第七十七章 その三 最後の戦い
南米基地で監視衛星を操作していたザラリンド・カメリスは、帝国軍の衛星兵器「キラーサテライト」が発射されるのを予測し、標的とされていたケスミー邸とその周辺に避難勧告を出していた。彼の予測は的中し、レーザーの矢がケスミー邸に突き刺さった。その地下には海底超特急のアトランティックエクスプレスで乗りつけていたエメラズ・ゲーマインハフトの部下達がいた。彼らは何が起こったのか理解する間もなく、焼き尽くされてしまった。
「カメリスさんの言った通りでしたね」
沈痛な面持ちで、アーミー・キャロルドが呟いた。カメリスは彼女の顔を見て、
「そうだね。当たって欲しくはなかったが、アトランティックエクスプレスが動き出した時から、こうなる事はわかっていたよ」
ステファミー・ラードキンスは腕組みをしたままで、
「そこから数百メートル手前にある帝国軍の資材置き場では、一悶着あったみたいですし、何がどうなっているのか……」
彼女もアーミーも、親友であるレーア・ダスガーバンがその近くにいるのを知っているので、レーアの身を案じていた。
「それより、今までバラバラに動いていた帝国軍本隊の陸上部隊が集まり始めている。大帝府に迫るパルチザン隊を掃討する作戦が始まるようだよ」
カメリスは監視衛星からの映像を切り替えながら告げた。スクリーンには、土煙を上げて移動するトレーラーや戦車、装甲車が映っていた。
(イスターとタイタスも無事かしら?)
ステファミーは必ず生きて帰ると約束したイスター・レンドとその親友のタイタス・ガットの事を思い出した。
地球帝国大帝であるザンバース・ダスガーバンがいる大帝府(元の連邦ビル)へと進軍しているナスカート・ラシッド率いる部隊は、パルチザン隊の総隊長であるメキガテル・ドラコンの友人であるカラスムス・リリアスが率いる部隊と合流し、次第に包囲を固めている帝国軍との距離を詰めていた。
「やっぱり、そう簡単には行かせるつもりはないようだな?」
ナスカートはレーダーに映る無数の点を見ながら呟いた。そして、
「さっき、また衛星兵器が撃たれたみたいだが、どこが狙われたんだ? 方角的には、レーア達でもなさそうだが?」
解析をしているレーダー係を見た。レーダー係は、顔を上げて、
「わかりました、ケスミー邸です」
ナスカートは眉を吊り上げて、
「ケスミー邸? もしかして、アトランティックエクスプレスを狙ったのか?」
「そこまではわかりませんが、場所は間違いありません」
ナスカートは隣を並走しているホバーバギーのリリアスを見た。
「そっちはどうだ?」
リリアスの乗るバギーでは、通信士が奇妙な電波の波形をキャッチし、調べていた。
「まだわからないよ。ここからは距離があるから、レーアさん達と関係があるのかも知れない」
リリアスがナスカートを見て応じた。するとナスカートの隣で考え込んでいたマリリア・モダラーが不意に顔を上げて、
「もしかすると……」
「もしかすると……?」
ナスカートとリリアスが異口同音に尋ねる。マリリアは二人を交互に見て、
「帝国人民課が開発した電波装置かも知れません」
「電波装置?」
またしてもナスカートとリリアスは声を揃えて言った。
リトアム・マーグソンを先頭に地下道を走っているレーアとメキガテルは、終点の階段が見えて来たのに気づいた。
「おっと!」
不意に立ち止まったマーグソンにぶつかりそうになったメキガテルがレーアを抱き留めた。
「どうしたんですか、マーグソンさん?」
レーアが声をかけた。するとマーグソンは天井を見上げて、
「帝国軍が本格的に展開しているようです。ビルに向かっているパルチザン達と戦うのでしょう」
レーアは目を見開いてメキガテルを見上げた。メキガテルは頷いて、
「急ぎましょう。アイデアルが焦土と化す前に戦争を終わりにしないと」
マーグソンに視線を移した。マーグソンも頷き、
「もう一息です、レーアさん。ザンバースに声が届くのは、貴女しかいません」
「はい」
マーグソンの重みのある声にレーアは鼓動を高鳴らせて応じた。三人は再び地下道を走り、地上へと続く階段を駆け上がった。
(ナスカート、マリリアさん、リリアスさん、みんな、無事でいて……)
レーアは地上部隊の事を案じながら走った。
ゲーマインハフトを「処刑」したマルサス・アドムは、その場でゲーマインハフトの部下達を投降させ、大帝府へと進む準備をさせていた。
「貴方は何をしようとしているの?」
味方であるはずのゲーマインハフトを殺したマルサスの行動が理解できないカミリア・ストナーは鋭い目つきで彼を睨んで尋ねた。ドラコス・アフタルはそれ以上にカミリアが正気だった事に驚いていた。
「俺は大帝の勅命で動いているだけだ。もうそれしか俺の生きる道は残されていないからな」
マルサスの口調が自嘲気味だったので、カミリアは不審に思った。
(この人は一体?)
そしてまたカミリアは、自分の手で殺そうと誓ったゲーマインハフトをマルサスに殺されたのも気に食わなかった。だが、マルサスの不審な行動の理由がわからないので、しばらく同行する事にした。マルサスはカミリアとアフタルに監視はつけたが、敵の捕虜の扱いはしていない。むしろ賓客のような対応をさせていた。
(こいつらは敵でも幹部クラスだ。マリリアの事を何か知っているかも知れない)
マルサスは未だにかつて恋人だったマリリアの事が気になっていた。
大帝府の大帝室でザンバースは椅子に沈み込むようにして座り、インターフォンで遂に始まった市街戦の報告を受けていた。
「一人も反乱軍を大帝府に近づけるな。死守せよ」
彼は大量の汗を滲ませた顔を苦痛で歪めながら、命じた。戦局は帝国軍に有利だった。ケスミー邸を一瞬で焼き尽くしたキラーサテライトの効果があり、ナスカート達の動きが鈍ったのだ。そしてまた、一度は姿をくらませていた陸上部隊が集結したせいで、パルチザン隊に動揺が走っていた。
「アイデアル西部から近づく反乱軍もほぼ掃討が終了しました。我が軍の勝利は目前であります」
インターフォンから士官の弾んだ声が聞こえた。ザンバースは目を閉じて、
「作戦終了まで気を緩めるな」
そう命じると、また椅子に沈み込んだ。その時、彼は数人の人の気配を感じ、目を開いて半身を起こした。
「パパ……」
そこには目に涙を溜めているレーアとそれを支えているメキガテル、そして二人を庇うようにその前に立つマーグソンの姿があった。
「そうか、あの通路を使ったのか……」
ザンバースは苦笑いをして椅子にもたれた。レーアはメキガテルの手を振り払い、ザンバースに駆け寄った。マーグソンは一瞬ハッとしたが、彼女を引き止める事はなかった。
「パパ!」
レーアは涙を零しながら、ザンバースのそばに行き、その右手をそっと取ると包み込むようにして握った。
「パパ、顔色が悪いわ。もうこんな戦いはやめて、手術を受けて」
レーアはザンバースに顔を近づけて言った。しかしザンバースは目を細めて、
「私は大丈夫だ。そしてまだ戦いは終える時ではない」
そう言うと、視線を移動する。
「貴方と話をした時、聞き流してしまっていたが、メキガテル・ドラコンは生きていたのだな?」
ザンバースはマーグソンを見上げた。マーグソンはチラッとメキガテルを見てから、
「言っただろう? お前は二つ間違っているとな」
メキガテルは二人の会話が理解できなかったので、唖然として聞いていた。
「そして、もう一つの間違いは、この子達は道を間違えてはいないという事だ。レーアさんの言う通り、もはや戦う事に意味はない。直ちに停戦を命令し、軍を撤退させるんだ」
マーグソンもザンバースに近づき、まるで悪戯をした子供を諭すように言った。