エピローグ 始まりの終わり
ザンバース・ダスガーバンが計画し、実行に移した「地球帝国復活」は二年半でその幕を下ろした。多くの人の血を流し、建造物を破壊し、艦船を焼き、車両を灰にした戦闘行為は完全に終結し、パルチザン隊の総隊長であるメキガテル・ドラコンによって勝利宣言が出され、名目上も終戦し、連邦派の勝利となった。
レーア・ダスガーバンを始め、帝国軍に戦いを挑んで生き残った者達は、そこからは復興へと突き進んだ。ザンバースの娘であるレーアは、最初は表舞台に立つ事を拒み、婚約者であるメキガテルの補佐を陰からするつもりでいたが、パルチザンや共和主義者、そして連邦政府機関の生存者、州知事経験者、月支部知事であったアイシドス・エスタン等の強い希望もあり、戦争終結から半年後、二十歳となった日からまた皆の前に姿を現した。
長い戦闘の中で伸びた髪をばっさりと切った彼女は以前より美しくなった。大人びたと言った方が正しい表現だろう。
「皆さんに請われて、こうしてまた公の場に立てる事を嬉しく思っています」
レーアは、メキガテルが戦争終結を宣言したアイデアルの港の特設ステージの壇上から数十万人に膨れ上がった観衆を前にマイクを通じて言った。観衆はどよめき、万雷の拍手が起こる。演壇の端には、夫となるメキガテル、親友のステファミー・ラードキンス、アーミー・キャロルド、ケスミー財団の新しいトップに就任したザラリンド・カメリスがいた。同級生で共に戦ったタイタス・ガットとイスター・レンドは最前列でレーアの雄姿を見ている。
「始めは、ザンバースの娘である私は表に出るべきではないと考えていました。帝国は多くの人々を殺戮し、多くの財産を奪い、破壊したからです。その帝国の大帝であるザンバースの娘が、おめおめと復興する地球連邦に関与するべきではない。そう思ったのです」
レーアは込み上げてくるものがあるのか、一瞬声を詰まらせた。彼女自身、戦争で多くの仲間を失い、一番の親友であるクラリア・ケスミーとその父のミタルアム・ケスミーを失っているからだ。観衆の中にも、涙を流す者がいた。
「でも、それは現実から逃げているだけだと知りました。私は二十五世紀をまるごと蹂躙したに等しいダスガーバン家の血を引く者です。その後始末もせずに姿をくらますなんて、許されるはずがありません」
レーアは涙を堪え、声を張り上げた。彼女の決意の程を知り、観衆は息を呑んだ。
「これからの私の人生は、地球連邦の復興に捧げます。そしてその礎となる事を決めました」
レーアの熱い思いを聞き、タイタスは仰天していた。
「レーア……」
昔からずっとレーアの事だけが好きだったタイタスは、レーアが手の届かないところへ行ってしまうのだと実感していた。
「もし許されるのであれば、復興した地球連邦の新たな歩みの一ページ目を構築していく役目を担わせてください。そして、ダスガーバン家の地球と全ての国民に対する贖罪を終わりにさせてください!」
最後は絶叫になっていた。観衆は先程とは桁違いの拍手でレーアの言葉に応えた。まるで地鳴りのようなそれは、ステージから遠く離れたところでモニター越しに観ているナスカート・ラシッドとカミリア・ストナーにも直に聞こえていた。
「とうとう手の届かないところに行っちまったな、レーアは」
ナスカートは苦笑いして言った。するとカミリアが、
「レーアの代わりにするつもりで私に声をかけたんでしょ?」
意地悪な質問をする。ナスカートはカミリアの腰に腕を回し、
「バカ言うなよ。レーアとの付き合いより、カミリアとの付き合いの方が長いんだぜ、俺は。そろそろ、カミリアも現実の男を好きになった方がいいんじゃないかと思ったのさ」
カミリアはフッと笑ってナスカートを見上げ、
「トレッドを忘れろって事?」
トレッド・リステア。かつて共に戦った男の事をカミリアはずっと思い続けていた。
「いや、忘れる必要はない。時々思い出す程度にしてくれって事さ」
二人は口づけをかわした。
レーアは観衆に手を振り、演壇の橋へと歩き出すと、迎えてくれたメキガテルとキスをし、ステファミーやアーミーと抱き合った。
「本当にいいのかしら、私が初代大統領になんかなって?」
レーアはもう一度した長いキスの後、メキガテルに尋ねた。メキガテルはレーアを支えながら演壇の階段を降り、
「レーアがならなくて誰がなるんだよ。あのミケラコス財団のアジバム・ドッテルですら、君を大統領にしようと思っていたんだぜ」
そのドッテルは自分の野望に飲み込まれて死んだ。
「でも、私、政治の事なんか何もわからないよ」
レーアはそれでも不安だった。するとメキガテルはニヤリとして、
「心配ないさ。何しろ、参謀がたくさん控えているからね。それに君も言ったじゃないか、贖罪を終わりにさせてくださいって。ザンバースはあらゆる災いを駆逐してくれたけど、それだけは君に託したのだから」
「そうかなあ……」
メキガテルにうまく乗せられているのではないかと思うレーアである。
「レーアさん、あれからずっと調査を続けているのですが、今に至るも、お父上の遺骨は発見できていません」
カメリスが申し訳なさそうな顔で告げた。レーアは微笑んで、
「ありがとうございます、カメリスさん。もういいです。父の遺骨の捜索は打ち切ってください。帝国の関係者の裁判も一切行わないと決まったのですから、今更遺骨が見つかっても仕方ないでしょう?」
「はあ、まあそうなんですが……」
レーアが探さなくていいと言うのであれば、誰も反対はしないので差し支えはないのだが、カメリスは彼女の本心なのかそれだけが気がかりだった。
「父は私の思い出の中にいます。それは帝国の大帝ではなく、連邦の警備隊総軍司令官でもなく、私のパパです」
レーアはそう言うと、メキガテルと共に階段を降り切り、演壇の後ろへと歩いていった。
帝国軍の生存者達は、自分達が戦争犯罪者として裁かれる事を覚悟している者、恐れている者、何とか言い逃れしようとしている者と様々だったが、メキガテルの声明で、一切裁判を行わないと決まり、全員ホッとしていた。
「全ての責任は大帝であるザンバースが背負っていた。そのザンバースが死亡した今となっては、誰を裁いてみたところで憎しみしか生じさせない。むしろ、彼らには生きて復興に力を尽くす事を願うものである」
メキガテルとレーアは、旧帝国との戦いの後、残党狩りや帝国の官僚達の投獄を行った事が連邦政府に敵を作る一因となったと考えたのだ。制裁は報復を生む。だから罰するのではなく、働いてもらう事にしたのだ。
「本当にそれでいいのですか?」
帝国で補佐官まで務めたタイト・ライカスは目を見開いて尋ねた。彼と机を挟んで向かい合っているエスタンは微笑んで、
「もちろん。君は優秀な人材だ。但し、個人的に君を逆恨みしている者もいるだろうから、表立っての活動はしない。裏方に徹して欲しい」
「ありがとうございます……」
ライカスは目に涙を溜めて礼を言った。
マリリア・モダラーとマルサス・アドムも同じだった。
「君達の才能は服役で消耗させるのは惜しい。それを生かす部署を用意するので、存分に力を発揮して欲しい」
州知事の生き残りであるドラコス・アフタルとリスボー・ケンメルは口を揃えて言った。南アメリカ州の元知事であるナタルコン・グーダンは肥満が元でたくさんの病気を発症し、入院中だ。そして、彼はその粗暴な性格がメキガテルによって報告され、退院後はトレーニングセンターで一から鍛え直される予定である。
メキガテルの右腕であるカラスムス・リリアスは、北米大陸のパルチザンをまとめて戦争終結に大いに貢献したケイラス・エモルと共に新しい連邦政府ビルの建設予定地に到着していた。
「ここはかつてたくさんの人が犠牲になった場所だそうだ。どの記録にも何があったのか記載がなかったが、その地の隣に新しく連邦のビルが建つのは何となく感慨深いな」
リリアスが初対面とは思えないくらいの馴れ馴れしさで言ったので、
「そうですね」
ケイラスは苦笑いで応じた。
「さてと。明日から忙しくなるぞ」
リリアスはケイラスの肩をポンと叩き、豪快に笑って、部下達と建設現場に向かって歩き出した。
「また忙しくなるから、その前に終わらせてしまおうか」
メキガテルが今はレーアとの新居となった旧ザンバース邸に着くなり言った。
「そんな、嫌よ。きちんとしてからにしましょうよ。メックって、何だか急いで私と結婚式だけ挙げたいみたいね」
レーアはムッとしてメキガテルから離れた。メキガテルは肩を竦めて、
「ああいう感じで老後を生きたいんだけど、難しそうだな」
そう言って目を向けたのは、庭の東屋でお茶を飲んで談笑しているリトアム・マーグソンとマーガレット・アガシムである。
「私もこれでようやく落ち着けます」
マーグソンは晴れ晴れとした顔で言った。マーガレットも微笑み、
「そうですね。旦那様が亡くなられたのは残念ですが、お嬢様がそれを受け継いでくださったのは喜ばしい事です」
「ダスガーバン家の表舞台での最後の活躍ですよ。何しろ、レーアさんは仕事を終えたら、レーア・ドラコンになるのですからね」
マーグソンがしみじみと言うと、マーガレットは目を潤ませて、
「ダスガーバンの名は終わってしまうのですね。寂しいですわ」
季節は秋。そこまで冬の気配が訪れようとしていた。
地球の新たな歴史が始まる最初の日であった。
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