第七十七章 その二 消えゆく野心家
リトアム・マーグソンは傷の痛みを隠しているザンバースを見て目を細め、
「ならば、私はレーアさんをここに連れて来よう。それまで死ぬなよ」
マーグソンはザンバースに背中を向けると大帝室を出て行った。ザンバースはフッと笑い、
「要らぬ世話だ」
そう呟くと、目を閉じて椅子に身を沈めた。
「マルサス・アドムより通信が入っております」
インターフォンから声が聞こえた。ザンバースは目を閉じたままでボタンを探って押し、
「繋げ」
まもなくして、マルサスの声が話し始めた。
「ゲーマインハフト軍の艦隊を掌握しました。これより大陸東岸を目指します」
「わかった。指示した通り進め。お前の発明品の威力を存分に発揮させろ」
「は!」
ザンバースはそこまで言うとインターフォンを切った。
(全て残さない。全て終わりにする。でなければ、私がした事は意味がなくなってしまう)
ザンバースは再び椅子に身を沈めた。
レーアとメキガテルは、ザンバース邸を後にして大帝府に向かうべく地下道に戻ろうとしていた。
「お嬢様、どちらに行かれるのですか?」
二人が玄関と違う方向に歩き出したので、マーガレットは驚いて声をかけた。するとレーアが振り返り、
「表は歩けないのよ。軍が封鎖しているから。地下に出て進むしかないの」
その言葉にマーガレットは驚いてしまった。しかし、それ以上に驚く事が起こった。
「レーアさん、メキガテル君、そちらももう無理です。地下道は軍が制圧している。こちらから行くしかない」
廊下の向こうから現れたのは、マーグソンだった。
「マーグソンさん!」
レーアとメキガテルが異口同音に叫んだ。マーグソンは微笑んで、
「レーアさん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
そして、メキガテルを見て、
「ザンバースは緊急時のためにビルとこの邸を繋ぐ特別な通路を造っていた。この奥にそれがある」
「そうなんですか」
メキガテルは何もかも知り尽くしているマーグソンに仰天していた。マーグソンは更にマーガレットに目を向け、
「では、マーガレットさん、行って参ります」
そう告げると、レーアとメキガテルを伴い、廊下を足早に歩いていく。
「マーグソンさん、父の容態はどうなのですか?」
レーアは歩きながらマーグソンに尋ねた。マーグソンは廊下の角を曲がりながら、
「傷の状態がわからないので何とも言えませんが、顔色が悪かったので、重傷なのは確かです。ですから、こうして近道を使って来たのです」
レーアはザンバースが瀕死の状態だと感じ、また震えてしまった。メキガテルが彼女の肩を抱き、しっかりと支えた。
「この通路は私とエスタルト、そしてザンバースしか知りません」
マーグソンは廊下の突き当たりの壁を叩いて動かした。その向こうにある短い階段の先に長く続く地下道が見えた。
「急ぎましょう」
マーグソンは足下がすっかり見えるくらい明るい地下道を走り出した。彼が本気で走るとレーアはもちろん、メキガテルですら追いつけないので、ゆっくりとではあったが。メキガテルはレーアを支えたままで駆け出した。
(パパ……)
レーアは泣くのを必死で堪え、メキガテルにすがりつくようにして走った。
マルサスが指揮する艦隊はナスカートが指揮していた艦隊ともレーア達が乗り組んでいた艦隊とも別の軍港に到着していた。当然の事ながら、パルチザン達はいないので、すんなり上陸できた。
「よし、半分はここに残れ。半分は私と来い。お前達もだ」
マルサスは帝国人民課担当官である。パルチザンの幹部クラスの顔は全員知っていたので、カミリア・ストナーにも気づいていた。無論、最初に帝国に反旗を翻した元西アジア州知事のドラコス・アフタルも既知である。
(大帝はここから大帝府に向かって進み、その途中の軍の資材置き場で行動を起こせと指示されている。どういう事なのだ?)
マルサスはザンバースに作戦の全貌を教えてもらっていない。何故そこで作戦開始なのかは知らないのだ。
(ゲーマインハフトはケスミー邸の地下までアトランティックエクスプレスで乗りつけるはずだ。何故そこで待つのではないのだ?)
マルサスは疑問に思ったが、
「そうか」
そう呟き、揺れるホバーバギーの助手席から空を見上げた。
(あれでそこを狙うのか。そして、俺達が行動を起こすのは、ゲーマインハフトの更に裏をかく事になるのか)
そこまで思い当たり、マルサスはザンバースの読みの深さに驚愕した。
(やはり、帝国打倒など思い上がった事だったのだ)
そう結論づけた時、またある女の事を思い出した。
(マリリア、今どこにいるんだ?)
マルサスはかつての恋人マリリア・モダラーが同じアイデアルにいるとは思っていなかった。
ナスカートとメキガテルの旧友のカラスムス・リリアスの陸上部隊は合流し、アイデアルへと進攻していた。敵兵の姿はほとんどなく、彼らは大帝府、元の連邦ビルが肉眼で見える位置に来ていた。
「メック達、うまくやったかな?」
ナスカートが呟くと、
「心配要らないって、ナスカート。メックはうまくやるさ」
リリアスが応じた。ナスカートは肩を竦めて、
「確かにな」
タイタスは項垂れたままだ。ナスカートはそれに気づき、
「レーアはメックとどんな感じなんだ、カラス?」
意図的にタイタスに聞こえるように言った。リリアスはタイタスを気遣って、
「婚約したって話だ」
小声で返した。その答えにはむしろ、ナスカートが驚いた。
(そんなに進んでるのか、二人は……)
タイタス以上に項垂れるナスカートである。マリリアは、
(レーアは皆に好かれているのね)
目を細めてナスカート達を見ていた。
ゲーマインハフト達はアトランティックエクスプレスを途中下車して、地下通路を徒歩で進んでいた。
「この先に階段があるはずだ。そこから一気に地上に出るよ」
ゲーマインハフトは勝利を確信してニヤリとした。
(ザンバースの唖然とする顔が目に浮かぶよ)
彼は先頭に立って発見した階段を駆け上がった。
(この階段は我が帝国への階段だ)
ゲーマインハフトは次第に近づく地上の光を見て歩を早めた。
(そろそろ超特急が終点に着く頃だね)
彼は腕時計を見た。階段が終わり、ゲーマインハフトは軍の資材置き場の倉庫内にある制御室に出た。
「司令官、あれを!」
部下の一人が倉庫の窓から見える外を指差して叫んだ。ゲーマインハフトがそちらを見ると、まさに衛星兵器「キラーサテライト」のレーザーが地上に伸びている瞬間だった。
「何て事だ、あれはケスミー邸辺りではないか?」
何も知らなかったかのように言ってのけた。部下達は何が起こったのかわからず、動揺していた。
「科学局が裏切ったのかも知れない。急ぐぞ」
彼は混乱する部下達を叱咤して倉庫を出た。それを待ち受けていたのは、マルサス達だった。
「マルサス・アドム?」
いくら切れ者のゲーマインハフトでも、何故そこにマルサスがいるのかはわからず、
「何のつもりだ、アドム?」
怪訝そうな顔で尋ねた。するとマルサスは眉一つ動かさず、
「エメラズ・ゲーマインハフト、反逆罪で処刑する」
「何!?」
ゲーマインハフトはその言葉で全てを悟った。
(まさか、ザンバースはこの地下通路を知っていたのか!? だからアドムを使って!)
マルサスが指示して動かしたのは兵器ではなかった。かつて西部地方区にあったグランドキャニオン基地を奪取する時に使用された脳波撹乱の電波発生装置だった。しかし、ゲーマインハフトはそれを知らない。
「何だ、あれは?」
自分に向けられた見た事もない新兵器に目を見開いた。次の瞬間、強力な電波が放出され、ゲーマインハフトの部下達に当てられた。マルサスは装置を改良し、ピンポイントで標的を狙えるようにしたのだ。
「な、何だ?」
ゲーマインハフトは何かが発射されると思って伏せたのだが、何も発射されないので戸惑っていた。そして次の瞬間、彼は部下達にのしかかられた。
「な、何のつもりだ、貴様ら!?」
部下の裏切りに遭ったと思ったゲーマインハフトはもがいて逃れようとした。
「汚い貴様には似合いの最期だな、ゲーマインハフト。裏切りと謀略で騙して殺してきた者達の怨念だ。苦しんで死ね」
マルサスはアイデアルに来る途中で、ゲーマインハフトの元部下達にカミリアへの陵辱やその他限りない暴挙を聞いていたのだ。だから自然にそんな言葉が口をついて出て来た。
「おのれ!」
それがゲーマインハフトの最後の言葉だった。彼は部下達に殴られ、踏みつけられ、撃たれて絶命した。マルサスはそれを見届けると、電波の放射を止めた。
「作戦完了だ」
何が起こったのかわからず、足下で息絶えているゲーマインハフトを見て、部下達が混乱するのを見ながら、マルサスは冷静に呟いた。