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第七十三章 その二 ミッテルム・ラード

 レーアが乗る空母を先頭にした十隻の小艦隊は、ナスカート率いる大艦隊から離れ、大西洋をひたすら北上していた。

「レーアさん、冷えますからブリッジに入ってください」

 彼女の護衛をナスカートに言い付かったカラスムス・リリアスは、今まで以上にレーアを注視するようにしていた。

(レーアさんはメックの死を受け入れていないばかりか、あいつの役割を代わりに果たそうとしているように見える)

 レーアが、パルチザン隊の総隊長であったメキガテル・ドラコンの死を認めていない事はリリアスにも理解できた。だからレーアにはメキガテルの話は一切しないし、その生死に関わる話題も避けている。しかし、だからと言って、自分がメキガテルの穴を埋めようとしているのは無理だと思っていた。

「平気です。寒くないですから」

 レーアはリリアスに微笑み、甲板の前へと歩いて行く。リリアスは肩を竦めて彼女を追った。

「もうこの海域は、今までのように我々の制圧下ではないんです。どこから敵が襲ってくるかわからないので、中に入ってください」

 リリアスは大股でレーアを追い越し、前に立ち塞がって言った。するとレーアはリリアスを見上げて、

「だからですよ。敵に私の存在がわかるようにしているんです」

 彼女はふざけている訳ではない。自分が地球帝国の大帝であるザンバースの娘だという事を最大限に利用する作戦を遂行するつもりなのだ。

「レーアさん……」

 それを言われると、リリアスには返す言葉がない。

「ですから、できるだけ艦隊は固まって航行するように伝えてください。決して衛星兵器の標的にされないために」

 レーアはリリアスを押し退け、ワイヤーで固定されている戦闘機を避けながら舳先に向かった。リリアスはレーアを追おうとしたが、小さく溜息を吐いてブリッジに戻った。

「レーア!」

 するとリリアスと入れ替わるようにして、タイタスが甲板に上がって来た。レーアはチラッと彼を見たが、すぐに前方に視線を向けた。タイタスは揺れる甲板をヨタヨタと歩き、戦闘機にぶつかりそうになりながらレーアに近づいた。

「レーア」

 彼はレーアに聞こえていないと思い、もう一度声をかけた。レーアはリリアスからタイタスの事を聞いていたので、彼が何をしに来たのか見当がついていた。だから敢えて厳しい言葉を言おうと思って振り返った。

「タイタス、今は戦闘配備中のはずよ。持ち場を離れないで」

 真顔のレーアにそう言われ、タイタスは一瞬足を止めたが、

「すまない。それはわかってる。でも、どうしても今言いたくて……」

「聞きたくないわ」

 レーアはタイタスを避けて甲板を戻って行く。

「レーア!」

 タイタスは思わずレーアの肩を掴んで引き止めた。

「タイタス!」

 レーアはキッとして振り返り、タイタスの手を振り払おうとした。

「好きだ!」

 ところがタイタスは振り返ったレーアを強く抱きしめた。

「え?」

 レーアはまさかそんな事になると思っていなかったので、抵抗する間もなかった。

「ずっと好きだった。小学生の頃から……」

 タイタスは手の力を緩めないで続けた。そうしないとレーアが行ってしまうと思ったからだ。

「タイタス……」

 レーアは振り解こうとはしないで、逆にタイタスを抱きしめ返した。

「レーア……」

 その行動にタイタスが戸惑った。彼はハッとしてレーアを見た。レーアは目を潤ませていた。

「貴方は私の幼馴染みなの。貴方を男として見た事はないわ。ごめんなさい」

「それでもいい。俺は自分の気持ちをレーアに伝えたかっただけだ。こっちこそ、ごめん」

 タイタスの目も潤んでいたのをレーアは見て取った。彼はレーアを抱きしめるのをやめると、足早に去ってしまった。

(タイタス……)

 レーアは振り返らないで甲板を降りて行くタイタスの姿をずっと見ていた。


 ヨーロッパ州の帝国軍司令部にいたエメラズ・ゲーマインハフトは、捕虜にしたカミリア・ストナーとドラコス・アフタルの二人を引き連れ、装甲車でゆっくりと地中海を目指していた。彼はザンバースに対して上辺だけの忠誠心を示すため、大西洋に艦隊を繰り出す事にしている。もちろん、本格的な戦闘には参加するつもりはない。

(最初は惚けようかと思ったけど、予想以上に反乱軍の戦力が集まり始めているみたいだからね。ザンバースの背後を突くのもいい方法さ)

 彼はニヤリとしてグラスを掲げた。その傍らには、まだ無気力なふりをしているカミリアとアフタルが手枷と足枷をされたままでシートに座らされていた。

(戦闘中なら、隙もできる。その時が最大のチャンスだ)

 カミリアは虚ろな目をしてゲーマインハフトを観察している。彼女の芝居を知らされていないアフタルは哀れんだ目でカミリアを見ていた。但し、アフタルはカミリアがゲーマインハフトに何をされたのかは知らない。

「あんた達には二重の意味で私の役に立ってもらうよ。楽しみにしているんだね」

 ゲーマインハフトはそう言うとフッと笑い、グラスの酒を煽った。

「急ぐ必要はないよ! 私達は誠意を見せればそれでいいんだからね!」

 彼は操縦席の兵に大声で命じた。

「は!」

 兵は敬礼して応じた。するとゲーマインハフトはカミリアを見て、

「まだ先は長い。久しぶりに少し愉しませてくれないか、カミリア?」

 兵に命じて、カミリアを立たせ、装甲車の奥にある休憩用の部屋に連れて行かせた。

「何をするつもりだ?」

 アフタルがゲーマインハフトを睨みつけた。ゲーマインハフトは立ち去りながら、

「男と女が狭い部屋に入って何をするのかと言えば、一つしかないだろう? 野暮な事を訊くもんじゃないよ」

 高笑いをして後ろ手にドアを閉じた。アフタルはカミリアが呆けてしまった理由に気づいた。

(カミリア君……)

 彼は歯軋りし、心の中でゲーマインハフトを呪った。


 北米大陸東岸にある帝国の首府であるアイデアル。その中枢の大帝府の最上階で、ザンバースは情報部長官であったミッテルム・ラードを待っていた。すでに彼は元の部下達に捕縛されて自由を奪われている。ザンバースはそのままミッテルムを処刑するのではなく、もう一足掻きさせようと思っていた。

(だが、奴がそれに乗るかどうかだな)

 すでに自暴自棄になっている可能性があるミッテルムがザンバースの提案を受け入れないかも知れないと考えたのだ。その時、ドアがノックされた。

「入れ」

 ザンバースが応じると、二人の男が、手錠をかけられ、縄で縛られて俯いた状態のミッテルムを連れて入って来た。

「ミッテルム、無様だな。どうだ、もう覚悟はできたか?」

 ザンバースは目を細めてミッテルムを見た。ミッテルムはビクッとして顔を上げ、

「やるだけの事はやったつもりです。覚悟はできています」

 ザンバースは椅子から立ち上がってミッテルムに近づき、

「そうか。ならば、すでに諦めた命をもう少し永らえるつもりはないか?」

「は?」

 ミッテルムばかりでなく、彼を連れて来た男二人も驚いてザンバースを見た。ザンバースはニヤリとして、

「ゲーマインハフトに引導を渡す仕事はアドムに任せた。そのアドムに引導を渡す仕事をしてくれ」

 ミッテルムは目を見開いた。

(マルサスも始末するのか? 何という方なのだ?)

 ミッテルムの背中を冷たい汗が幾筋も流れ落ちた。

「どうだ?」

 ザンバースは反応しないミッテルムを促すようにもう一度言った。ミッテルムはザンバースの視線に堪えられず、また俯いた。その時彼の視界に脇に立っている元の部下の腰の銃が入って来た。

(どちらにしても殺されるのであれば、今が最大のチャンスなのか?)

 ミッテルムは一瞬でそう判断し、その銃を奪い取った。元部下達もザンバースの言葉に驚いていたせいか、対応が遅れた。

「貴方は恐ろし過ぎる! 死んでください!」

 ミッテルムはザンバースに向けて発砲した。銃弾はザンバースの腹部を貫通した。

「ぐふ……」

 ザンバースは膝を折りかけたが、すぐに自分の腰に差した銃を抜き、全弾をミッテルムに叩き込んだ。ミッテルムはボロ雑巾のように吹き飛び、血だらけの身体で床に転がった。

「大帝!」

 男二人は自分達の不始末に恐れおののいたが、血を吐いて膝を着いてしまったザンバースに慌てて駆け寄った。

「大帝が撃たれた! 医者を呼べ!」

 一人がすぐにインターフォンを操作して怒鳴った。

 

 地球の歴史が大きく動こうとしていた。


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