第二十章 その一 落日のエスタルト・ダスガーバン
エスタルト・ダスガーバンが悪魔の孤島に旧帝国軍の秘密兵器を隠していた事が連邦中に知れ渡るまで、十二時間とかからなかった。
その翌日には、エスタルトの肖像画や絵はがき、写真、記録などは、次々に焼き捨てられていた。
「善人の顔をした悪人!」
「偽善者エスタルト・ダスガーバン」
そういう記事が、新聞やインターネットニュースを賑わわせていた。
「酷い男ですな。彼は地球上から軍隊を駆逐すると言っておきながら、自分では、人類を何度も全滅させられる兵器を隠していたのですからね」
テレビのニュース番組で、したり顔の政治評論家が、エスタルトを酷評している。レーアはそれをディバート達のアジトで見ていた。
「ひでえな。手の平返したように、エスタルト総裁の事を悪く言うようになりやがった」
ナスカートはテレビを消しながら言った。ディバートは頷いて、
「ああ。しかし、これは自然発生的じゃないな。陰で煽っている奴がいるはずだ」
「確かにな」
レームは横目でレーアを見た。レーアは悲しそうに顔を俯かせていた。ディバートは更に、
「ザンバースはまず自分が登場するための下地作りをしているんだ。エスタルト総裁が連邦国民に崇められているうちは、いくらザンバースが頑張ったところで、奴は一人の反逆者にしかならないからな」
レーアはディバートに近づき、
「ねえ……。カミリアはどこにいるのかわかった?」
ディバートはリームと顔を見合わせた。ナスカートが、
「彼女はリタルエス・ダットスに捕まって、今は恐らく連邦警備隊の本部のどこかに監禁されているはずだ」
「じゃあ、連邦ビルの中にいるって事?」
レーアが目を輝かせてナスカートを見る。
「多分ね」
ナスカートはレーアを見た。レーアはディバートの手を握って、
「カミリアを助けて、お願い!」
ディバートはレーアに手を握られてビクッとし、
「わかっているよ。しかし、彼女がいる正確な位置がわからないと、手の打ちようがないんだ」
するとナスカートが、
「それなら大丈夫だ。彼女のイヤリングに発信機が取り付けてある。見つけられていなければ、わかるはずだ」
と受信機を取り出してみせた。そして、
「連邦ビルにいる事が確かなら、後は信号の発信の強度で、彼女の位置がわかると思う」
「しかし、一体どうやって近づく?」
リームが尋ねた。するとレーアが、
「私が行くわ」
「何だって?」
ディバート達は驚いて彼女を見た。
一方ザンバースも総裁執務室のプライベートルームで、テレビを見ていた。
「故エスタルト総裁の業績を称えて伝記を出版するという企画が、悪魔の孤島の一件で取りやめになり、アイデアルの名誉市民の称号が剥奪されました。故人に対してこのような行為をするのは全く異例ですが、場合が場合だけに致し方のない事のようです」
キャスターは淡々と語る。ザンバースはニヤリとした。
「次のニュースです。総裁選を二週間後に控え、連邦第二代総裁に一体誰がなるのかが、最大の関心事になりつつあります」
ザンバースはテレビを消し、窓に近づいた。彼はフッと笑い、
「エスタルト、お前の時代は、名実共に完全に終わったよ」
と呟いた。
カレン・ミストランは、ホテルの一室でアジバム・ドッテルと会っていた。彼女はすでにドッテルの虜になっている。ドッテルはシャワールームからバスローブ姿で出て来て、カレンを見て微笑む。カレンはピクンとして目を伏せた。
「立っていないで座りなさい、カレン」
カレンはソファに腰を下ろした。ドッテルは煙草を取り、火を点けると彼女の隣に座った。
「昨夜、君が話してくれた、『帝国』、『総裁選』、『エスタルト』、『メラトリム・サイド』、実に参考になった」
「そうですか……」
ドッテルはカレンの肩を抱いて、
「君は素敵だ。妻と別れて、君と一緒に暮らしたいな」
「ホントですか?」
カレンは嬉しそうにドッテルを見た。ドッテルは優しく笑って、
「しかし、義父のナハルが許す訳がない。あのくたばり損ないが死ぬまで、待ってくれるか?」
「はい。お待ちします。何年でも……」
カレンはドッテルの胸にすがりついた。ドッテルはカレンを引き離し、
「さっ、シャワーを浴びておいで」
「はい」
カレンはサッと立ち上がり、シャワールームに行った。ドッテルはそれを見届けて、
(ナハルめ、俺はあんたが死んだら、好きにさせてもらうぞ)
カレンはシャワーを浴びながら思った。
(私、あの方のためなら、何でもできる。ミローシャさんを悲しませても構わない。私はあの方と一緒に暮らしたい)
彼女はシャワーを見上げて目を瞑った。
(自惚れじゃなく、私はミローシャさんに勝てる)