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第七十三章 その一 帝都進攻作戦

 地球帝国大帝であるザンバース・ダスガーバンは自分の邸に数ヶ月は帰っていない。それほど忙しい訳でも、帰るのが鬱陶しい訳でもなかった。彼は帝国人民課担当官に復職させたマルサス・アドムからの報告を待っていた。

「入れ」

 ノックの音にザンバースが応じる。ドアを開けて入って来たのはそのアドムだった。ザンバースはフッと笑ってアドムを見上げた。

「電波装置は破壊されていなかったのですね、大帝?」

 アドムは驚きの表情でドアを後ろ手に閉じ、ザンバースに歩み寄る。ザンバースは椅子から立ち上がり、

「そもそもあれはダットスの讒言ざんげんで始まった事だ。だから破壊させたと見せかけたのだ」

 アドムはザンバースの先読みの能力に膝が震えた。

(だとすれば、もはやミッテルムの延命は終了という事か?)

 度重なる失態でザンバースに最後通告を突きつけられていた情報部長官のミッテルム・ラードは、未だにかつての救国の英雄であるリトアム・マーグソンを捕獲も殺害もしていない。彼の命運は尽きたとアドムは思った。

「それより、女の行方は気にならんのか?」

 ザンバースはソファに座りながら尋ねた。アドムは向かいに座りかけたのだが、その話を振られて顔を引きつらせた。

(マリリアの事か……?)

 彼自身、マリリアが何故自分から離れ、帝国からも消えたのかは聞かされていない。そのため、マリリアについてどこまでザンバースが知っているのかもわからないのだ。

「彼女は自分を捨てたのです。死んでいようと生きていようと関係ありません」

 そう言う以外、アドムには言葉が見つからなかった。

「そうか。マリリア・モダラーは反乱軍の南米基地に偽装投降させたのだが、それ以降の動きが掴めていない。一時は内部で活動をしていたようだが、その後は何もわからなくなったそうだ」

 ザンバースの言葉に嘘はない。マリリアの消息が掴めなくなったのは事実だ。但し、ザンバースはマリリアの消息などどうでもよくなっていた。今はアドムの反応を見るための手段に過ぎないのだ。

「そう、ですか」

 アドムは口ではそう言いながらも、かつては本当に愛し合っていたマリリアの事が気になっていた。彼女の心が本当に自分から離れてしまったのも知らず。

「実は、ゲーマインハフトから艦隊派遣の申し出があった。自ら赴くのはもちろんだが、反乱軍の動きを押さえ込むために捕虜としたドラコス・アフタルとカミリア・ストナーを人間の盾にすると言って来た」

 ザンバースは煙草に火を点けながら言った。アドムは残った左目を細めて、

「奴らしいやり方ですね。常に自分に振りかかる火の粉は最小限に抑えようとする」

 アドムの反応にザンバースはニヤリとして紫煙を吐き出した。

「そこで、お前には護衛艦に乗り込んでもらい、表向きはゲーマインハフトの援護をしてもらう。捕虜の二人の身柄は私の命令で護衛艦に移す。その上で、奴に天罰を加えてやれ」

 ザンバースは事も無げに命じた。アドムはギクッとして彼を見た。

「電波装置で引導を渡すという事ですか?」

「そうだ。但し、奴も警戒しているだろうから、奴の乗艦に乗り込んだら、いろいろと信用されるようにこちらの内情を話せ。ミッテルムの事や、マーグソンの事をな。ついでに私の悪口も言えば信用されよう」

 ザンバースはフッと笑って最後にそう言ったが、アドムはザンバースの悪口を言うつもりはなかった。

(これは俺も試されているんだな)

 賢明なアドムはそう判断したのだ。その時、机の上のインターフォンが鳴り、ザンバースが立ち上がって応じた。

「どうした?」

「反乱軍の艦隊の中で、十隻に満たない数の艦船が別の進路を取り始めた模様です」

 帝国軍司令長官にして、帝国軍本隊の指揮官でもあるタイト・ライカスの声だった。ザンバースは眉をひそめて、

「そんな少数を別行動だと?」

「はい。不可解でしたので、どうしたものかと思いまして」

 ライカスはあくまで判断をザンバースに委ねている。アドムはそう感じた。

(官僚上がりらしいな)

 アドムはライカスを嫌ってはいないが、ザンバースの右腕としては愚鈍だと思っている。そしてある事に思い当たった。

(その動き、俺達が考えた進攻作戦に似ている?)

 まさかと思った。

「大多数の艦船は大陸東岸を目指して航行中ですが、その十隻ほどは北上を続けております」

 ライカスのその言葉にアドムは疑惑を深めた。

(やはり似ている。東岸の守りは南は固いが、北はやや手薄だ。そこを突くために少数精鋭で北を目指すという作戦を考えた。今の反乱軍の動きは、まさしくそれではないのか?)

 アドムは南米の帝国軍司令部を陥落させたメキガテル・ドラコンの手腕を高く評価しており、最終的には彼らと共に北上し、アイデアルを攻撃するつもりだったのだ。

(だが、仲間は皆死んだ。作戦を知る者はいない)

 アドムはあまりにも荒唐無稽だと自分の疑惑を打ち消しかけた。その時、一人だけ可能性がある人物に思い当たった。

(マリリアか?)

 彼女が生きていて、反乱軍に協力しているとしたら? アドムの眉間に皺が寄った。

「どうした、アドム?」

 その様子に気づいたザンバースがアドムを見た。アドムはビクッとしてザンバースを見た。

「あ、その、艦隊の動きに気になる点がありまして……」

 隠しても仕方がないと思い、アドムは全てをザンバースに打ち明けた。するとザンバースは、

「北上した部隊を監視しろ。恐らく北からアイデアルに攻め込むつもりだ」

「わかりました!」

 ザンバースの指示を受けたライカスの声はやや嬉しそうに聞こえた。

「よく思い出してくれた、アドム。これでマリリアの裏切りは確定したな」

 ザンバースの声は、アドムに何かを確認するかのようだった。

(マリリアは殺すが、異存はないな、という事か?)

 アドムの背中に冷や汗が流れた。


 ナスカート率いるパルチザン艦隊はマリリアの提案を受けてカリブ海を離れて大西洋に入ったところで、十隻の艦船を別行動にした。その先頭を行く空母にレーアは乗り組んでいた。護衛にはカラスムス・リリアスがついている。そして、タイタスも志願して乗っている。彼は本格的な戦闘に入る前にレーアに告白しようと思っていた。

(多分俺はこの戦争で死ぬ。ならば、もう恥ずかしいとか、無理だとか思っても意味がない。絶対にレーアに告白する)

 タイタスはリリアスと話すレーアを悲しそうに見ていた。そのリリアスは、タイタスがレーアに惹かれている事を早い段階で気づいていた。

「レーアさん」

 話が終わってレーアが甲板に出ようとするのを引き止めた。

「何ですか?」

 レーアは不思議に思って振り返り、リリアスを見た。リリアスはタイタスが他の兵士と共にブリッジを出て行くのを見てから、

「レーアさんはタイタスの事をどう思っていますか?」

 時間がないので理由を説明している場合ではないと考え、いきなり訊いた。レーアはキョトンとして、

「タイタスの事ですか?」

 レーアは人の恋路には敏感だが、自分に向けられている恋心にはまるで鈍感なのは、ナスカートの空回りを見るとわかる。リリアスは遠回しではレーアが気づかないと思い、単刀直入にいく事にした。

「ええ。男として、どうですか?}

 惚けられないように言葉を選び、リリアスはレーアを見る。レーアは「男として」と言われ、さすがに何を尋ねられているのかわかった。彼女はタイタスがいないのを確認してから、

「彼は幼馴染みです。それ以上でもそれ以下でもありません」

 それだけ言うと、甲板に上がって行ってしまった。リリアスは大きく溜息を吐いた。

(レーアさんの心の中には、まだメックがいるのか?)

 リリアスはレーアがメキガテルの死を受け入れていない事を改めて気づかされた。

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