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第七十六章 その三 絡み合う謀略

 メキガテルに続き、レーアも階段を昇った。二年前、ザンバース邸の執事だったケラル・ドックストンが階段の下の物置から出て行くのを不審に思って中に入るとこの階段を発見し、自分の家の地下にディバート・アルター達共和主義者のアジトがあり、ケラルこそがその首領だと知った日。

(ケラル……)

 今は亡きケラルを思い、涙する。彼こそがレーアの母ミリアが本当に愛した男性だったのを知っているので。

「レーア?」

 メキガテルが歩みを止めてしまったレーアを見下ろして心配そうな顔を向けていた。レーアはそれに気づいて微笑み、

「ごめん、ちょっと思い出してた、ケラルの事」

「ああ、そうか」

 メキガテルがケラルの事をどこまで知っているのかはわからないが、何も知らないという事はない。レーアはメキガテルが再び階段を昇り始めたのを見て、察してくれたのだと思う事にした。階段を昇り切ると、以前と同じように箱の中が出入り口になっていた。

「さ、レーア」

 メキガテルはレーアの手を取って箱から出るのを手伝い、物置の扉を指し示す。

「君の家だ。君が先に行ってくれ」

 メキガテルは微笑んで言った。レーアは黙ったままで頷き、扉に手をかけて押し開いた。その向こうから光が射し込み、物置の中を浮遊する小さな埃の動きがはっきりと見えた。レーアは半分までゆっくりと開いた後、一気に扉を動かした。

「お嬢……様?」

 押し開いた扉を出た廊下の向こうに懐かしい婆やの顔があった。

「婆や?」

 お互いの会話が疑問形で始まった。しかし、目が慣れ、そこにいるのが間違いなく自分の世話係であるマーガレット・アガシムであるとわかると、レーアは涙を零しながら駆け出した。マーガレットも、物置から辺りを窺うように出て来た少女が紛れもなくレーアだとわかり、止めようもない涙で彼女の輪郭が歪んでしまったが、

「お嬢様!」

 あらん限りの声で叫び、両手を広げてレーアを迎えた。

「婆や!」

 レーアはマーガレットに飛びついた。その衝撃でマーガレットは危うく倒れかけたが、

「レーア、危ないぞ」

 レーアより素早く動いたメキガテルの寄って支えられ、事無きを得た。マーガレットは突然現れたメキガテルにびっくりし、助け起こされる間中、彼の顔を凝視してしまった。

「婆や、こちら、私達の組織のリーダーで、メキガテル・ドラコン。私のフィアンセなの」

 レーアは最後の言葉はどうしようかと思ったが、マーガレットに黙っている事はできないと思い、言った。

「まあ、フィアンセ?」

 マーガレットはもう一度マジマジとメキガテルを見つめた。メキガテルも、まさか「フィアンセ」と紹介されるとは思っていなかったので、

「ど、どうも、初めまして。メキガテル・ドラコンです」

 少々顔を引きつらせて応じた。マーガレットはハッと我に返り、

「私、この邸でレーアお嬢様の世話係をさせていただいておりました、マーガレット・アガシムです」

 レーアは、婆やのフルネームを生まれて初めて聞いた気がした。

(そっか、婆やって、アガシムっていう名字なんだ)

 すると何故かマーガレットがうずくまって泣き出した。メキガテルとレーアは思わず顔を見合わせた。

「どうしたの、婆や?」

 レーアがマーガレットの右肩に手を置いて尋ねると、

「何という運命の皮肉なのでしょう。ようやくお嬢様がお邸にお帰りだというのに……」

「それ、どういう意味、婆や?」

 レーアは胸騒ぎがした。嫌な話の予感がしたのである。マーガレットは嗚咽を抑えながら立ち上がり、

「旦那様が銃で撃たれて、大怪我をなさったのです」

「ええ!?」

 想像以上の嫌な話にレーアは大声を出してしまった。メキガテルも驚いて目を見開いた。

(大帝府の中で何が起こっているんだ? リトアム・マーグソンさんはそれを知っているのか?)

 メキガテルはアイデアルの郊外でマーグソンと会った時、そんな話はされなかった。

(だからザンバースに会いに行ったのか?)

 合点がいった。マーガレットは涙を拭いながら、

「ミッテルム・ラードという男が旦那様を撃ったそうです。マーグソン様から聞きましたので、間違いないと思います」

「ミッテルム・ラード?」

 レーアとメキガテルが異口同音に言った。

(パパ……)

 レーアは震え出してしまった。ザンバースが撃たれたと聞き、何も考えられなくなった。

「お嬢様!」

 マーガレットはレーアの異変に気づき、震える彼女を抱きしめた。

「マーグソン様が、旦那様と話をするとおっしゃって、またビルに行かれました。もう到着なさっているはずです」

 震えているだけで無反応のレーアを見て、メキガテルは、

(ここから先は、俺だけで行くか?)

 そう思いかけた。


 大西洋の海底を走る超特急アトランティックエクスプレス。すでにその車両は、北米大陸まであと僅かまで来ていた。

「総員、戦闘準備。我らの未来はこの一戦に懸かっている」

 エメラズ・ゲーマインハフトは座席に座ったままで手に持った通信マイクに命じた。

(ザンバースめ、追っ手を差し向けて来ないという事は、気がついていないか、何かを企んでいるか……)

 そう思いかけ、

(気がついていないはずがないね。これは当初の計画通り、二手に分かれようか)

 ゲーマインハフトは、自分達が艦隊を囮にしてアトランティックエクスプレスで移動しているのをザンバースに察知されていると予想していた。

(こいつがどこに着くのかも知っているんだろうね、大帝は……)

 ゲーマインハフトはニヤリとして暗い海底を見た。

(すでに布石は打ってある。太平洋を進航している潜水艦も、そろそろ西部地方区に着く頃だろう。あんたは挟み打ちにされるんだよ、ザンバース)

 ゲーマインハフトの謀略は、帝国発足当時から進行していた。彼は最初からザンバースを裏切るつもりだったのだ。

「後はタイミングだね」

 彼は通路に並んで命令を待っている部下達を見上げて呟いた。


 ゲーマインハフトの計略で大西洋を進んでいるわずか十隻の艦隊には、カミリア・ストナーとドラコス・アフタルが人質として乗り組んでいる。二人は、アイデアルがパルチザンの手に落ちていた場合の交渉用の人質なのだ。

(このまま進むと、南米基地から進軍して来ている艦隊とどこかで鉢合わせするのではないか?)

 呆けたフリを続けながら、カミリアは展開を考えていた。

(その時、私達を人間の盾として使い、上陸を強行するつもりなのだろう)

 彼女はどうやったらこの状況を打破できるのか、思案した。

「人民課のマルサス・アドム担当官の護衛艦が接近して来ます」

 通信士が艦長に告げた。艦長は通信士を見て、

「用件を聞け。内容によっては無視して、突っ切る」

「はい」

 通信士は慌てて機器を操作した。

(マルサス・アドム? 帝国の高官だった男だな?) 

 カミリアはその名を聞いた事があったが、今のマルサスの立場までは知らなかった。


 大帝府の大帝室で、ザンバースは椅子に沈み込んで目を閉じていた。

(ゲーマインハフトの動きは想定内だ。そして、アドムも指示通りに行動してくれている。気にかかるのは……)

 そこまで思索して、人の気配で目を開いた。

「また貴方か」

 ザンバースはソファの向こうに立っているマーグソンを見て呟いた。マーグソンは目を細めて、

「想像以上の重傷だな、ザンバース。死ぬつもりか?」

「帝国を立ち上げた時から長生きするつもりはない」

 ザンバースは天井を見上げた。マーグソンはゆっくりとザンバースに近づきながら、

「レーアさんに会えないかも知れんぞ」

「レーアは来る。いや、来るまで私は死なない」

 ザンバースはマーグソンを見て言った。声は弱々しかったが、その目は力強くマーグソンを睨んでいた。

「そうか。そこまでの覚悟があるのならば、停戦しろと言っても聞くつもりはないか」

 マーグソンはザンバースの前に立った。ザンバースはマーグソンを見上げて、

「停戦などできない。すでにあらゆる事が始まってしまっている。私にはそのどれも止める事ができない」

「どういう事だ?」

 マーグソンはその言葉に眉をひそめた。しかし、ザンバースはそれには応えず、再び椅子に身を沈めて目を閉じた。

「時を置かずにわかる事だ。私が何をしたいのか」

 マーグソンはザンバースの謎めいた言葉を聞き、

(一体何を考えているのだ、ザンバース?)

 訊いたところで答えないのはわかっているので、マーグソンは声に出さなかった。

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