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第七十七章 その一 野心家と謀略家

 レーアは父ザンバースがミッテルムラードに撃たれたと聞いた後、世話係のマーガレット・アガシムとメキガテル・ドラコンの会話を聞いていられなかった。たもとを分かったはずの父。しかし、レーアにとってザンバースはどんな関係になろうとも父であった。

(パパ……)

 レーアは流れ落ちる涙を止める事ができず、只泣いていた。

「レーア、ここに残るか?」

 メキガテルがレーアの視線に顔を下げて尋ねた。レーアは目の焦点が合わないまま、メキガテルを見た。

「え?」

 彼女にはメキガテルの問いかけが理解できていない。メキガテルはレーアのショックを感じ取り、彼女を邸に残す事を決断した。

「アガシムさん、レーアを頼みます。大帝府に行くのは無理のようですから」

 メキガテルは悲しそうにレーアを看ているマーガレットを見て言った。

「そうですね。お嬢様はもう充分行動されたと思います」

 マーガレットは目に涙を浮かべてメキガテルを見上げた、メキガテルは頷いて、

「ええ。もうここから先は俺とマーグソンさんに任せてください」

「旦那様をよろしくお願い致します」

 マーガレットはメキガテルの手を取り、懇願した。彼女はメキガテルがザンバースを殺すと思っていた。メキガテルもそのつもりだった。ザンバースを倒さない限り、この戦いは終わらないと思っていた。しかし、ザンバースが瀕死の重傷を負っている事を知り、事情は変わったと思っていた。

(ザンバースは帝国を存続させるつもりはない。ならば……)

 ザンバースを殺す必要はない。彼を大帝府から連れ出し、帝国の崩壊を宣言し、後は残党の投降を呼びかければいい。

(待てよ……)

 メキガテルは一人気になる人物を思い出した。

(エメラズ・ゲーマインハフトがアイデアルに向かっている。もしかして、ザンバースは……)

 メキガテルはザンバースの狙いに気づいた気がした。彼はマーガレットに微笑み、

「心配しないでください、アガシムさん。俺にもそんなつもりはありませんから」

 そう言ってマーガレットの手を握り返し、放した。そしてレーアに視線を戻し、

「レーア、待っていてくれ。戦いを終わらせてくる」

 そう言ってその場を立ち去ろうとした時だった。メキガテルは何かに服が引っかかった気がした。

「レーア?」 

 ふと見ると、彼の服の袖をレーアがギュッと握りしめていたのだ。

「何で一人で行こうとしているのよ。私も行くわ、メック」

 レーアは真っ赤に充血した目を向けて、微笑んだ。


 ザンバースは、地下道でレーアとメキガテルを追跡していた部隊が二人を見失った報告を受けていた。

「レーアさんとメキガテル君はここに向かっている。二人を始末するつもりか?」

 机の向こうでそれを聞いていたリトアム・マーグソンが訊いた。するとザンバースはフッと笑ってマーグソンを見上げ、

「ゲーマインハフトの犬が帝国軍本隊に紛れ込んでいるのがわかった。奴にこちらの真意を知られたくない」

 マーグソンは眉を吊り上げ、

「スパイを送り込むのはお前の得意な作戦だったはずだが、そのお株を奪われたか?」

「そうかも知れないな。だが、それももうすぐ終わる」

 ザンバースは目を閉じ、椅子に身を沈めた。マーグソンは目を細めて、

「なるほど。獅子身中の虫を始末するのか?」

「いや。それだけではない。私に賛同して帝国建国に加担した者全てだ」

 ザンバースの意外な応答にマーグソンは目を見開いた。

(この男の狙いは一体……?)

 かつての救国の英雄にすら、ザンバースの真意は理解できなかった。


 その獅子身中の虫であるゲーマインハフトは、部隊を二手に分け、一隊は終点であるケスミー邸地下まで行かせ、一隊はその手前で途中下車させ、線路伝いに別の出口から大帝府に向かうように指示した。

(ザンバースは間違いなく衛星兵器でケスミー邸を狙っている。そこにのこのこと行くほど私は間抜けじゃないんでね)

 彼は何故部隊を二つに分けるのか部下には知らせず、自分は線路伝いに進行する隊に加わった。

(一旦死んだフリをすれば、私はノーマークになる。今日こそ、我が帝国の建国の日となるのだ)

 ゲーマインハフトはニヤリとした。その時、アトランティックエクスプレスの車両が停止した。ゲーマインハフトの部隊が下車する地点に到着したのだ。

「よし、第一部隊、降車しろ。第二部隊はケスミー邸まで乗車の後、大帝府に向かうのだ」

 ゲーマインハフトは死にに行く部下達に何の哀れみも感じる事なく、そう命じた。そして自分は車両を降り、走り去るそれに敬礼してみせた。

(我が帝国建国のいしずえとなれ)

 彼はまたニヤリとした。


 アトランティックエクスプレスの動きは、南米基地でも把握していた。

「何とかならないんですか、カメリスさん?」

 ケスミー財団のザラリンド・カメリスにアーミー・キャロルドが言った。しかしカメリスは首を横に振り、

「どうにもならない。制御装置を切られて、今は手動で動いている。こちらから止めたりする事はできないんだ」

 カメリスの言葉にアーミーは悲しそうにステファミーを見た。ステファミーは、

「それにしても、何をするつもりなのかしら?」

 それはそこにいる者達全員の思いだった。

(レーア、無事でいて……)

 アーミーとステファミーは長年の友人であるレーアの事を案じた。するとカメリスが、

「それよりも大きな問題があります。衛星兵器がまた稼働し始めました」

 その言葉に二人はギョッとしてカメリスを見た。

「その上、太平洋を潜航中の潜水艦らしき反応も捉えています。これが東アジアから出航しているのはわかっていますから、ゲーマインハフトの指示だという事は確かですね」

 カメリスには一つ疑問があった。

(衛星兵器は何故撃たれなくなったんだ? 再稼働し始めたのは一時間ほど前だ。ナスカートさんやレーアさん達の艦隊なら狙い撃ちできるはずなのに……)

 彼にもザンバースの真意は計りかねた。


 そして、カミリア・ストナーとドラコス・アフタルを乗せた艦隊は、帝国人民課担当官のマルサス・アドムが乗る護衛艦に接舷されていた。

「大帝の勅命という事ですが、それは確かなのでしょうね?」

 艦長がブリッジに入って来たマルサスに尋ねた。マルサスは艦長を睨みつけて、

「当たり前だ。そんな嘘を吐くものか。信用しないのであれば、証拠を見せてやろう」

 そう言って、ザンバースの直筆のサインが入った命令書を見せた。それは彼が護衛艦で出航する時にザンバースから受け取った命令書である。半分はハッタリだが、艦長は最後に記されたザンバースのサインとダスガーバン家の紋章が入った蝋封ろうふうが着いた封書を見せられ、すっかり信用してしまった。

「申し訳ありません、アドム担当官。大帝の勅命をどうぞ」

 艦長は敬礼して言った。マルサスは頷き、

「これより、この艦隊は帝国軍本隊直轄となり、私が総司令となる」

 艦長は一瞬目を見開いたが、

「了解であります!」

 もう一度敬礼して応じた。マルサスはニヤリとして、

「ではこれよりこの艦隊は、大帝府防衛の任に着くため、大陸東岸に接岸し、上陸作戦を展開する」

と命じた。

(一体これはどういう事だ?)

 横で聞いていたカミリアは予想外の展開に眉をひそめそうになった。

「何が起ころうとしているんだ?」

 それはアフタルも同じで、彼は眉間に皺を寄せ、マルサスと艦長のやり取りを見ていた。

(勝利を確信しているゲーマインハフトに一泡吹かせられると思うと、楽しみだな)

 マルサスは事が予想以上にうまく運んでいるので、怖いくらいだったが、それは考えない事にした。

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