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第十九章 その一 カレン・ミストランの憂鬱

 一週間はたちまち過ぎてしまった。

 連邦警備隊事務次官のタイト・ライカスは、自分の部屋にいつものように入った。するとそこに見慣れない女性がいた。

「あ、おはようございます、事務次官」

 その女性はライカスを真っ直ぐに見て言った。髪型、化粧、服装、物腰、どれをとっても洗練されていた。ライカスは記憶を糸を辿ってみたが、秘書や事務員に思い当たる女性がいない。

「すまない、君は誰だったかな?」

 もしやテロリストかと危惧したライカスだったが、それは杞憂だった。その女性は微笑んで、

「カレン・ミストランです」

「えっ? ミストラン君?」

 ライカスは仰天してしまった。

(信じられない。美人だが、野暮な女で通っている彼女が? 一体これは……?)

 ライカスはカレンの以前の姿を思い返す。どうしても同一人物には思えない程の変わりようだ。

(そう言えば、彼女は有給休暇をとって、何日か休んでいたな。その間にどこかで身に着けたのか?)

「本日の予定です」

 カレンが書類を差し出す。ライカスはハッと我に返ってそれを受け取り、自分の席に着いた。

「ミストラン君、見違えたよ。綺麗になったね」

 ライカスは女性を誉めたりしない男だ。そのライカスをして、そこまで言わせたのは凄い事である。

「ありがとうございます」

 カレンは微笑んで応じた。

(今日、これで何人目だろう? ロビーでは、守衛さんに呼び止められた程だったわ)

 何となく喜びで顔が緩んでしまうカレンだったが、不意にアジバム・ドッテルの声が甦り、ビクッとした。

「ミストランさん、貴女にお願いがあるんです。実は事務次官の動きを教えてもらいたいのですよ。下らないと思った事でもね。彼は貴女方秘書にすら、何か隠している(ふし)があるんです。それは何か? それを探り出して欲しいのです」

 カレンは悲しくなった。

(やっぱりあの人は、私を利用するために接近して来たんだわ)

 カレンはドッテルに何かを期待していた自分に驚いた。

(私、何を考えているんだろう? あの人が、本当に私の事を愛しているなんてあり得ないのに……)

「どうしたのかね、ミストラン君?」

 ライカスが声をかけた。カレンはハッとして、

「いえ、別に……」

と言うと、秘書室に戻って行った。それと入れ違いに別の秘書が入って来た。彼女はライカスを見て、

「驚かれたでしょう、事務次官、カレンの事?」

「ああ、まァね。一体どうしたのかね?」

 秘書は悪戯っぽく笑って、

「彼女、好きな人ができたのですわ、きっと。だからお化粧をするようになりましたし、服装にも気を配るようになったのですよ」

「なるほど」

 ライカスは、そんなものかな、と思っただけで、その男が誰なのかなどと考えもしなかった。


 レーアとカミリア、そして多くの新聞記者やテレビ局、ラジオ局、インターネットサイトの報道関係者が、首都アイデアルにある警備隊本部のヘリポートに集まっていた。レーアは厚化粧をして、長い髪のかつらをかぶり、服装は白のパンツスーツ、カミリアは髪を赤く染めて、サングラスをかけ、ミリタリー調の服を着ていた。二人はバンジーに気づいたが、知らないフリをした。バンジーの指示である。一同がざわついていると、警備隊本部隊長のリタルエス・ダットスが二人の警備隊員と共に現れた。一同は一斉にダットスを見た。彼は大声で、

「これからジェットヘリで、悪魔の孤島に向かいます。皆さん全員に、記章を着けていただきます」

 警備隊員二人が、一同に記章を配った。レーアとカミリアもそれを受け取った。

「それでは、四十番までの方は、一番機に、八十番までの方は二番機に、残りの方は三番機にご搭乗下さい」

 一同は三つに分かれて、それぞれのジェットヘリに歩き出す。レーアとカミリアも、バンジーと同じ一番機に乗り込んだ。

「本部隊長、レーアお嬢様がいらっしゃいました」

 警備隊員の一人がダットスに小声で告げる。ダットスはニヤリとして、

「わかっている。放っておけと大帝からご指示があった。別にあの方が行かれたからといって、支障を来す訳ではない」

 ダットスは五人の警備隊員と共に特別機に乗り込み、他のヘリと共にヘリポートを飛び立った。


 ザンバースは告示された総裁選の候補者名簿を総裁執務室で眺めていた。そこへマリリアが入って来た。

「予想通り、ケラミス・ラストが立候補して来た。各紙はラスト優位とするだろうが、ドルコムの勝利は初めからわかっている」

 ザンバースがニヤリとして言った。マリリアはザンバースのそばに寄り添い、

「コンピュータを操作するのは人間なのだという事が、今度の勝利のポイントですわね」

「そういう事だ」

 二人は貪るように口づけを交わした。


 ケラミス・ラストは法務省長官で、エスタルト派である。良く言えば意志の強い人、悪く言えば頑固者。要するに、典型的な政治家である。彼はエスタルトの信望も厚く、エスタルトの後継者として、アイシドス・エスタン月面支部知事と並び称されていた。

 カメンダール・ドルコムは、連邦月面管理局の局長である。月面管理局の本部はアイデアル郊外にあり、ドルコムは局長公舎で暮らしている。以前はエスタルト派であったが、寝返ってザンバース派に入った。そのため、どちらの人間からも信用されていない。その上、ドルコムは狡猾で、部下にも恐れられていた。そんな彼を、ザンバースは総裁選立候補者に選んだ。何かあると思うのは誰でも同じだった。しかしドルコムは有頂天で、全くザンバースの意図など考えていなかった。

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