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第六十九章 その一 アフタルとゲーマインハフト

 雪の降りしきる中をエメラズ・ゲーマインハフトの搭乗する装甲車まで連行されたカミリア・ストナーとドラコス・アフタルは、暖房の効いた彼の部屋に通された。

「すまなかったね、寒い夜道を歩かせて」

 豪奢な背もたれの椅子に深々と腰かけて酒の入ったグラスを掲げたゲーマインハフトが言った。

「宣言通り、部下達には寛大な処置を頼む。犠牲になるのは私だけでいい」

 カミリアはゲーマインハフトを睨みつけて言った。

(トレッド、ようやくあんたのところに行けそうだ)

 彼女は片思いの相手であった今は亡きトレッド・リステアに心の中で語りかけた。

「いや、貴女は犠牲になる必要はない」

 ゲーマインハフトはニヤリとしてグラスの酒を飲み干す。カミリアはビクッとした。

「まさか……!?」

 彼女はアフタルと顔を見合わせた。

「私の兵達も僅かながら犠牲になった。だから、あんたらの兵達にも犠牲になってもらうよ」

 ゲーマインハフトは空のグラスをテーブルの上に置き、カミリアを下卑た笑みを浮かべて見た。

「貴様、やはりそういう事か! どこまでも汚い奴め!」

 アフタルが掴み掛かろうとして兵に取り押さえられた。

「あんたはまだ使い道がある駒だから生かしてやってるんだよ、アフタル。態度を改めないと、寒空の下に置き去りにするよ」

 ゲーマインハフトの顔が険しくなった。彼は椅子から立ち上がると、押さえつけられたアフタルの腹を軍靴で蹴った。

「ぐう……」

 アフタルは脂汗を垂らして膝を折った。しかし兵達はアフタルを支え、倒れさせない。

「ならば私も殺せ!」

 カミリアが怒りに震えてゲーマインハフトに怒鳴る。彼女もまた兵達に肩を掴まれて動きを封じられた。

「お前ほどの上玉を殺すはずがないだろう? その身体で私をたのしませるんだよ」

 ゲーマインハフトの真意を知り、カミリアは全身に鳥肌が立つのを感じた。

(私の身体で、愉しませる?)

 ゲーマインハフトが自分の身体を舐めるように上から下まで見ているのに気づき、嘔吐しそうになった。

「私を愚弄するのか? そんな要求、応じられない」

 カミリアは身体の反射を押さえ込み、ゲーマインハフトに言い返した。するとゲーマインハフトは、

「ならばお前の部下の中から代わりを探すしかないな」

 してやったりの顔でカミリアを見る。カミリアは悔しさで涙が出そうだったが、ここで泣いたら余計つけ入られると思い、こらえた。

「見下げ果てた奴だな、貴様は……」

 アフタルが苦しそうに息をしながら言った。

「やかましいよ、てめえは! 今すぐ殺してやろうか!?」

 ゲーマインハフトはアフタルの腹を殴りつけた。

「うぐ……」

 アフタルの口から血の混じった涎が垂れた。

「さあ、どうする、カミリア・ストナー? 部下を探しに行かせた方がいいか?」

 ゲーマインハフトは顔を背けたカミリアを覗き込んで尋ねた。

「どっちなんだよ!?」

 ゲーマインハフトはカミリアの顎を右手で掴んで強引に引き上げた。その目は血走り、剥き出しになった歯は野獣のようだ。

「わかった。部下を探すのはやめてくれ。それから、部下の命は助けてくれ。何でもするから……」

 カミリアは潤んだ瞳でゲーマインハフトを見て言った。彼女にはすでにゲーマインハフトを睨む気力も残っていなかった。

「いい子だ」

 ゲーマインハフトはフッと笑い、カミリアの顎から手を放した。

「お嬢さんにはお部屋をあてがえ。そっちの屑にはまだ話がある」

 そう命じると、彼は椅子に沈み込んだ。カミリアを取り押さえていた兵達は彼女を引き摺るようにして部屋を出ていった。アフタルを押さえていた兵達は彼をひざまずかせた。

「お前にはこれから反乱軍との戦いで人間の盾になってもらう。光栄に思えよ、アフタル」

 ゲーマインハフトは新に酒を注がせたグラスを持ち、アフタルを見た。

「私を取引材料にするつもりなら、やめておけ。私にそれほどの価値はない」

 アフタルは血反吐を吐き出して言った。ゲーマインハフトはニヤリとして、

「そいつはお前が決める事じゃないよ、アフタル。使い方次第で、あんたは最高の盾になるのさ」

 アフタルは狡猾なその顔を憎らしそうに見上げた。


 南米基地にヨーロッパ解放戦線の壊滅の一報が入った。

「何て事だ……」

 ナスカートはそれを聞いて天を仰いだ。

「カミリア……」

 レーアはかつて一緒に戦った事のあるカミリアの身を案じた。

「多くの兵が投降して解放されたようですが、幹部クラスは銃殺されたようです」

 ザラリンド・カメリスが悲痛そうな顔で続けた。アーミーはすでに泣いており、ステファミーはイスターに寄りかかっている。

「そして、カミリアさんとドラコス・アフタル元西アジア州知事は囚われの身となり、ゲーマインハフト軍に連行されたようです」

 ナスカートは悔しそうに拳を握りしめ、何度も車椅子の肘掛けを叩いた。

「間に合わなかった……」

 レーアは歯軋りするナスカートの背中を抱きしめた。それを見てタイタスがいきり立ったが、人目が多いので何もできない。

「それだけではありません。北米の仲間からの情報では、帝国軍本隊が展開を始めたようです」

 カメリスはナスカートの様子を窺いながら言った。ナスカートはハッとしてカメリスを見た。

「本隊が動き出したのですか?」

「はい。まだどう展開するのかはわかりませんが、北米各地で戦闘を続けていた部隊が同時にアイデアルに向かって進軍しているようです」

 カメリスはプリントアウトした画像をナスカートに手渡した。レーアもそれを覗き込んだ。

「おかしくないですか、この動き?」

 ナスカートがアイシドス・エスタンを見た。エスタンはプリントを見て、

「確かに妙だね。カリブ海に出るのであれば、アイデアルではなく、フローダ半島に集結すべきだ。どういう事だろう?」

 そう言われ、カメリスも何か思い当たる事があったのか、コンピュータのキーボードを叩いた。

「そう言えば、かつての同僚からある情報を入手しているんですが……」

 彼はすばやくそのメールを呼び出してプリントアウトし、レーアに渡した。

「え?」

 何故自分に差し出されたのかわからなかったレーアはキョトンとしてその紙を見た。

「あ、これ、私の家……」

 そこにはレーアが住んでいた邸の写真が写っていた。

「重要なのは、その下の文章なんです」

 カメリスはレーアを見上げて言った。レーアはそれに頷き、写真の下に書かれている文を読んだ。

「リトアム・マーグソンさんが現れたのですか!?」

 彼女は目を見開いてカメリスをもう一度見た。その名前を聞き、ナスカートとエスタンがハッとした。

「そういう事か」

 ナスカートは軍の妙な展開に合点がいった。軍はカリブ海に進攻するのではなく、アイデアルに現れたリトアム・マーグソンを捜索するために動いたのだ。

「私の家に姿を見せて、それ以降消息不明。帝国情報部が足取りを追っているそうよ」

 レーアはナスカートにプリントを渡した。

「しかし、大袈裟だな。リトアム・マーグソンは確かに救国の英雄だけど、軍をそこまで投入する程か?」

 ナスカートがそう呟くと、

「いや、大袈裟ではないよ、ナスカート君。マーグソンさんが本気で動けば警察程度では押さえ切れない。軍が動くしかないのだよ」

 エスタンが口を挟んだ。ナスカートばかりでなく、レーア、カメリス、アーミー、タイタス、ステファミー、イスターと司令室にいた者が全員驚愕してしまった。

「ジャマイ島奪還に動かないのも、その隙をマーグソンさんに突かれたくないからなのか」

 ナスカートは目を見開いた。

「マーグソンさんは強いだけではなく、優秀な戦略家でもあった。だから、帝国は警戒しているのだろう。あの方の凄さを間近で見ていたザンバース君であれば、尚の事よくわかっているはずだ」

 エスタンはチラッとレーアを見て、慎重に言葉を選ぶように言った。


 アフタルとゲーマインハフトの話はまだ続いていた。

「どうしてもカミリア君を自分のものにするつもりか?」

 部屋を連れ出されかけた時、アフタルが尋ねた。ゲーマインハフトはグラスをテーブルに戻して、

「何だい、あんたもあの女を狙っていたのかい?」

 嫌らしい笑みを浮かべたので、アフタルは、

「お前と一緒にするな、外道め! 女と見れば手を付けるその愚行は、昔から変わらんな」

「何とでも言え、屑が。勝った者が全てを手に入れるのはいつの時代も同じだろう?」

 ゲーマインハフトは顎を動かして指示した。兵達は頷き、アフタルを部屋から引きずり出した。

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