第七十四章 その二 上陸作戦開始
暗い海を波を蹴立てて空母を先頭に十隻の艦船が進む。長い北上を終え、レーア達の艦隊はいよいよ北米大陸に向かい始めた。帝国首府アイデアルより北は手薄なのを突いての作戦が開始された。しかしレーア達は、実はその作戦が帝国人民課担当官であるマルサス・アドム達が帝都を攻略するために立案したものだとは知らない。その上、作戦のほぼ全貌を大帝であるザンバースが知っている事も。
「手薄とは言え、我々の行動は帝国軍にも知られているはず。慎重に行動しましょう、レーアさん」
レーアの護衛を艦隊の総司令であるナスカートに言い付かったカラスムス・リリアスが提言した。するとレーアは、
「もちろん、慎重に行動しますが、あくまで私達が目指すのはアイデアルです。そこに辿り着けないのでは、作戦の意味がありません。そのためにはどんな手段も講じるつもりです」
レーアはリリアスを諭すように言った。リリアスは溜息を吐き、
「了解です。但し、無茶だけはしないでくださいよ、レーアさん。貴女に何かあったら、自分はナスカートに合わせる顔がなくなりますから」
「私だって、死にに行くつもりはありません。何としても生き延びます。そして……」
レーアはそこまで言って口籠った。
(メックと再会するまでは、絶対に死なない)
彼女は、リリアスもタイタスもパルチザン隊の総隊長であるメキガテル・ドラコンが死亡していると思っているのを感じ取っている。だが、それを責めるつもりはない。カリブ海のジャマイ島の爆発事故からすでに数週間が過ぎている。未だに姿を見せないメキガテルが生きていると考える方がおかしいのだとわかっているのだ。
「そして、地球連邦を再興します」
メックと共に。心の中でそう言い添え、レーアはブリッジを出た。
「レーア」
甲板で戦闘機を点検していたタイタスが彼女に気づいて声をかけた。レーアにきっぱりとふられた今、タイタスには迷いはない。彼はレーアのために命を投げ出す覚悟ができていた。
(俺という人間が存在していた事をレーアに覚えていてもらうんだ)
レーアもタイタスがその後は仲間としての会話しかして来ないので、安心して接している。彼女は最初、タイタスを酷く傷つけてしまったと思っていた。だから自分から話しかけるのを躊躇っていたのだが、タイタスはそれほど柔な男ではなかったとわかり、ホッとしたのだ。
「タイタス」
レーアは微笑んで彼に近づいた。タイタスは工具をポケットにねじ込み、レーアを見た。
「俺、何があってもレーアを守るから。この命に代えても、レーアを守るから」
「タイタス……」
レーアはその言葉に目を潤ませた。そして、
「ダメよ。私なんかのために自分の命を投げ出したりしないで。そんな事で死んだりしたら、貴方を絶対に許さないから」
そう言ってタイタスの両肩を強く掴んだ。
「レーア……」
タイタスはますます死ぬ覚悟ができたと思った。
「許されなくてもいいよ。だって、それは俺の事をずっと覚えてくれているって意味だろ?」
タイタスは苦笑いをしてレーアの手を優しく払い除けた。
「違うわよ! もう嫌なの! 自分の大事な人が、これ以上自分のために命を落とすのが!」
レーアは涙を零して怒鳴った。その声の大きさにタイタスはギョッとし、付近で作業をしていた他の兵士達も手を止めて二人を見た。
「レーア……」
タイタスは何も言えなかった。
(クラリアやミタルアムさん、そして何より、エスタルト総裁……)
戦いの犠牲となって命を落とした人達がいる。軽々しく口にしていい言葉ではなかったと彼は後悔した。特にレーアに対しては。
「レーアさん、もうすぐ作戦開始です。所定の位置に着いてください」
リリアスが甲板に上がって来て告げた。レーアはタイタスの肩を軽く叩き、リリアスを見る。
「わかりました」
彼女は甲板をブリッジへと戻って行った。
一方、レーア達から遥か南の海で大艦隊を動かしているナスカートも、作戦に備えて北米大陸を目指していた。
(静か過ぎるのが気になるが……)
彼は帝国軍の監視船すら洋上にいないのを警戒していた。
(あのザンバースがそんな手抜かりをするだろうか? 俺達の動きは全て把握されているはずだ。それにレーア達の艦隊の近くを通って東に向かった護衛艦一隻も妙だ)
ナスカートは、マルサスが乗り組んでいる護衛艦が東進したのも警戒していた。何が目的なのかわからないのだ。
「付近に敵影は?」
念のためにレーダー係に尋ねた。
「いえ、全く感知できません」
レーダー係の答えは同じだった。ナスカートは腕組みをして、
「気に入らないな。どういう事だ?」
眉間に皺を寄せ、真っ暗な大西洋を睨みつけた。
「大帝、手術をお受けください。このままではお命に関わります」
ザンバースは大帝府の大帝室で医師団の治療を受けながらその中の一人にそう言われた。
「その必要はない。私は死なない」
ザンバースは射るような目で医師を睨みつけた。医師はその途端汗塗れになって狼狽え、
「も、申し訳ありません! 最善の処置を致します!」
止血をし、輸血を完了すると、彼らは逃げるように大帝室を出て行った。
「大帝」
補佐官のタイト・ライカスが心配そうな顔でザンバースを見た。しかしザンバースは、
「お前も下がれ。すでに連中は上陸を果たそうとしているのだろう? アドムの言う通りであれば、本命は北から来る部隊のはずだ」
ザンバースは額から流れ落ちる汗を渡された消毒済みの医療用タオルで拭って言った。
「しかし……」
ライカスが尚も意見をしようとしたので、
「出て行かんと撃つぞ」
ザンバースは机の上に置かれた銃を持ってライカスに向けた。ライカスは顔を引きつらせた。そして踵を返して立ち去ろうとした時である。机の上のインターフォンが鳴った。
「ライカスだ」
ライカスはボタンを押して応じた。
「北進部隊が上陸を開始しました」
声が答えた。ライカスは苛立たしそうな顔になり、
「指示は出してあるだろう。引きつけて攻撃だ」
「それが……」
何故か通話の相手は口籠った。ライカスは思わずザンバースを見た。ザンバースは、
「何だ? はっきり伝えろ!」
相手は急にザンバースの声が怒鳴ったので驚愕したようだ。
「そ、それが、部隊の最前列のホバーバギーの後部座席にレーアお嬢様がいらっしゃいまして……」
思ってもみない名前の登場にライカスはまたザンバースを見てしまった。ザンバースもレーアの名前を聞くとは思わなかったのだろう。すぐには反応しなかったが、
「それがどうした? レーアなどという女は知らん。敵である以上攻撃に変更はない。殲滅しろ」
その命令にライカスも通話の相手も声を失った。
レーア達は攻撃される事なく上陸をすませ、アイデアルへの幹線道路を隊列を組んで南下し始めていた。レーアの提案で、彼女が乗っている最前列のホバーバギーの後部座席にはサーチライトが取り付けられ、彼女を闇夜にくっきりと浮かび上がらせていた。
(こんなやり方が功を奏するのかわからないけど、とにかく私が来た意味はこれしかないのだから)
レーアは撃たれて死ぬつもりはなかったが、そうなっても後悔はしないつもりでいた。
(パパはもう私を娘とは思っていないはず。だから、どういう結果も受け入れる)
レーアは震えそうになるのを堪え、後部座席から立ち上がり、
「ザンバース・ダスガーバンの娘のレーア・ダスガーバンよ。ここは通らせてもらうわ!」
大きな声で宣言した。隣に乗っていたリリアスは驚きのあまり止める事もできないでいた。
(こっちは囮と思わせないといけないから、派手にいかないとね)
レーアは微笑んだ。
ナスカート達も闇に紛れて接岸し、次々に上陸をしていた。
「では、作戦通りに」
レーアと同じ服を着て、髪形も同じにしたマリリア・モダラーが先頭のホバーバギーに乗り込んだ。
(スタイルがいいからすぐにバレそうだ)
ナスカートは本気でそれを心配していた。
「怖くないか?」
隣に乗り込みながら尋ねた。するとマリリアは微笑んで、
「一度は失った命です。怖かろうと怖くなかろうと進むしかありません」
「そうか」
ナスカートは、
(レーア、すまない、心変わりしそうだ)
こんな時でも、女好きを封印できないでいた。




