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第七十八章 その二 帝国崩壊

 地球の衛星軌道を周回していた帝国軍の切り札である衛星兵器「キラーサテライト」は、その標的である北米大陸西岸に浮上した潜水艦の一団にその牙を剥いた。潜水艦の艦隊は、すでに死亡している帝国軍東アジア州司令官のエメラズ・ゲーマインハフトの命令で東進していた。そして、北米大陸に到達と同時に浮上し、アイデアルに向けて弾道弾を発射する手配となっていた。もちろん、弾道弾には核は搭載されておらず、大型のナパーム弾に過ぎなかったが、帝都を焼き払うには充分な火力を有していた。そんな巨大な火薬を抱きかかえていたため、潜水艦の爆発は凄まじく、ケスミー財団の監視衛星も上空からそれを捉えていたほどだった。

「ゲーマインハフトの別動隊と思われる潜水艦の艦隊は全滅です。恐らく搭載していた弾薬類に引火したのでしょう。黒煙が上空一キロメートルに達しています」

 コンピュータで画像の解析をしていたザラリンド・カメリスが、元月支部知事のアイシドス・エスタンに説明した。

「そうか。ザンバース君は、ゲーマインハフトを泳がせていたのだね」

 エスタンは腕組みをし、目を細めた。カメリスはエスタンを見て頷き、

「そうですね。浮上とほぼ同時に射撃されていましたから」

 その言葉にステファミーとアーミーは顔を見合わせた。

「レーア達はどうなんですか?」

 ステファミーが我慢できなくなって尋ねた。カメリスはステファミーとアーミーを見て、

「レーアさんとメキガテルさんの消息は地下道に入って以降はわからない状態が続いている。帝国軍は地上戦を展開しているが、地下で爆発や戦闘が行われた様子はないから、無事だろう」

 それでもステファミーとアーミーはホッとできない。地上戦が激化しているという事は、タイタスやイスターも命の危険に曝されているという事なのだ。

「衛星兵器を使えば、地上部隊を投入する事もなく戦いを終わらせる事ができたはずだね」

 エスタンが誰に訊くともなく言った。カメリスはコンピュータを操作しながら、

「はい。それをしなかったのは、レーアさんがいたからでしょうか?」

 エスタンは腕組みを解き、モニターを覗き込んで、

「私はそれだけではないと思っているよ。もしそうなら、レーアさんが地下道に入った時点で、地上を焼き払ってしまえば良かったはず。ザンバース君の意図が少し見えて来たような気がする」

 カメリスはステファミーやアーミーと顔を見合わせた。


 ザンバースはインターフォンから潜水艦全滅の報告を受けると、微かに笑った。

「パパ……」

 目を瞑ったままの父を心配し、顔に再び手を添えた。

「もう終わったんでしょ、パパ? 軍に武装解除を呼びかけて。これ以上戦うのは無意味よ」

 レーアは流れ落ちる涙を拭う事なく、父に呼びかけた。するとザンバースはゆっくりと目を開けてレーアを見た。

「いや、まだだ。まだ終わってはいない」

 そう言うと、娘の手を払い除け、机の引き出しを開いた。そこには通信機のようなものが入っていた。

「何?」

 レーアはギョッとしてザンバースを見た。レーアの表情の変化を見たメキガテルは慌てて机を回り込み、彼女に近づいた。

「自爆装置だ。ここもキラーサテライトを操作している基地もキラーサテライトも全て消滅させる」

 ザンバースは目を細めてレーアを見上げ、フッと笑った。レーアは目を見開き、メキガテルを見た。

「それが最後の清算という事か? この戦争に関与したものは全て抹消するつもりなのか?」

 メキガテルは先程の怒りを封じ、冷静な顔でザンバースに問いかけた。リトアム・マーグソンも黙ったままでザンバースを見ている。

「そんな、ダメよ、そんな事しないで! 何もかも抹消するなんて、バカな事を考えないで、パパ!」

 レーアが絶叫した。しかし、メキガテルとマーグソンは、床に広がるつつある夥しい血液を見て、すでにザンバースが死を覚悟しているのを悟っていた。

「もう止めようがないという事か。だが、お前のやり方は間違っていた。もっと他に方法があったはずだ」

 メキガテルは瞬きすら忘れてしまったレーアを抱き寄せ、ザンバースから離れた。

「レーアを頼む」

 ザンバースは霞む目をメキガテルに向けた。するとメキガテルは、

「お前に言われるまでもない。俺はレーアと結婚するんだからな」

「そうか……。おめでとう、レーア」

 ザンバースは微笑んでレーアを見たが、レーアにはその声は聞こえていないし、表情は見えていなかった。彼女は父親が死にかけているという現実に押し潰されそうになっていた。

「行きなさい。後は私が……」

 マーグソンはメキガテルの肩を叩き、退室を促した。メキガテルは頷き、レーアを引き摺るようにして大帝室を出て行った。マーグソンは二人が出て行ったのを見届けてからザンバースに視線を移した。

「お前がここまでするとは思わなかったよ。帝国を復活させると宣言した時は、どう締めくくるのかと考えたが」

 マーグソンは微笑んでザンバースに語りかけた。ザンバースはマーグソンを見て、

「私は貴方と心中するつもりはない。レーア達を導くのは貴方の仕事だ。ダスガーバン家に一番深く関わった人間として、責任を負ってくれ」

 しばらくの間、沈黙が場を支配した。それを破ったのはマーグソンだった。

「わかった」

 彼は苦笑いをし、敬礼をして足音を立てずに退室した。ザンバースもそれに応じて敬礼し、マーグソンが出て行くと、

「大帝のザンバース・ダスガーバンである。もはや帝国はその機能の大半を失った。今から十五分後に大帝府並びにその関連施設は自爆によって消滅する。それを良しとしない者達はすぐに立ち去り、敵に投降しろ。戦争は終わった」

 自爆装置に付けられた通信マイクでそれだけ言うと、マイクを放り出した。いや、手に力が入らなくなり、落としてしまったというのが本当だろう。

「レーア……。ミリア……」

 ザンバースは目を閉じ、それだけ呟くと、自爆装置のスイッチを押した。


 ザンバースの言葉は大帝府の全てのフロアに流れ、大混乱を起こしていた。多くの人間がパニックになり、我先にと大帝府を逃げ出した。

「大帝……」

 そんな中、只一人冷静だったのは、補佐官を更迭されたタイト・ライカスだった。彼はザンバースの言葉を聞き、自分が何故追放されたのか理解できた。彼は頬を伝う涙に気づいたが、拭う事はなかった。

(大帝は私を生かしてくださったのだ……)

 ライカスは大帝室に向かって敬礼し、逃亡する群衆に飲み込まれていった。


「嫌よ、嫌! パパが、パパが!」

 大帝室を出て秘密通路を進むうちにレーアが我に返り、泣き叫び始めた。しかし、メキガテルは一切取り合わず、彼女を抱きかかえるようにしてマーグソンと共に通路を進んだ。レーアは力任せにメキガテルの背中や首や後頭部を叩いたが、彼は歯を食いしばって堪え、立ち止まらずに走り続けた。マーグソンはそれを只黙って見ながら続いた。

「パパァッ!」

 レーアの叫び声が通路にこだました。


 マリリアとマルサスの話し合いがされていた時、ザンバースの言葉が通信機から聞こえ、帝国軍は混乱していた。マルサス自身、どうすればいいのかわからなくなっていたが、

「もう一度私とやり直せない?」

 涙で潤んだ目で言うマリリアの提案を受け入れる事にした。マルサスは部隊の解散を宣言した。多くの者は逃亡した。残ったのは、カミリアとドラコス・アフタルだけである。

「何が起こったんだ?」

 ナスカートがカラスムス・リリアスと共に警戒しながら近づいて来た。

「ザンバースが帝国崩壊を伝えたんだ。私達は勝ったのかも知れないよ」

 カミリアがナスカートに告げた。ナスカートはリリアスと顔を見合わせた。

「帝国の関連施設は全て自爆によって消滅するってザンバースが言っていた。だとしたらこの辺一帯が爆発に巻き込まれる」

 カミリアは半信半疑の状態でいるナスカート達に言った。ナスカートはハッとして、

「レーアとメックはどうなるんだ? 二人は大帝府に行ったんだろ?」

「二人は大丈夫だよ。とにかく、部隊を撤退させないと危険だ」

 カミリアはマルサスにも目配せした。マルサスはマリリアを見て、

「急ごう」

 マリリアはまた恋人になった男に微笑んで応じた。


 そして、帝国軍もパルチザンもなく、皆が一緒になって大帝府から離れるために行動を起こした。

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