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第七十五章 その二 思惑の交錯

 帝国最大の兵器であるキラーサテライトが北米大陸の各地に攻撃を仕掛け、パルチザン達だけではなく帝国軍の兵士をも震え上がらせた悪夢のような夜が明けようとしていた。大西洋は昇る朝日でキラキラと輝き、破壊された戦車やトレーラーの残骸もオレンジ色に染まり始めていた。レーア達の駆るホバーバギー部隊は全員無言でアイデアルへと続く幹線道路を進んでいた。その通りは、決して寂れた道路ではなく、普段ならたくさんの車が行き来しているメインストリートなのだが、今はレーア達以外走っている車は一台もない。そればかりか、人の姿がないのだ。時折犬の鳴き声や小鳥のさえずりが聞こえたりするが、人の気配は全く感じられなくなっていた。

(衛星兵器のせいで、誰も表に出て来なくなったのかしら?)

 レーアは静まり返った街を見渡しながら考えた。それは半分当たっていたかも知れない。キラーサテライトの攻撃で住民の多くは逃げ出し、地下壕へと避難を始めていた。それは約三十年前、旧帝国軍とエスタルト・ダスガーバン率いる革命軍が戦った時に掘られたものである。そして、もう一つの理由は、帝国軍にあった。司令長官であるタイト・ライカスが、レーア達が進軍して来る道路付近の住民を強制退去させていたのだ。ライカスの狙いは二つあった。一つは「反乱軍が生活を脅かす騒乱を引き起こしている」と思わせる事。そしてもう一つは、レーアと住民が接触するのを避けるためである。レーアの人気は未だに健在だ。だからこそ、彼女と話をする機会を住民に与えてはならないと判断したのだ。それがザンバースに休職を言い渡されたライカスがした最後の仕事だった。

(どちらにしても、無用な犠牲が出ない状況になって良かった)

 レーアは帝国軍の策略とも知らず、ホッとしていた。


 レーア達より部隊が大きいナスカート隊はいくつかに分かれて進行していた。今は衛星兵器の攻撃がやんだ状態だが、いつまた始まるかわからないからだ。

(まるで俺達の部隊に当たらないように撃っていたような気もするが……)

 ナスカートは「レーア効果」が出ていると思っていた。だが、ザンバースの近くで長年働いてきたマリリアは違う事を考えていた。

(大帝は衛星兵器では殺すつもりはないのかも知れない。もっと別の事を考えているはず)

 彼女は死を恐れてはいないが、これから何が起こるのか読めず、震えそうになった。

「さてと。マリリア、アイデアルへの特別なルートを教えてくれ。俺はレーアより早く着いて、彼女の親父さんと話がしたいんだ」

 ナスカートは俯き加減に座っているマリリアに声をかけた。マリリアはハッとして顔を上げ、

「レーアより早く?」

「ああ。レーアにはザンバースを殺す事はできない。この戦争は奴を倒さない事には終わる事はない。だから先に辿り着いて、俺が始末をつける。メックが生きてたら、きっとそうしているはずだから」

 ナスカートは前を向いて言った。マリリアはメキガテル・ドラコンの名を出されてドキッとした。

(レーアに影響された訳じゃないけど、メックは生きているような気がする。もちろん、そう信じたいだけかも知れないのはわかってる……)

「それにレーアに親父さんを殺すのを見られたくないしな。一生恨まれそうだからさ」

 ナスカートは無理に戯けてみせたが、マリリアにはナスカートの苦渋の決断がわかり、笑う事ができなかった。

(貴方にレーアの父親であるザンバースを殺す事ができるの、ナスカート?)

 マリリアは心の中でそう思ったが、口に出す事はなかった。

「どうした、マリリア?」

 ナスカートが怪訝そうに彼女の顔を覗き込む。マリリアは苦笑いをして、

「いえ、別に。3Dの地図はありますか? それの方が説明しやすいのですが?」

「ああ。あるよ。用意させよう」

 ナスカートはそう応じて、後方に付けているホバーバギーを見た。


 その頃、太陽が頭の上まで来ている海上を艦隊が進んでいた。カミリア・ライトとドラコス・アフタルが乗せられたヨーロッパ帝国軍の艦船の一団だ。わずか十隻であるが、それを指示したゲーマインハフトは、

「多過ぎるくらいだ」

 最後までもっと減らすか迷っていたのだ。カミリアとアフタルはゲーマインハフトの部下に銃を突きつけられての強制的な「出陣」だった。しかも、互いの命を人質にされていた。

(ゲーマインハフトはやはりザンバースを殺すつもりだ。レーア達にそれを知らせたいが、どうする事もできない)

 カミリアは周囲を目だけで見渡しながら思った。彼女はアフタルも欺いたままなのだ。アフタルはカミリアが精神を崩壊させてしまったと思い込んでいる。

(ザンバースはどんな指示を出そうとも、レーアを殺したりはしない。だが、ゲーマインハフトは違う。自分の目的のためなら、誰でも殺す男だ)

 カミリアは歯軋りしたいのを堪え、呆けたフリを続けていた。


 そのゲーマインハフトは黒海を目指していた。海上を進むと目立つので、陸路を使っての進軍である。率いているのは僅かな部隊であるが、別の一手を打っていた。

(東アジアの制圧も完了した。ザンバースは私が大西洋を越えてくると思っているだろうから、度肝を抜いてやる)

 彼は装甲車のシートに身を沈めて不敵な笑みを浮かべた。

「最後に笑うのは、この私さ」

 ゲーマインハフトは勝ち誇った顔をし、グラスの酒をあおった。

「ありました、地下道への入り口です」

 観測班の兵が報告した。ゲーマインハフトはグラスを脇のテーブルの上において身を乗り出し、

「先発隊が調査済みだ。何も恐れるものはない。我らの勝利への道となるものだからな」

 部隊は、彼の装甲車を先頭に森の中にくり抜かれたように存在している地下への入り口へ走り込んで行った。

(勝ったぞ。私の勝ちだ)

 ゲーマインハフトは地球の支配者となった自分を空想し、再びニヤリとした。


 ゲーマインハフトに姿を消され、ザンバースに帰還命令を下されたマルサス・アドムは、不満そうな顔でシートに腰を下ろし、腕組みをして前方に広がる大西洋を眺めていた。

(大帝の口ぶりでは、ゲーマインハフトがどこに行ったのかわかっているようだった。一体何が始まろうとしているのだ?)

 マルサスは、まさかかつての恋人であるマリリアが帝都を目指しているとは夢にも思っていない。只彼は、パルチザン達の動きが自分達の考案した作戦によく似ているので、マリリアが参画しているとは思っていた。

(マリリア……)

 すでにマルサスには全く未練がないマリリアであるが、マルサスはまだマリリアの事を諦めきれずにいた。彼女は騙されていると思いたいのだ。

(いずれにしても、もう一度話がしたい)

 マルサスはマリリアの顔を思い出そうと目を閉じた。


 朝日が射し込んで来ている大帝府の最上階にある大帝室で、ザンバースは微睡まどろんでいた。彼は今は亡き妻のミリアの夢を見ていた。

(ミリア……)

 闇の中に光に包まれて浮かび上がったミリアは悲しそうにザンバースを見ているだけで、何も言わないままだ。ザンバースも何も言わなかったが、一言だけと思った時、目が覚めた。

(眠っていたのか、それとも……)

 ミリアが迎えに来たのか、とも思った。そんな風に考えてしまうほど、彼の怪我は確実にその肉体を追い込んでいた。

「早く来いレーア」

 ザンバースは朝日が見える窓の方を向いて目を細めた。

(お前が遅れると、あの男がここに来てしまう。それだけは防がなければならん)

 ザンバースは目を閉じきり、椅子に身を沈めた。

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