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第七十一章 その一 動き出した魔物

 地球帝国が保有する衛星兵器「キラーサテライト」が北米大陸の西部を進行中のケイラス・エモル率いる部隊を半滅させたという情報は、各地で帝国軍と戦闘中のパルチザンや共和主義者達に大きな不安と動揺を与えた。空からの狙い撃ちをまたしても意識せざるを得なくなった彼らは、その動きを鈍らせ、士気を失っていった。一時は圧倒していた地域でも、帝国軍が攻勢に転じ、パルチザン達は後退を余儀なくされた。

「完全にしてやられたな」

 旗艦である第一空母のブリッジにカラスムス・リリアスが入って来て、総司令官であるナスカートに言った。ナスカートは腕組みして窓の外の海を睨み、

「すでに制圧したところまで奪い返されているからな。そうかと言って、今から宇宙そらに上がる訳にもいかないしな」

「仮にできたとしても、衛星兵器の餌食になっちまう」

 リリアスも腕組みをして窓の外を睨む。ナスカートはチラッとリリアスを見てから、

「そうだな。どうしたものか……」

「この艦隊もあちこちでおたおたしている連中がいるようだが、大丈夫か?」

 リリアスは右手の親指で外を指し示して尋ねた。ナスカートはリリアスに顔を向けて、

「衛星兵器の標的は動いているものは難しい。ケイラスの部隊もまとまって行動していたから狙われた。だから散開しろと伝えた」

「それで防げるものかな?」

 リリアスが更に問う。ナスカートは苦笑いして、

「さあね。それはわからん。それでも、みんなの士気を落とさない工夫はしなければならない」

 リリアスもニヤリとして、

「そうだな。衛星兵器は一基しかないんだ、そうそう撃たれるものではないだろう」

「何度も打ち込まれる前にアイデアルに辿り着けばすむ事だ。急ぐしかない」

 ナスカートは前を向いて眉間に皺を寄せた。リリアスはそれに黙って頷き、敬礼をすると、

「先発する。朗報を待っていてくれ」

と言うと、ブリッジを出て行った。


 すっかり夜が明けた南米基地の司令室では、ザラリンド・カメリスが眠気覚ましのコーヒーを飲みながら、コンピュータを操作していた。彼は以前衛星兵器の進路を割り出したのをもう一度やろうとしているのだ。隣に椅子を持って来て、アーミーが不安そうに彼を見ている。

「あれを押さえない限り、アイデアル進攻は至難の技でしょう。近づく部隊を狙い撃ちにされてしまいますから」

 カメリスはカップをサイドテーブルに置きながらレーアやアイシドス・エスタン達に説明した。

「お願いします、カメリスさん」

 レーアはカメリスを見つめて告げた。すると何を思ったのか、アーミーが二人の間に割り込み、

「カメリスさん、コーヒーのお代わり如何ですか?」

 レーアはアーミーが嫉妬したのだと感じ、苦笑いしてその場を離れた。

「アーミーも随分と神経質になってるわね」

 端で見ていたステファミーがレーアに囁いた。レーアは肩を竦めて、

「わからなくもないけどね」

 その時、彼女は視界の端にマリリアを見つけた。マリリアはレーアに声をかけあぐねているように見えた。レーアはそれを察し、彼女に近づいた。レーアを見送るステファミーはまだマリリアを信用できないのか、心配そうな顔をしている。

「マリリアさん、何か?」

 レーアは微笑んで尋ねる。マリリアは声をひそめて、

「私を最前線に行かせてくれないかしら?」

「え?」

 レーアはあまりに意外な申し出に驚いて大声を出してしまった。司令室の一同が彼女の方を見た。レーアは苦笑いしてから、

「外で話しましょう、マリリアさん」

 マリリアを伴って司令室を出た。しばらく廊下を歩き、近くに誰もいないのを確認してから、レーアはマリリアを見た。

「どういう事ですか、マリリアさん?」

 マリリアはレーアの視線に目を伏せ、

「私なりの罪滅ぼしよ。それに最前線にいれば……」

 そこまで言いかけて口を噤んだ。

(最前線にいれば、命の危険が増す。そうすれば、メックのところに行ける。そう言いたいけど、レーアはまだ彼が生きていると信じている)

 だから言葉にできなかったのだ。

「最前線にいれば?」

 レーアが鸚鵡おうむ返しに尋ねた。マリリアはレーアを見て、

「私は帝国の上層部にいた人間。役に立てると思うの。アイデアルまでの進軍にも特別なルートがあるわ。そこを使えば、帝国軍との衝突を最小限に抑えて進めるはず」

 マリリアの言葉にレーアは目を見開いて、

「本当ですか?」

「もちろん、本当よ。今更嘘なんか吐かないわ」

 マリリアが自嘲気味に言うと、レーアはハッとして、

「ごめんなさい、マリリアさん、そういうつもりじゃないんです。嬉しくて、その……」

「ありがとう、レーア」

 マリリアは微笑んで応じた。

「取り敢えず、ナスカートに連絡を取って、指示を仰ぎましょう」

「ええ」

 二人は司令室に戻った。


 カリブ海上空では、先発したリリアス隊の戦闘機が帝国軍の戦闘機と交戦状態に入っていた。数で優る帝国軍はリリアス隊を追い込みかけたように見えたが、それはリリアスの罠ですぐさま反撃が始まり、二十機の戦闘機がたちまち半減し、後退した。リリアスはあくまで突破口を開く目的で戦闘したので、追撃はせずに帰還した。彼がブリッジに入って行くと、ナスカートが通信機でレーアと話している最中だった。

「何だ?」

 興奮気味のナスカートにリリアスは首を傾げた。

「マリリアが最前線に来るのは許可するが、レーアが来るのはダメだ! 絶対に許さないぞ」

 その言葉にリリアスはギョッとした。

(レーアさんが最前線に?)

 彼はナスカートに近づいた。ナスカートはリリアスに気づいたが、話を続けた。

「何と言われようと、ダメだ。許可できない」

 ナスカートは怒鳴った。すると通信機の向こうのレーアの声がそれを上回るかのような大きさで返って来た。

「だから、危険は承知よ! それに私が最前線にいると帝国に情報を漏らせば、心理戦のお返しができるでしょ! それくらいわからないの、ヘボ司令官!」

 ナスカートはリリアスを見て肩を竦めた。リリアスも苦笑いして肩を竦めた。

「わかった。許可する。確かにその作戦は有効かも知れないな」

 ナスカートは通信機を握り直して応じた。

「ありがとう、ナスカート。愛してるわ!」

 レーアの弾んだ声が聞こえて、ナスカートの顔が赤くなった。リリアスはそれを見て笑いを噛み殺した。

「全く、とんだじゃじゃ馬だよ」

 ナスカートは火照った顔をリリアスから背けた。


 南米基地の司令室もレーアが最前線に行くと言う話で大騒ぎになっていた。

「レーア、何を考えているのよ、全く!」

 ステファミーとアーミーが声を揃えて非難した。エスタンもレーアに近づき、

「レーアさん、危険過ぎる。やめた方がいい」

 カメリスはコンピュータを操作するのをやめてレーアを見ている。

「いえ、アイシーおじ様、大丈夫です。ナスカートにも言った通り、私が最前線にいる事で、心理的に優位に立てるはずです」

「しかしね……」

 エスタンはザンバースと言う人間をレーア以上によく知っているつもりだ。ザンバースはいざとなれば肉親の命も絶ってしまう男なのだ。

(さすがに娘のレーアさんの命は奪えないと考えるべきなのか……)

 彼は思い悩んだ。するとレーアが、

「父はともかく、帝国軍の人達には有効だと思うんです。私がいるという事だけで、圧力をかけられると思います」

 エスタンはレーアの真剣な眼差しを見て、彼女の決意の程を知った。

「わかった。でも無理はしないようにね」

「はい」

 レーアは微笑んで応じる。エスタンはマリリアにも目を向け、

「貴女も自暴自棄にならないようにな、マリリア」

と言うと、彼女の肩にそっと手をかけた。マリリアは零れそうな涙を堪えて、

「はい、ありがとうございます」

 震える声で応じた。

(やっと仲間になれたね、マリリアさん)

 レーアはマリリアを見てそう思った。

「ああ!」

 その時、カメリスが大声を上げ、皆が一斉に彼を見た。カメリスはレーア達を見て、

「また衛星兵器が発射されました」

「ええ!?」

 司令室はまた騒然とした。

「どこが撃たれたのですか?」

 レーアは不安そうな目でカメリスに尋ねた。カメリスは必死にコンピュータを操作しながら、

「正確な場所の解明には時間がかかりますが、アイデアルに一番近い戦闘地域です。警戒していたので、被害は少ないようなのですが……」

「出力を落として連射できるようにしているのかな?」

 アーミーがカメリスの隣に座りながら言う。カメリスはそれに頷きながら、

「その可能性が高いね。ケイラス・エモル隊を襲った攻撃もそれほど高出力ではなかった。ミケラコスビルを焼き尽くしたレベルであれば、隊は全滅していただろうから」

「だとすると、次々に狙われる可能性があるのですね?」

 レーアが身を乗り出して尋ねたので、

「レーア、やっぱり危ないんじゃない?」

 アーミーがカメリスとの間に割り込んで言う。レーアはまた苦笑いしてアーミーから離れ、

「だからこそ行かないと。私の目的は、衛星兵器の封じ込めなんだから」

 そう言いながら、マリリアに目配せする。マリリアは黙ったままで頷いて応じた。

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