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第六十九章 その三 救国の英雄の暗躍

 カミリア・ストナーとドラコス・アフタルを乗せたエメラズ・ゲーマインハフトの大型装甲車は、太陽の光で輝く地中海沿岸を走行していた。

「ここは……」

 悔しさで泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていたカミリアは小窓から射し込む日光を感じ、顔を上げた。

(あれからどれくらい経過したのだろう?)

 一度だけドアの近くに見張りが来たのは気づいたが、それもいつだったのかはわからない。部屋は調度品は行き届いているが、時計はないからだ。彼女はベッドから起き上がり、小窓から外を見た。見えるのはエメラルドグリーンの海だけである。

(地中海? ゲーマインハフトは何処に向かおうとしているの?)

 カミリアは眉をひそめた。彼女はてっきり東アジアに向かっていると思っていたのだ。

(奴が野望を抱いているという噂は本当なのか? ザンバースを裏切るつもりなのか?)

 カミリアの推測は半分当たっていた。

「お目覚めかね、お嬢さん」

 そこへ不意にゲーマインハフトが入って来た。虚を突かれたカミリアはビクッとして身を翻した。

「昨夜は愉しませてもらったよ。お嬢さんも途中から愉しんでいたようだったね」

 ゲーマインハフトは下卑た笑みを浮かべた顔をカミリアに向ける。

「そんな事はない」

 カミリアは彼を睨みつけた。だがそれは嘘だ。カミリア自身、自分が感じてしまっていたのは自覚している。しかし、それを認めてしまうと、心までけがされてしまう気がして、否定したのだ。

「そうか? 随分と可愛い声で鳴いていたと思ったが」

 ゲーマインハフトは目を細めてニヤリとした。カミリアはその言葉に赤面し、顔を背けた。

「恥ずかしがる事はないよ、お嬢さん。経験豊富そうな顔をしているのに、実はほとんど男を知らないのだから。身体が反応してしまうのは無理もない事だ」

 ゲーマインハフトは更に追い討ちをかけるように言った。カミリアは耳を塞いで首を横に振った。ゲーマインハフトはカミリアの反応を愉快そうに見て、

「朝食はここに運ばせよう」

と言うと出て行ってしまった。カミリアはドアが閉まる音を聞くと耳を塞ぐのをやめ、顔を上げた。

(あの男だけは絶対に……)

 彼女は涙を浮かべて歯軋りし、ドンと壁を右の拳で叩いた。


 地球帝国の首府であるアイデアルの大帝府はまだ夜明け前である。しかし、ザンバースのいる大帝室は明かりが点いていた。

「その情報は確実か?」

 ソファに腰を下ろしたザンバースは向かいに座った情報部長官のミッテルム・ラードを見た。

「はい、間違いありません。フローダ半島の街で私の部下が直接目撃しています」

 ミッテルムは辺りを憚るように声を低くして応じる。ザンバースは眉間に皺を寄せた。

「奴のてのひらの上で踊らされているというのか、我々は?」

 ザンバースの目が鋭くなったのを見て、ミッテルムは思わず息を呑んだ。

(普段は冷静沈着な大帝だが、あの男の事となると話は別のようだな)

 ザンバースはミッテルムを見て、

「その後の足取りは?」

「わかりません。奴を目撃した部下はその直後に遺体で発見されておりますので」

 ミッテルムは事も無げに言う。ザンバースは自分の部下を失った報告を無感情にするミッテルムを一瞥してから立ち上がり、

「一人で行動させるな。最低五人で班を組み、活動させろ。奴の強さは並みの人間では対応できない」

 ミッテルムはザンバースを目で追いながら立ち上がる。

「わかりました」

 ザンバースはほとんど明かりが点いていないアイデアルの町並みを窓から眺めた。

「ドッテルの阿呆がこの街を廃虚にしてしまった。復興には時間がかかるな」

 不意に全く無関係な事を言い出すザンバースにミッテルムは唖然としかけたが、

「はあ、そうですね」

 それだけ応じると退室しようとした。

「奴を発見したら何もするなと伝えろ。只動きを監視するだけでいい」

 ミッテルムの背中にザンバースが命じた。ミッテルムは慌てて振り返り、

「しかしそれでは奴の阻止はできませんが?」

「阻止の必要はない。恐らく奴はおとりだ」

 ザンバースは自分の椅子に身を沈めながら言った。

「囮、ですか?」

 ミッテルムは開けかけたドアを閉じる。

「その可能性が高い。只、何のためなのかがわからんがな」

 ザンバースはミッテルムに背中を向けた。ミッテルムは退室しろという合図だと悟り、

「了解しました」

 敬礼してドアを開け、廊下に出た。

(リトアムめ、何を企んでいるのだ?)

 ザンバースは目を細め、煙草に火を点けると勢いよく煙を吐き出した。


 南米基地では、帝国軍の本隊が大艦隊を編成してカリブ海制圧に乗り出そうとしている情報を得て、動きが慌ただしくなっていた。

「集められる人員はできる限り集めてくれ。また帝国にカリブ海を制圧されたら、もう奪回は難しい」

 ナスカートは車椅子をやめ、杖を突いて司令室に現れ、各部署に指示を出していた。

(ジャマイ島の基地はメックが命懸けで獲ったんだ。何としても守り切り、北米大陸への足がかりにする)

 しかし、レーアはまだメキガテル・ドラコンの死を認めていない。絶対に生きていると信じている。

(俺だってメックが死んだなんて思いたくない。でもそんな幻想は今振り捨てないと勝てない)

 だが、レーアにはそれが言えないナスカートである。

「無理しないで、ナスカート」

 そんなナスカートの葛藤を知らないレーアは彼がメキガテルの代理を務めようとして身体を酷使しているのを心配している。

「大丈夫だよ、レーア」

 ナスカートがレーアの肩に手を置くと、

「ナスカート、ユカターン半島からの艦隊の展開なんだけど……」

 タイタスがあからさまにそれを阻止するように割って入る。

「ごめん」

 レーアはナスカートが忙しいのだと理解し、ザラリンド・カメリスを中心に活動しているコンピュータ班に近づいた。

「お前なあ……」

 ナスカートはタイタスを見た。しかしタイタスは、

「どうかした?」

 わざとらしく惚ける。ナスカートは彼の態度に呆れ果て、

「俺に当たるより、直接レーアに告白した方が早いぞ、タイタス」

「俺だってそこまでバカじゃないよ」

 タイタスは小声で反論した。ナスカートは眉をひそめて、

「どういう事だ?」

 タイタスはチラッとステファミー達と話しているレーアを見て、

「レーアはメックが生きて帰って来るって信じてるんだ。そんな彼女に告白なんてできるほど俺はバカじゃない」

 ナスカートは目を見開き、タイタスをマジマジと見つめた。

「な、何だよ?」

 不満そうに口を尖らせ、タイタスはナスカートを見返した。

「成長したな、タイタス」

 ナスカートは子供にするようにタイタスの頭を撫でた。

「何するんだよ!?」

 タイタスは鬱陶しそうにその手を跳ね除けた。

「何をじゃれ合ってるのかしら、あの二人?」

 それを見ていたレーアが呟く。ステファミーはレーアの鈍感さに呆れ返りながらも、

「そうね」

としか応じなかった。

「ナスカート、タイタス、ふざけている暇があるのなら、こっちを手伝ってよね」

 レーアはムッとした顔で二人をたしなめた。ナスカートとタイタスは顔を見合わせて笑い出してしまう。

「何がおかしいのよ、もう!」

 レーアが口を尖らせる。

(か、可愛い)

 タイタスは思わず彼女の顔に見とれてしまい、

「ボサッとしてるなよ、タイタス」

 ナスカートに頭を軽く叩かれた。

「いい加減にしなさいよ、二人共!」

 レーアが怒鳴ったので、ナスカートとタイタスは慌ててその場を離れた。


 ゲーマインハフトの部隊はヨーロッパ州の司令部があったパリスに向かっていた。

(ザンバースめ、私が勝手な動きをしているのをわかっているはずなのに何故何もしない?)

 彼は窓から見える空を見上げた。

(いつでも始末できるという事か?)

 ユーラシア大陸とアフリカ大陸を事実上手中に収めているゲーマインハフトが反旗を翻さないのは、衛星兵器「キラーサテライト」があるからだ。

(もう少し待たないとね)

 ゲーマインハフトは苦笑いをして立ち上がった。

「あの女、手懐てなずけるのは容易かも知れないね)

 彼は部屋を出るとカミリアの元に向かった。

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