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第六十八章 その三 ヨーロッパ解放戦線壊滅

 カミリア・ストナー率いるヨーロッパ解放戦線の部隊は雪と氷に進行を阻まれ、追撃して来る帝国軍のエメラズ・ゲーマインハフトの軍の攻撃を受けていた。

「どこまで逃げるつもりだい、お嬢さん?」

 ゲーマインハフトの最終目標はカミリアそのものだ。女性のような物腰と口調で、彼は勘違いされ易いのだが、相当な好色家である。妻を持たない事が彼の疑惑を深めているのだが、彼は束縛されるのが嫌いなだけである。部下の中にも昇進を餌に身体を求められた女性兵士は数多くいる。しかも彼はそれを東アジア州知事時代から続けているのだ。彼の秘書は全員彼に抱かれている。そして、幾人もの女性が消息を絶っているのも事実である。彼の好色ぶりを知り、女性の兵士が転属願を数多く出しているのを、上司であったリタルエス・ダットスは全て聞き入れ、自分の元に転属させ、同じく関係を求めた。どちらも甲乙つけ難い屑なのだ。

(カミリア・ストナー、必ず私の下に来てもらうよ)

 ゲーマインハフトは下卑た笑みを浮かべて、狭い装甲車の窓から見える降りしきる雪を見た。


 そのカミリアは、ゲーマインハフト軍が一向に距離をつめて来ないのに不信感を抱いていた。

(やはりこの先で待ち伏せしているのか?)

 カミリアは通信マイクを掴むと、

「全部隊、停止。敵の意図が掴めるまで前進を中止する。各部隊の隊長は私の装甲車に来てくれ」

 カミリアは作戦会議を招集した。


 ナスカートはジャマイ島の施設の復興に取りかかるように指示を出し、同時に北米大陸の共和主義者やパルチザンと連携して、帝国軍の反撃に備えるために空母と巡洋艦、駆逐艦を展開させた。

(鼻先に俺達が迫っている割には、帝国軍本隊が動いた様子がない。何を企んでいるんだ、ザンバース?)

 彼は旧帝国軍と戦ったリトアム・マーグソンが動いているのを知らないため、ザンバースが何も仕掛けて来ないのを不審に思っていた。

(メックが消息不明なのは帝国も掴んでいるはずだ。だとすると、やはりザンバースはヨーロッパを先に手中に収めるつもりか?)

 最終的にはカミリアに援軍を送るつもりではいるが、時間的に間に合わないかも知れないとナスカートは歯噛みした。

「ナスカート、無理しないで」

 レーアがコーヒーの入ったカップを差し出す。

「ありがとう」

 ナスカートはレーアを見ずにカップを受け取り、一口飲んだ。

(今レーアを見たら、メックとどこまで進んだのか訊いちまいそうな自分が情けない……)

 重大な局面を迎えているのに個人的な事が気になってしまうナスカートは一気にコーヒーを飲み干すと、レーアに突き返した。

「ナスカート……」

 車椅子を押して自分から離れて行くナスカートを潤んだ瞳で見つめるレーアの肩をアイシドス・エスタンがそっと叩いた。

「おじ様……」

 レーアはぎこちない笑みを浮かべてエスタンを見た。エスタンは彼女を微笑んで見つめ、

「彼は貴女の事が好きなのではないかな、レーアさん?」

「ああ、ええ、女の子はみんな好きなんですよ、ナスカートは」

 レーアはコンピュータを操作していたザラリンド・カメリスと話しているナスカートをチラッと見て応じた。エスタンはレーアの肩から手を放して、

「そう思うかね? その好きとは違う気がするのだがね」

「え?」

 エスタンに言われて、レーアはドキッとした。いつも冗談混じりの会話ばかりして来たナスカートの真意を知った気がしたのだ。

(ナスカートは本気で私を?)

 そう思うと、顔が熱くなるレーアだった。

「はい、ジャマイ島の復興プランの素案ができたそうです」

 レーアにつっけんどんな態度をとったナスカートを見ていたタイタスが彼の膝の上にドンと分厚い資料を叩きつけるように置いた。

「お、ありがとう、タイタス」

 ナスカートはビクッとしてタイタスを見上げ、愛想笑いをした。

「じゃあ、よろしく頼みます、カメリスさん」

 ナスカートはカメリスにそう言ってから、改めてタイタスを見た。カメリスは二人の様子を察して、アーミーと共に目の前のコンピュータに向かった。アーミーは相変わらず嬉しそうにカメリスと話している。

「何だよ、タイタス。俺に恨みでもあるのか?」

 ナスカートは小声で尋ねた。するとタイタスは、

「命の恩人のあんたに恨みなんかないよ。恨みはないけど……」

 意味あり気に言葉を切ったタイタスの顔をナスカートは覗き込んだ。

「恨みはないけど?」

 そして鸚鵡おうむ返しに尋ねる。タイタスはナスカートに顔を近づけて、

「不満はあるよ。さっきのレーアに対する態度、何だよ」

 ナスカートは俯いて苦笑いをした。

はたから見ていても、あれは酷いか……)

 そしてタイタスを見上げる。

「わかったよ。レーアには後で謝っておく。お前、まだレーアの事が好きなのか?」

 からかうように言われたので、タイタスは真っ赤になった。

「か、関係ないだろ!」

 焦って駆け去るタイタスをナスカートは微笑ましそうに見送った。


 カミリア達が進行を停止すると、ゲーマインハフト軍も進軍を停めた。カミリアの疑惑は更に深まった。

「ゲーマインハフトの軍の行動をみんなはどう感じているか、聞かせてくれ」

 装甲車の狭いミーティングルームに集まった部隊長達を見渡して、カミリアは言った。

「確かに不気味です。奴が一気に攻めて来ないのは、この先に罠があるからだと考えます」

 第一部隊の隊長が言った。

「自分もそう思います。このまま進むのは危険だと考えます」

 第二部隊の隊長が第一部隊の隊長を見てから口を開いた。

「君はどう思う?」

 カミリアは第三部隊の隊長を見た。彼はしばらく考えてから、

「ゲーマインハフトは常に最小限度の犠牲で戦いに勝利して来たと言われています。監視部隊の報告によりますと、連中の車両は寒冷地仕様で、その気になればいつでも我々に追いつけるものだとか……。挟み撃ちの可能性も否定できませんが、ずる賢い奴の事です、もっと別に企んでいる事がある気がします」

 そこまでは考えられるとしても、まさかゲーマインハフトの目的がカミリアだとは夢にも思っていない。

「私もそう思う。隣の州知事だったからよくわかるのだが、奴の悪名は知事時代から酷かったからね」

 元西アジア州知事のドラコス・アフタルが口を挟んだ。カミリアはアフタルを見て、

「わかりました。ゲーマインハフトがこの先に罠を仕掛けていようがいまいが、進軍は何の利もないようです。ここで奴らを迎え撃ち、撃滅します」

 集まった部隊長達は互いに顔を見合わせた。


 ゲーマインハフトは、カミリア達がまた進軍を停止したのを知った。

「そろそろ限界だろう。連中は攻撃を仕掛けて来る。今度は威嚇ではなく、全力で攻撃しろ。但し、お嬢さんの搭乗している装甲車は撃つんじゃないよ」

 ゲーマインハフトはニヤリとして命令した。


 ナスカートとレーアはケスミー財団の遺した監視衛星から送られて来た画像をカメリスに見せられていた。

「ヨーロッパ解放戦線の部隊がゲーマインハフト軍と戦闘状態?」

 ナスカートはカミリアが堪えてくれると思っていたので、心底驚いていた。

(恐らくゲーマインハフトの真の狙いはカミリア達が堪え切れなくなるのを待つ事だ)

 ナスカートは車椅子の肘掛けをガンと強く叩いた。レーアがそれを見て、

「ナスカート……」

 気遣わしそうに彼の肩に手をかけた。

「カミリア……」

 彼は歯軋りして、悔しがった。


 ナスカートの心配した通り、ヨーロッパ解放戦線の部隊は狡猾なゲーマインハフトの罠にはまり、戦闘を開始して間もなく、壊滅状態に陥った。カミリア達が捕捉していたゲーマインハフトの部隊は実際に展開していた規模の三分の一で、戦力差は三対一以上だった。物量作戦を好まないゲーマインハフトであったが、彼らを屈服させるために全部隊を投入したのだ。実際に戦闘に関わったのは、そのうちのごくわずかであったが。

「投降者には寛大な処置をする。抵抗が無駄なのは賢明な諸君にはよくわかっているはずだ」

 ゲーマインハフトは吹雪の中、外部スピーカで呼びかけた。部下思いのカミリアは最後まで抵抗しようとする部隊長達を説得し、投降に応じさせた。

「君達は投降すれば助かる。機会を窺ってくれ」

 カミリアは泣いている部下達に言葉をかけ投降させた。そして、アフタルと共に装甲車を降り、拘束に来た兵士達に向かって歩き出した。

「実物は写真よりずっと美人だねえ」

 横風で立っているのもままならないような天候の中をアフタルと共に兵士に連れられて近づいて来るカミリアを見て、ゲーマインハフトは呟いた。

「カミリアを私の装甲車に入れたら、他の幹部クラスは全員射殺しろ。但し、ドラコス・アフタルは使えるから、生かしておくんだ」

 ゲーマインハフトは側近に耳打ちした。


「ヨーロッパが制圧できました」

 帝国軍司令長官を兼務するタイト・ライカス補佐官が誇らしそうに大帝室で報告した。椅子に身を沈めたままのザンバースは大して関心がなさそうにライカスを見やり、

「そうか。ならば次はジャマイ島奪還だ」

とだけ言うと背を向けた。

「いえ、その前に大帝のお命を狙うリトアム・マーグソンの捜索が先です。軍の工作部隊も投入して……」

 ライカスがそこまで言うと、

「出て行け」

 ザンバースが低い声で言った。ライカスはビクッとして言葉を飲み込み、後退りしながら、ドアに手をかけた。

「し、失礼しました!」

 彼は逃げるように大帝室を出て行った。

(マーグソンめ、貴様のせいで作戦が大幅に変更を余儀なくされたぞ)

 ザンバースは歯軋りしていた。

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