょ!」
レーアはダットスの言葉を撥ね付けるように言い返した。ダットスは肩を竦めて、二人の警備隊員と共にレーアに近づいて来た。ナスカートが小声で、
「レーア、ここは捕まった方がいい」
レーアはダットスを睨んだままで、
「でもここで捕まったら、貴方とカミリアが殺されてしまうわ」
「ここですぐに殺される事はないさ。奴らは俺達に訊きたい事があるはずだ」
レーアはナスカートの腰のホルスターからサッと銃を抜き、ダットスに向けて構えた。ダットスは一瞬ハッとしたが、
「お嬢様、そんな危ないものはお捨てになって、こちらにいらして下さい。私達は貴女を傷つけたくないのです」
「父に貸しを作るために?」
レーアはダットスをキッと睨みつけて言った。ダットスは図星を突かれてグッと詰まった。レーアはニヤッとして、
「どうやらそうらしいわね。でも、私は貴方のために捕まるなんて、絶対に嫌よ」
「貴女には人を撃てませんよ」
ダットスは更にレーアに近づいた。レーアはガクガクと膝を震わせ、銃を構えていたが、引き金を引く事はできず、ダットスに銃を取り上げられてしまった。
「さァ、こちらへ」
「痛っ!」
レーアはダットスに右腕を掴まれ、強引に引っ張って行かれた。ナスカートとカミリアは、警備隊員に銃を突きつけられた。
「畜生……」
ナスカートは悔しそうにダットスを睨んだ。ダットスは暴れるレーアを抑えつけるようにして警備隊の装甲車へと向かった。その時、一台のホバーカーが突進して来た。
「何だ?」
ホバーカーの窓から煙幕弾が投げつけられ、ダットス達は視界を失った。レーアはあっと言う間にホバーカーに連れ込まれた。ナスカートとカミリアに銃を突きつけていた警備隊員達は、すぐさまホバーカーに向かって発砲した。しかし、ホバーカーのフロントガラスは防弾で、弾丸を受けつけず、警備隊員二人は、ホバーカーに跳ね飛ばされた。ナスカートはすぐにホバーカーにカミリアを乗せ、自分も飛び乗った。ホバーカーはたちまち連邦ビル前広場から走り去ってしまった。
「追えっ!」
ようやく煙から脱したダットスが叫んだ。装甲車が群れをなしてホバーカーを追ったが、所詮スピートで優るホバーカーに追いつけるはずもなかった。
「何という事だ……」
装甲車の助手席で、ダットスは蒼ざめていた。
ホバーカーを運転していたのは、ミタルアム・ケスミーの側近であるザラリンド・カメリスだった。
「危ないところでしたね。私がもう少し遅かったら、取り返しがつかなくなっていました」
「貴方は?」
レーアが助手席に座り直して尋ねる。ザラリンドは微笑んで、
「申し遅れました。私はケスミー財団のザラリンド・カメリスです。今は失業状態ですが」
「ミタルアムおじ様の?」
ザラリンドはニヤリとして、
「とにかく、貴女達のアジトまでお送りしますよ」
と言った。
ザンバースは自分の邸の自室で、ダットスからの連絡をテレビ電話で受けていた。
「申し訳ありませんでした。またお嬢様を救出できませんでした」
ダットスは汗まみれで謝った。しかしザンバースは、
「もうレーアの事はいい。あの娘の事はしばらく構うな。それより今は、総裁選の準備を進めろ」
「はっ」
ザンバースは受話器を戻し、椅子に座った。
レーア、ナスカート、カミリアの三人は、アジトに到着した。明かりの下で初めて判明したのだが、カミリアは身体中傷だらけだった。レーアはびっくりして、
「酷い……。拷問されたのね?」
「拷問じゃない。これは何かを取ろうとした痕だ」
ディバートが言った。カミリアは苦笑いをして、
「そのようだよ。私の皮膚をあちこちから取って、何かの液に浸けていたからね」
「何をしようって言うんだろう?」
リームが呟く。ディバートは、
「これだけじゃわからないな。しかし、とんでもない事には違いないな」
「とにかく、カミリア、服を脱いで。手当をしなくちゃ」
レーアは三人の男を睨んで、
「貴方達はあっち!」
と通信室のドアを指差した。三人はすごすご通信室に入る。レーアはドアの前に椅子を置き、ノブを抑えた。
「おい、何したんだ?」
ナスカートが尋ねた。レーアは、
「ドアを開けられなくしたわ。覗きの常習犯がいるから」
「……」
レーアはドアが開けないのを確認してから、カミリアを椅子に座らせ、上着を脱がせた。レーアは、
「ちょっと待ってて。治療用具を持って来るから」
と奥の部屋に行った。カミリアは黙ってレーアの消えたドアを見ていたが、
(私は戻って来ちゃいけなかったんだ、レーア……。この傷は、只の傷じゃないんだよ……)
外はもうすっかり晩秋で、寒くなっていた。道行く人々の息も白く、木々も葉を落とし、冬に備え始めている。それは一つの時代がまさに終わろうとしている事を象徴しているようであった。