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第七十八章 その一 止められない理由

 ザンバースは近づいて来たマーグソンを見た。

「停戦はない。軍を撤退させる事もない。まだその時ではないのだ」

 ザンバースは不意に立ち上がり、ふらついた。

「パパ!」

 レーアは目を見開いて彼を支えた。ザンバースはそっとレーアの手を押し返してしっかりと両足で立つと、

「地球帝国はその役割を終えてはいない。戦争は終結しないのだ」

 涙で濡れた目を向けているレーアを見下ろした。

「この上まだ人の命を奪うと言うのか?」

 黙って話を聞いていたメキガテル・ドラコンが机を叩いて怒鳴った。レーアはビクッとして振り返り、ザンバースはゆっくりとメキガテルを見た。マーグソンはザンバースの動きを注視しながら、メキガテルを見る。

「そうだ。帝国の役割とは殺戮と破壊。時代の地ならしなのだ」

 ザンバースはフッと笑って応じた。メキガテルは歯軋りして、

「ふざけるな! お前の帝国はもうすでに俺達がここに到達した時点で事実上終わっているんだ! お前を殺さないと止められないのであれば、俺はそうするぞ!」

 ベルトに提げている銃を右手に持った。レーアは唖然としていたが、メキガテルの言葉にハッとした。

「待って、メック!」

 彼女は机を回り込み、ザンバースとメキガテルの間に立った。

「そうじゃないのよ、やっとわかったの!」

 レーアはメキガテルにすがりついて叫んだ。メキガテルはレーアの不思議な言葉に彼女を見た。

「やっとわかった?」

「ええ、そう。やっとわかったの、父が何をしようとしているのか……」

 レーアは涙を流しながらメキガテルを見上げている。マーグソンは二人からザンバースに視線を戻した。

「お前が全て清算するという事か?」

 マーグソンは確かめるようにザンバースの顔を見た。ザンバースはレーアを見たままで、

「その通りだ。百年に渡るダスガーバン家の歴史の清算をする。そして、その遺産も全て無に帰す」

 メキガテルは銃をベルトに戻して、

「そういう事か……。部下を次々に粛正して、まだ役に立つはずのミケラコス財団を滅ぼしたのも、その清算のためか?」

 ザンバースはそれには応えず、椅子に倒れ込むように座った。再びレーアがハッとし、父に駆け寄った。

「パパ!」

 レーアはザンバースの汗塗れになった顔に両手を添え、愛おしそうに撫でた。


 エメラズ・ゲーマインハフトの部下達を従えたマルサス・アドムは、帝国軍とパルチザン隊の激戦区を目指していた。

「ねえ、貴方はどうするつもりなの?」

 カミリア・ストナーは自分達を捕虜扱いしないマルサスに好感を持っていたが、彼の行動の理由に納得がいっていなかった。彼女はホバーバギーの後部座席から助手席のマルサスに尋ねた。マルサスは振り返らないで、

「俺は帝国の人間だ。当然お前達パルチザンは敵。お前とアフタル元知事を盾にして、投降を呼びかけるつもりだ」

 カミリアは全面戦争をするつもりがないとわかり、ホッとしたが、

(ここまで来てナスカート達の邪魔をしたくはない。一体どうしたら?)

 ゲーマインハフトが処刑された今、彼女には生きる目的がなくなっていた。愛するトレッド・リステアのところに行きたいと思い始めている。自分一人が捕虜であるのなら、マルサス達を道連れに自爆もあるだろうが、隣の座席にはドラコス・アフタルがいるので、それはできない。

(この人は科学者で、軍人ではない。だから本当は戦いたくはないはず。時々辛そうな顔をするのはそのせいなのだろうか?)

 マルサスが戦いたくないのは事実であるが、彼が思い詰めた表情をするのは元恋人のマリリア・モダラーがどうしているのかわからないからだ。

「む?」

 マルサスは爆発音を聞き、周囲を見渡した。カミリアとアフタルもハッとして顔を見合わせた。

(どうすればいい?)

 カミリアは決断を迫られていた。


 ナスカートとリリアスが先頭で指揮しているパルチザン達は、圧倒的な戦力の差の帝国軍の重火器部隊の進攻にシリジリと追いつめられていた。

「畜生、敵の本拠は目の前だっていうのに、こんなところで足止めかよ」

 ナスカートはバギーの陰に身を潜めて呟いた。その隣で対戦車砲の弾を装填しているリリアスが、

「引きつけて殲滅するつもりだったのかもな。後はメック達に期待するしかない」

 メキガテルの名前が出たので、その隣に身を潜めていたマリリアはピクンとした。

(メック……)

 忘れかけていた感情が湧き上がって来る。自分は死ぬかも知れない。そう思うと、メックに一目会いたいと思ってしまった。

「総司令、後方から接近する熱源があります」

 レーダー係がナスカートに告げた。

「何だと? いつの間に背後に回り込んだんだ?」

 ナスカートは仰天してレーダーを覗き込んだ。確かに舞台の後方から接近する熱源が映っていた。

(万事休すか?)

 額に汗が流れ落ちる。彼はマリリアを見た。

「マリリア、逃げろ。君はそもそも帝国の人間だ。救助を求めれば、助かる」

 ナスカートは目の前で女性が死ぬのを見たくないのだ。彼はレーアの一番の親友であるクラリア・ケスミーが爆死するのを見てしまった。

「今更帝国に戻る事はできません。それにそんな事をしても助けてもらえないと思います」

 マリリアはナスカートを射るような目で見て応じた。

「だが、ここにいたら確実に敵の餌食だぞ。俺はもう女の子が死ぬのを見たくないんだよ」

 ナスカートはマリリアの両肩を掴んで言った。マリリアはその目が潤んでいるのを見て、ドキッとした。その時、

「後方に敵です!」

 通信士が叫んだ。ナスカート達の背後にホバーバギー数台が現れた。その後ろには大きな機械を積んだトレーラーがあった。

「遅かったか!」

 ナスカートが舌打ちした。するとマリリアは突然立ち上がり、その部隊に向かって走り出した。

「おい、マリリア、何をするつもりだ!?」

 ナスカートは仰天して叫んだ。

「マルサス、マルサスでしょ?」

 マリリアは最後の希望が残っていたと感じ、知らない事とは言え、結果的に裏切ってしまったかつての恋人にすがろうと覚悟を決めた。

「マリリア?」

 マルサスは信じられないという顔で走って来るマリリアを見ていた。

「撃つな。彼女は帝国の人間だ」

 銃を構えた兵達に怒鳴り、マルサスはバギーを降りた。

(マリリア・モダラー? マルサスとどういう関係なんだ?)

 マルサスに別の意味で希望を抱いていたカミリアは、突然現れたマリリアに眉をひそめた。

「無事だったのか、マリリア。良かった」

 マルサスは残された左目を細めてマリリアとの再会を喜んでみせた。彼はマリリアが自ら裏切ったとは思っていないので、彼女を疑ってはいないのだ。

「マルサス、貴方こそ無事で良かった」

 久しぶりに見た元の恋人はやつれて見えたが、顔色はよく、健康そうだった。二人は長いインターバルなどなかったかのように抱き合った。

「うわ、誰なんだよ、あいつは?」

 それを後ろで見ていたナスカートは不満そうに腕組みした。

(こいつ、本当に節操がない)

 ナスカートを横目で見ているタイタス・ガットは軽蔑の眼差しだ。

「あれ、バギーの後部座席にいるのは、カミリアじゃないのか?」

 リリアスが気づいてナスカートに告げた。ナスカートはハッとして、

「ああ、そうだ、カミリアだ!」

 また嬉しそうになる。

「どうしようもない奴」

 タイタスは完全に呆れてしまった。

「まあまあ……」

 数日ぶりにタイタスと再会したイスター・レンドはムッとした表情の親友をなだめた。


 椅子の沈み込んだまま、荒く息をしていたザンバースだったが、

「太平洋沿岸に潜水艦部隊を発見しました」

 インターフォンから報告が入ると、

「すぐにキラーサテライトで殲滅しろ」

 目を瞑ったままで手を伸ばし、ボタンを押して命じた。

「キラーサテライト?」

 レーアとメキガテルは顔を見合わせた。

「ゲーマインハフトの残党を撃つつもりだ」

 マーグソンがザンバースの代わりに答えた。

「もう一息だ」

 ザンバースはそう呟くと、再び椅子に身を沈めた。

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