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第七十章 その二 帝都へ

 北米大陸の戦いは日付が変わっても続いた。かつての救国の英雄であるリトアム・マーグソンの電文が大陸各地で交戦中のパルチザンや共和主義者達の元に転送され、彼らの士気が高まり、帝国軍を圧倒し始めたのだ。中でも最大の激戦区となったフローダ半島では、町の大半が焼き尽くされるような激戦になった。その原因の一つとして、ミッテルム・ラード指揮下の帝国情報部の工作員の活動があった。彼らはマーグソンを炙り出すために町のあちこちに爆薬を仕掛けていたのだ。そのせいで帝国軍とパルチザンの衝突によって誘爆が起り、想定外の被害を出してしまったのだ。双方の死者は数千人を超え、二十六世紀で最悪の戦場となった。

 ナスカートは無理を押して南米基地を出発し、カリブ海完全制圧をするため、艦隊の旗艦に乗り込み、フローダを目指す事にした。その部隊にはタイタスとイスターも加わった。イスターと気持ちが通じ合ったステファミーは彼を止めたかったが、できなかった。それは他の兵士全員に失礼だと思ったからだ。

「イスター、必ず生きて帰って来て。お願い」

 ステファミーは彼を廊下の角で呼び止め、抱きついた。イスターはステファミーの体温を感じて胸が高鳴ったが、

「もちろんだ。必ず生きて帰るよ。約束する」

 二人は口づけをかわした。長く激しいものだったが、それを見咎める者はいなかった。

「……」

 レーアはそんな二人を見て涙してしまう。

(メック……)

 生きていると信じたい。だが、もうすでに彼が消息不明になって日数が経ち過ぎている。絶望的なのはレーアにも本当はわかっていた。

「レーア……」

 自分の部屋で泣いているうちにメキガテル・ドラコンが生死不明の状態になっていたのを知り、マリリア・モダラーは目を腫らせて司令室に来ていた。

(とうとう気持ちを伝える事もできなかった……)

 彼女はメキガテルの生存を信じようとしているレーアを見て、彼女を憎むのをやめる事にした。

(レーアを憎んでも何も始まらない)

 マリリアは俯き加減で司令室を出て行くレーアの後を追った。

「レーアお嬢様」

 マリリアは彼女を呼び捨てにする事ができず、慣れている呼び方で声をかけた。レーアは意外な人物に呼び止められたので、驚いて振り返った。そして苦笑いし、

「お嬢様はやめてください、マリリアさん。もう貴女は父の秘書ではないし、私もザンバース・ダスガーバンの娘ではありませんから」

 マリリアはレーアのその言葉を聞き、自分の自己中心的な考え方を恥じた。

「レーアでいいですよ」

 レーアはマリリアの手を握り、その赤くなった目を見つめて言った。マリリアはレーアの手を握り返し、

「ありがとう。貴女はやっぱり強いわ」

「そんな事ないです」

 レーアは顔を赤らめて否定する。そして、

「メックは絶対に生きています。信じましょう、マリリアさん」

 マリリアは目を見開いた。

(知られていたの?)

 レーアはマリリアが驚愕しているのに気づき、

「メックを愛しているんです。貴女がメックに向ける眼差しを見て、気づかない訳がないです」

 今度はマリリアの顔が火照っていった。

「女性としての魅力では、貴女に勝てる要素がないですけど絶対に負けませんよ」

 レーアは微笑んでマリリアに告げる。マリリアは目を潤ませて、

「ええ。私も負けないわ」

 恋のライバルは抱き合った。互いを支える事を誓い合って。


「誰を探してるんだ、タイタス?」

 カリブ海に向かうジェットヘリに乗り込むためにヘリポートの来ているナスカートは、挙動不審なタイタスを見て言った。

「だ、誰も探してないよ」

 タイタスは嫌な汗をたくさん掻きながらナスカートの目を見ずに応じる。ナスカートはニヤリとし、

「嘘が下手だな、タイタス。お前のお目当ての姫が今来たぞ」

 タイタスはギクッとしながらも基地の方を見た。そこにはレーアとマリリアが並んで歩いて来るのが見えた。その後ろから、ステファミーとアーミー、そしてザラリンド・カメリスとアイシドス・エスタンもやって来る。

「マリリアさん、レーアを毛嫌いしていると思ったんだけど」

 イスターが呟くと、ナスカートが、

「女ってわからねえよな、イスター」

 いきなり肩を組んで来た。

「え、ええ……」

 イスターは体重をかけて来るナスカートにうんざりしながら応じた。ナスカートは基地の人間がほぼ全員ヘリポートに来たのを確認すると、

「俺達はもうここに帰って来る事はない」

 いきなりの発言にレーア達が仰天した。一同がざわつく中、エスタンが何かを言おうとした時、

「俺達は一気に帝都を陥落させる。だからもうここには戻る必要はない。基地に残る人達は戦勝報告が入電したら、サッサと荷物をまとめてアイデアルに来て欲しい。その頃はすでに帝都ではなく連邦首都に戻っているだろうけど」

 ナスカートが言い添えた言葉を聞き、レーアはホッとしてマリリアと顔を見合わせた。

「では、行きます」

 ナスカートはエスタンに敬礼した。

「戦争終結の後の事は、貴方に全て任せますので」

 ナスカートはそう言うとエスタンの返事も聞かずにヘリに乗り込んでしまった。

「タイタス、無理しないでね」

 レーアが目を潤ませてそう言ってくれたので、

(もう思い残す事はない)

 タイタスはそこまで覚悟を決めた。

「カメリスさん、戦況の把握、よろしくお願いします」

 エスタンが言った。カメリスはアーミーにしがみつかれたままで、

「はい」

と応じた。

「イスター、お願いね」

 ステファミーが涙を堪えて言うと、イスターは微笑んで応じ、扉を閉めた。やがてヘリは爆音と共に飛び立ち、ジェットエンジンを点火させて晴れ渡った青空の彼方に消えてしまった。

「いよいよ最終決戦か……」

 ヘリが消えた空を見上げたままで、エスタンが呟いた。


 彼らが目指すアイデアルの大帝府の大帝室では、ソファに座って震えているミッテルム・ラードの姿があった。その向かいには顔を真っ赤にして彼を睨みつけるタイト・ライカス補佐官兼帝国軍司令長官がいる。部屋の主のザンバースは窓際に立ち、外を眺めていた。

「どういうつもりなのだ、ミッテルム? 兵力を集中させたフローダで大規模な爆発事故が起こったという報告を受けた」

 普段は冷静な顔のライカスが激怒しているのは、情報部の工作員が仕掛けた爆薬の誘爆による死者の大半が駐留していた帝国軍兵士だと知ったからである。ミッテルムも惚ける事ができず、今度こそおしまいだと思っていた。

「その事故による我が軍の死者は数千人と予測されている。まだ爆発は収まっておらず、正確な状況は把握できていない」

 目を逸らせているミッテルムの顔を覗き込むようにしてライカスは続けた。

「それで」

 突然外を見ていたザンバースが口を開いたので、ミッテルムはもちろんの事、ライカスまでがビクッとして彼を見た。ザンバースはゆっくり振り返ってミッテルムを見下ろす。ミッテルムの額から大量の汗が流れ落ちるのをライカスは見た。

「リトアム・マーグソンは見つかったのか? あるいは死亡が確認されたのか?」

 ザンバースは目を細めてミッテルムを見ている。ミッテルムはザンバースを見上げたまま一言も発しない。ザンバースはミッテルムに歩み寄った。ミッテルムは歯の根も合わないほど震え出した。ライカスは緊張のあまり口の中が乾いていくのを感じている。

(この場で射殺されるのか……)

 ミッテルムは気絶しそうだった。しかしザンバースはミッテルムの前まで来ると、

「その様子ではまだどちらでもないようだな、ミッテルム?」

 ミッテルムは息が止まってしまった。ザンバースはミッテルムの様子を見てフッと笑い、

「引き続きマーグソンの捜索をしろ。奴は何としても見つけ出せ」

と言うと、自分の席に行ってしまう。その一連の動きを見て、ライカスは呆気に取られてしまった。

(ミッテルムの処分はないというのか……)

 ザンバースは椅子に身を沈め、煙草に火を点けた。

「またあれを使うしかないか」

 彼は天井を見上げた。ライカスは「あれ」の意味がわかり、顔を引きつらせた。

(キラーサテライトか……?)


 エメラズ・ゲーマインハフトの部隊はヨーロッパ州の州都であったパリスに到着していた。囚われの身のカミリア・ストナーとドラコス・アフタルは装甲車から司令部に移された。ゲーマインハフトは司令部の中を改装させ、新たな自分の拠点にするつもりなのだ。

(ヨーロッパはアイデアルから直接攻撃ができる地点だが、同時にこちらからも同じ事ができる)

 どこまでも狡猾で野心家のゲーマインハフトはニヤリとして司令官の部屋の椅子に座った。

ほこりを被っているかと思っていたけど、想像以上に奇麗だね」

 嬉しそうに部屋の中を見回す司令官を横目で見て、部下達は今後の動向を気にしていた。

(これで私は四つの司令部を制圧した事になる。これをどう思う、ザンバース?)

 彼はザンバースの動き次第で展開を考えるつもりだった。

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