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第七十一章 その三 両雄並び立たず

 地球帝国首府アイデアルの象徴とも言うべき大帝府の中にある地下の会議室では、情報部長官のミッテルム・ラードが鬼の形相で部下達を睨みつけていた。

「今日明日中にリトアム・マーグソンを見つけ出し、殺してその首を獲って来い! さもなければ、我々の生き延びる可能性はゼロだと考えよ!」

 ミッテルムは血走った目を見開き、部下一人一人を舐めるように見て怒鳴った。しかし、部下の誰一人、彼の命令を素直に聞いている者はいなかった。ミッテルムは都合が悪くなると責任を下に押しつける男だからだ。今回のフローダにおける爆発事故も、元を辿ればミッテルムが臆病風に吹かれ、リトアム・マーグソンを爆殺しようとしたのが始まりなのだ。それを結果的に現場の責任にし、自分は安全な場所から指示を出すだけ。最前線に立つ彼らにしてみれば、行くも地獄、留まるも地獄なのであるから、リトアム・マーグソンとの戦いなど望む者はない。むしろ、逃亡した方が助かる確率が高いのだ。あるいは敵対するパルチザンに投降するのも選択肢の一つである。

「お前達、自分だけが助かろうと思うなよ! 逃亡したら、お前達の家族も只ではすまないからな!」

 ミッテルムは脅かしているつもりだったが、その顔には脅えが見え、とても相手を威圧しているようには感じられなかった。部下全員が彼を軽蔑の眼差しで見ていた。

(その家族を拉致するのも俺達じゃないかよ。どこまでバカにしているんだ?)

 情報部は内部崩壊が始まっていた。それに気づいていないのは長官であるミッテルムのみである。


 大帝府の最上階にある大帝室では、ザンバースが椅子に身を沈めて煙草をくゆらせていた。

(キラーサテライトでゲーマインハフトの動きは封じたが、このまま大人しくするような奴ではないな。さて、どうする?)

 彼はフッと笑って窓の外を見たが、そこに写り込んでいる人物に気づき、目を見開いて振り返った。

「どうやってここまで来た!?」

 ザンバースは灰皿に煙草をねじ伏せ、いつになく大きな声で尋ねた。そこに立っていたのは、かつての救国の英雄であるリトアム・マーグソンだった。

「この建物の設計には私も関わっている。お前すら知らない抜け道が各所にあるのだ」

 マーグソンはゆっくりとザンバースに歩み寄りながら応じた。その言葉に感情を昂ぶらせたザンバースは椅子を倒して立ち上がり、

「私を殺しに来たのか?」

 彼は目を細めた。しかしマーグソンは首を横に振り、

「私は今を生きる人間ではない。お前という現在の人間を過去の人間である私が亡き者にするのは理に反する」

「相変わらず訳のわからない理屈を言うな」

 ザンバースはフッと笑って机の上の煙草をくわえ、火を点けた。そして一息に紫煙を吐き出すと、

「では何をしに来た? まさか昔話をしに来たのでもあるまい?」

 マーグソンはそれには応えず、

「お前の部下が追いかけ回すのでアイデアルの端から端まで飛び回って疲れた。座らせてもらうぞ」

 そう言って、目の前のソファにゆったりと腰を下ろした。ザンバースは煙草をくわえたままで机を回り込み、向かいに座った。

「飲み物でも持って来させるか?」

 ザンバースが煙草を手に持って言うと、マーグソンは、

「その必要はない。すぐに帰るのでな」

「ここから帰れると思っているのか?」

 ザンバースは再び目を細めた。するとマーグソンは、

「誰にも会わずにここまで来られたのだぞ。雑作もない事だ」

 そう言ってニヤリとしてみせた。ザンバースは一瞬ムッとしたが、

「そうだな。情報部の連中が何人も行方不明になっているからな」

 彼は真顔になってマーグソンを見据えた。

「何が目的だ?」

 マーグソンも真剣な表情になった。

「お前の真意を知りたい。一体地球をどうしたいのだ? 人類を全滅させるつもりか?」

「それも選択肢の一つだな」

 ザンバースはテーブルの上のガラスの灰皿に煙草を投げ込み、

「だが、私はそこまで思い上がってはいない。我が祖父や父のようにはな」

「アーマンやアーベルとは違うというのか?」

 マーグソンは眉をひそめた。ザンバースはマーグソンを見て、

「そうだ。私はあの二人もエスタルトも道を間違えたと思っている。そして、今反抗を続けている反乱軍もな。総大将を失ったというのにまだ諦めないのは愚かとしか言いようがない」

「なるほど」

 マーグソンは腕組みをし、ソファにもたれかかった。

「私の真意を貴方に話したところで、私の意志は変わらない。戦争は続ける。決着がつくまではな」

 ザンバースはそう言うとソファから立ち上がり、自分の椅子に戻った。

「そうか。まだ早いという事か?」

 マーグソンもソファから立ち上がった。

「そうだ」

 ザンバースは椅子に沈み込みながらマーグソンを見上げた。

「お前は二つ間違っているようだ」

 マーグソンはドアに歩み寄りながら背中越しに言った。

「どういう事だ?」

 ザンバースは眉を吊り上げてマーグソンの背中を睨みつけた。マーグソンはチラッと振り返り、

「お前が真意を明かさないように私もそれが何なのかは言わずに去るとしよう」

 マーグソンはまるで一陣の風のように姿を消してしまった。ザンバースがドアを開いた時には、廊下には誰もいなかった。

(何が言いたかったのだ、マーグソン?)

 ザンバースにはマーグソンの去り際の言葉の意味がわからなかった。


 その頃、ジャマイ島を出発したレーアとマリリアはナスカート・ラシッドが率いる艦隊に合流した。

「本当に来ちまったんだな、レーア」

 ブリッジでカラスムス・リリアスと迎えてくれたナスカートは悲しそうな顔をしていた。

「当たり前でしょ! あんな事、冗談で言えないわよ。ねえ、マリリアさん?」

 レーアは自分の背中に隠れるように立っているマリリアの顔を見た。

「え、ええ……」

 マリリアは感じているのだ。パルチザン達の冷たい視線を。南米基地ではあまり感じなくなっていた憎しみの目を。

「いやあ、マリリア、会えて感激だよ! 南米では、顔を合わせる事がほとんどなかったからな」

 ナスカートはマリリアが脅えているのを感じ取り、陽気に声をかけた。

「レーアと違って、出るとこ出てるし、色気もあるよなあ、カラス?」

 いきなり話を振られたリリアスはギョッとしてナスカートを見た。

「え、あ、そ、そうだな」

 彼は苦笑いして応じた。

「何よ、気分悪いわ!」

 レーアが口を尖らせて言うと、

「あれえ、レーア、ヤキモチ? それって、嫉妬かな、もしかして?」

 更にナスカートがニヤついて言ったので、

「うるさい、バカ!」

 レーアの急所蹴りが炸裂し、

「ぐおおお!」

 ナスカートは悶絶して床に突っ伏してしまった。

「お前、病み上がりの俺を……」

 ナスカートが涙目でレーアを見上げる。レーアは仁王立ちで彼を見下ろし、

「あんたが変態だからよ!」

 そしてマリリアを見て、

「ブリッジにいると何されるかわからないから、あっちに行きましょう、マリリアさん」

と言い、彼女を伴って出て行ってっしまった。その間ずっと、マリリアは唖然としていた。

「おい、大丈夫か、ナスカート?」

 そう言いながらも、リリアスは笑いを噛み殺している。

「嬉しそうに尋ねるな、バカヤロウ」

 ナスカートは壁をよじ登るようにして立ち上がった。

「レーアの奴、キック力が上がってるな。からかうのも考えないとな」

 ナスカートは脂汗を垂らしながら股間をもぞもぞさせてブリッジの前方を見た。

「敵の攻撃がんだのは、やはり『レーア効果』なのかな?」

「だろうな。それに反して、南米基地への攻勢が強まっているらしいからな」

 リリアスはまだ笑っている。ナスカートはムッとして彼を見ると、

「それから、カミリアの方は何かわかったか?」

 リリアスもゲーマインハフトの捕虜になったカミリア・ストナーの名前が出ると真顔になり、

「ゲーマインハフトの軍がパリスに駐留しているから、カミリアとドラコス・アフタルさんもそこにいると思われるという程度にしか情報は入っていない」

 ナスカートは前を向いて腕組みをし、

「カミリアを人間の盾にして俺達の足止めをするつもりだろうか?」

「さあな。ゲーマインハフトはそこまでザンバースに忠誠を誓っていないだろうからな。奴の考えはわからないよ」

 リリアスは肩を竦めた。

 ナスカート艦隊はカリブ海を順調に北上し、北米大陸を目指した。

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