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第七十章 その三 遠き道のり

 まだ夜が明け切っていないカリブ海をナスカート・ラシッドを総司令官とする艦隊が波を立てて進んでいた。空母五隻、巡洋艦二十隻、駆逐艦三十隻、護衛艦二十隻、艦載機百機。カリブ海にいくつか存在した帝国の補給基地が次々に投降し、戦列に加わったのだ。急ごしらえで作られた旗は、旧帝国と戦った時にエスタルト・ダスガーバンが掲げていたものと同じだ。

「この戦いで必ず勝利し、連邦制を復興させるんだ」

 旗艦である第一空母からナスカートは各艦に通達した。誰もが緊張しながらも勝利に対して強い意識を持っていた。ナスカートは総員に檄を飛ばした後、朝日が輝き始めた外に出て、美しく輝く海を眺めた。

(ここに一緒に立ちたかったよ、ディバート、リーム……そして、メック……)

 彼は目を潤ませていた。多くの友を戦いで失い、自分も一度は死の淵に立った。それでも今こうして最後の戦いに挑めるのは、友のお陰だと思っている。

「ナスカート」

 そこにタイタスが出て来た。ナスカートはチラッと彼を見てから、

「タイタス、今は第一戦闘配備中だぞ。お前の任務はどうした?」

とぶっきらぼうに尋ねた。タイタスはナスカートの隣に立ち、

「偉そうに。本当は怖くて逃げ出したくなったんだろう?」

 ニヤリとして顔を覗き込む。ナスカートはフッと笑い、

「そうかもな。しかし、今まで命を落とした多くの仲間達の事を考えると、絶対できないけどな」

「そうだな」

 タイタスはクラスメートだったクラリア・ケスミーの事を思い出した。そして、その後を追うようにして死んだクラリアの父であるミタルアムの事も思い出した。

「必ず生き延びろよ、タイタス。お前が死んだら、俺も寝覚めが悪いからな」

 ナスカートはタイタスを見て言った。タイタスはフッと笑って、

「それはこっちの台詞だよ、ナスカート。あんたに死なれたら、ライバルが少なくなっていいけど、嬉しくはない」

「何のライバルだよ?」

 ナスカートは苦笑いして言う。タイタスは艦内に戻りながら、

「恋のライバルさ」

と言った。ナスカートは肩を竦め、艦内に戻った。


 北米大陸各地で展開されている帝国軍とパルチザンの戦いは、その多くがパルチザンの勝利に終わった。帝国軍に厭戦気分が拡大し、帝都アイデアルに近い戦場はともかくとして、遠方の西部や南東部、北部の帝国軍はほとんど戦わずに降参していた。戦いは圧倒的にパルチザン側優勢になりつつあった。それが更に帝国軍側に影響し、投降者が続出していった。西部地方区から進軍しているケイラス・エモルが指揮する部隊はその数を当初の十倍ほどに増やしていた。帝国情報部の工作員の活動で失敗に終わったかに見えたフローダ半島攻略も成功する様相を呈してきたため、進軍にも勢いがついていた。

「一時はどうなる事かと思いましたよ」

 装甲車の中でケイラスがホッとした顔で言うと、隣の席のリスボー・ケンメル元北アメリカ州知事は、

「救国の英雄であるリトアム・マーグソン師の言葉が皆に力を貸してくれているな。ようやく長い戦いの出口が見えて来た気がするよ」

 いつもは気難しい顔をしているが、微笑んだ。

「ナスカート達もカリブ海を順調に進んでいると聞きました。確かに終わりが見えて来ていますよ」

 ケイラスは頷いて言った。その時だった。進軍する部隊の後方に天から光の筋が降りて来たのが見えたかと思うと、いきなり凄まじい爆発が起こった。

「何だ!?」

 ケイラスは揺れる車内でシートにしがみついて怒鳴った。助手席にいた部下の一人が、

「後方の部隊が攻撃を受けたようです」

「何だって? 攻撃って、付近に敵はいないだろう?」

 ケイラスはそう言いながらハッとして窓から空を見上げた。

「まさか……?」

 彼の額を幾筋もの汗が流れる。ケンメルもギクッとし、窓の外を見上げた。

「また動き出したのか、あれが?」

 ケイラス隊は部隊の半数を失い、その上混乱を来していた。


 ヨーロッパ州の帝国軍司令部にいるエメラズ・ゲーマインハフトはヨーロッパ解放戦線のリーダーであったカミリア・ストナーを自室で抱いている最中だった。かつて愛したパルチザンの同志であるトレッド・リステアの事を持ち出され、精神的な拠り所も崩壊してしまったカミリアは、すでにゲーマインハフトの思うがままに動く人形に成り下がっていた。

「衛星兵器が起動しただと?」

 カミリアを裸のまま投げ出し、ゲーマインハフトはバスローブを身に纏って寝室を出て司令室に行った。

「はい。北米大陸の西部を制圧しつつある反乱軍の一団を半滅させた模様です」

 通信士はまだ収まり切っていないゲーマインハフトの一部分に驚きながら報告した。ゲーマインハフトは司令室の自分用の椅子に腰を下ろした。

(まさかこれほど早く起動させるとは思わなかったよ。ザンバースめ、私への威嚇のつもりかい?)

 ゲーマインハフトは歯軋りして送信されて来た動画を携帯用端末で再生し、確認した。

「帝国軍司令長官に我が軍はどうすれば良いか確認をとれ」

 ゲーマインハフトは苦々しそうに命じた。

(逆らうつもりはないという事を示しておかないと、問答無用で始末されてしまうからね)

 彼は形だけの恭順を示すつもりなのだ。

(リトアム・マーグソンが戦局を混乱させているらしいから、ザンバースも焦っているのか? それとも……)

 謀略家であるゲーマインハフトであっても、ザンバースの真意は読めなかった。


 帝国軍司令長官のタイト・ライカスは、ザンバースに呼ばれて大帝室にいた。

「ゲーマインハフトの様子はどうだ?」

 ザンバースは椅子に身を沈めて煙草を燻らせたままで尋ねた。ライカスは直立不動になり、

「軍をどうすれば良いかと、こちらに打診して来ております」

 ザンバースは煙を吐き出しながらニヤリとし、

「そうか。いくら奴が狡猾でも、その手の届かない所にあるものが相手では従うしかないな」

「そのようで」

 ライカスは緊張を解いて応じた。ザンバースはライカスを見上げて、

「反乱軍は一点突破を考えている。ヨーロッパには目もくれないだろう。奴にはこのままヨーロッパで腐り果ててもらう」

「とおっしゃいますと?」

 ライカスは理解できないという顔でザンバースを見る。ザンバースはフッと笑って煙草を灰皿でねじ伏せ、

「そのまま待機していろと伝えろ」

「は!」

 ライカスはようやくザンバースの意図を理解し、敬礼した。

「それから、ミッテルムが監禁していたマルサス・アドムはどうだったか?」

 ザンバースは目を細めてもう一度ライカスを見た。ライカスは敬礼をやめてザンバースを見ると、

「医師の話では、辛うじて精神崩壊はしていないそうですが、会話をできるようになるには、もうしばらく時間がかかるようです」

「そうか。何としても回復させろ。アドムにはゲーマインハフトに引導を渡してもらいたいのでな」

 ザンバースはそう言うと椅子を回転させて背を向けた。ライカスは再び敬礼し、

「了解しました」

 そう応じると、大帝室を出た。


 レーア達は元ケスミー財団の社員であるザラリンド・カメリスが監視衛星を使って得た情報とケイラス隊から入電した情報から、帝国軍が衛星兵器を再稼働させた事を知った。

「故障したのかと思われましたが、そうではなかったという事ですね」

 コンピュータで攻撃直前の衛星兵器の画像を解析したカメリスがそれをプリントアウトしたものをレーアに渡した。

「また頭上から狙われるのか」

 元月支部知事のアイシドス・エスタンが呟いた。

「それで、ケイラスさん達の被害状況は?」

 レーアはプリントをエスタンに渡し、カメリスを見た。カメリスはコンピュータを操作しながら、

「半数が壊滅したようです。しかも、進軍に支障が出るほどの混乱状態に陥ったようです」

 空から狙われる恐怖は、想像を絶する。逃げられないと思えてしまうのだ。

「その上、帝国軍がその情報を意図的に各地に流しており、他の戦場でも情勢が変化しています。まずいですね。心理戦を仕掛けて来られた感じですよ」

 カメリスは天井のスクリーンにコンピュータの解析結果を映し出した。昨日と今日での比較だが、パルチザンの被害が倍増しているのだ。壊滅してしまった場所も存在していた。

「そんな……」

 レーアはステファミーやアーミーと顔を見合わせてしまった。

(折角マーグソンさんが盛り立ててくれたのに……)

 レーアはそうまでして戦いに勝とうとしている父ザンバースの意図がわからなかった。

(パパは何をしようとしているの?)

 レーアの目から涙が零れ落ちた。

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