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第六十八章 その二 北の果て

 カリブ海に浮かぶジャマイ島の帝国軍基地が爆炎に包まれてから一日が経った。それでもなお、メキガテル・ドラコンの消息は不明のままだった。

(メック、本当にお前は死んでしまったのか……?)

 親友のカラスムス・リリアスは零れそうになる涙を堪えた。泣いてしまったら、メキガテルが帰って来なくなると思っているからだ。彼らの部隊は幾体もの性別すらわからない炭化した遺体を発見し、地面に敷かれたブルーシートの上に運んだ。

「タイタスとイスターを帰還させて正解だったな。あの若さでこの惨状を見たら、トラウマになる」

 リリアスは捜索を続けようとした二人を命令だと言って空母に戻らせ、混乱している南米基地に戻ってレーア達をサポートするように言ったのだ。

「たくさんの戦場を経験したが、ここまで悲惨なのは初めてだ」

 リリアスは遺体に黙祷をして現場に戻って行く。彼の部下達も顔を見合わせ、悲痛な表情でリリアスについて行った。


 一方、南米基地の事実上のトップの立場になったナスカートは、ジャマイ島を帝国軍が奪還に動くのを警戒していた。

「カメリスさん、帝国の動きはどうですか?」

 彼は車椅子をタイタスに押してもらいながらザラリンド・カメリスに近づいた。カメリスはコンピュータを操作し、彼が勤務していたケスミー財団が誇る監視衛星にアクセスしているところだ。

「こちらに対する動きは見られません。むしろ、ヨーロッパのゲーマインハフト軍が活発に展開しています」

 カメリスは天井の大型スクリーンに監視衛星からの映像を転送して言った。司令室の一同が一斉にスクリーンを見上げる。

「カミリア達が危険だな」

 ナスカートは顎に手を当てて呟いた。

「援軍を送れないの?」

 レーアがナスカートを見る。ステファミーとアーミーも彼を見た。

「帝国がこちらに仕掛けて来ないのは、それを待っているからかも知れない。だとすると、ヨーロッパに援軍を送った途端にジャマイ島に攻め込まれる可能性がある」

 ナスカートはレーアを見上げて応じた。レーアはスクリーンを見上げたままで、

「帝国がジャマイ島に進撃して来ないのは、南米が脅威でなくなったからよ。メックが……」

 レーアは自分が泣いているのにその時ようやく気づいた。涙が頬を伝わり、胸の前で組んでいた手に零れ落ちたからだ。

「レーア……」

 ステファミーとアーミーはレーアの肩に手をかけ、目を潤ませて彼女を見た。

「ごめん、大丈夫……」

 レーアは力なく微笑み、涙を拭った。

(聞きたくなかったなあ、レーアがメックと結婚の約束までした事なんかさ……)

 ナスカートは健気なレーアを見て思った。

「レーア、メックは生きてる! 絶対に!」

 タイタスはナスカートの車椅子から離れ、レーアに近づいた。レーアは赤くなった目でタイタスを見て、

「ありがとう、タイタス」

と言うと、彼に抱きついた。タイタスは気が動転し、どうしていいかわからなくなった。

「イスター……」

 肩を落としているステファミーを心配して、イスターが彼女の手を握った。

「タイタスの言う通りだ。メックはきっと生きているさ」

「うん……」

 ステファミーはイスターに寄り添った。

「元々はジャマイ島進攻は足がかりに過ぎなかった。本当の狙いは北米大陸、その先の帝都アイデアル。ならば、俺達は作戦を遂行するのみだ」

 ナスカートはしんみりとし始めた司令室の空気を変えるためにそう言った。

「カリブ海を制圧し、カミリア達に援軍を送る。今はその作戦でいこう」

 彼はよろけながら車椅子から立ち上がった。

「ナスカート!」

 レーアに抱きつかれていたタイタスが我に返り、ナスカートを支えた。


 その帝都アイデアルの大帝府の最上階にある大帝室で、帝国軍司令長官のタイト・ライカスとザンバースがソファで向かい合っていた。

「リトアム・マーグソンの事か」

 ザンバースはライカスが旧帝国との戦いで英雄と呼ばれた男の消息を尋ねて来たので、そう言って煙草に火を点けた。

「はい。ミッテルムからの情報ですと、マーグソンは大帝の暗殺を狙っている節があるとか」

 ライカスは眉間に皺を寄せて言った。ザンバースは紫煙を吐き出しながら、

「かも知れんな」

 全く動じた様子もなく応じる。ライカスは落ち着き払ったザンバースの態度を不審に思い、

「大帝はどうお考えなのでしょうか? マーグソンは急進派や反乱軍よりも大きな障壁だとお聞きした覚えがあります」

 ザンバースは煙草をもう一度口にくわえ、

「今もそう考えている」

「でしたら、どうなさるおつもりか、お教えください」

 ライカスは身を乗り出して言った。ザンバースはライカスの肩を右手で突いて彼をソファに戻してから、

「司令長官が浮き足立っては困るぞ、ライカス。狙われているのは私で、お前ではない」

 ザンバースの目が鋭くなり、ライカスを射るように睨んだ。ライカスは息を呑んで身を引いた。

「策はある。お前はヨーロッパの今後の事でも心配していろ」

 ザンバースはそれだけ言うとソファから立ち上がり、自分の椅子に座って背を向けてしまった。出ていけというサインである。

「し、失礼します」

 ライカスは慌てて立ち上がり、退室した。

(ミッテルムめ、余計な事をライカスに吹き込んだな)

 ザンバースは煙草を灰皿にねじ伏せ、椅子に身を沈めた。


 真っ暗闇の中、ヨーロッパ解放戦線を率いるカミリア・ストナーは多くの部隊と共に北へと後退を続けていたが、北極圏に突入した事で、進行速度が低下していた。周囲は雪と氷で覆われており、ホバーカーやホバーバギーは問題ないが、戦車や装甲車が前進を阻まれていた。

「敵の動きはどうだ?」

 カミリアはレーダー係に尋ねた。レーダー係は、

「速度変わりません。連中は元々速度が遅かったですから、氷雪の影響は少ないようです」

「だが、このままだと追いつかれる恐れがある。どうしたものか……」

 カミリアは腕組みをして考え込んだ。

(ゲーマインハフトがこれほど単調な作戦を展開するとは思えない。何かある)

 彼女はエメラズ・ゲーマインハフトという男の性格を考え、罠を仕掛けている可能性を思い描いた。だが、具体的に何をするつもりなのかはわからない。

「隊列を組み直す。ホバー式の部隊が先行し、道を造る。戦車や装甲車などの重量車両はその後方から進行する」

 カミリアは各隊に指示を出した。彼女が搭乗しているのは装甲車なので、一旦停止した。するとそこへ別の装甲車に搭乗していた元西アジア州知事のドラコス・アフタルが訪れた。

「情勢はどうかね?」

 アフタルは肩に積もった雪を落としながら入って来た。

「ゲーマインハフトが罠を仕掛けているのではないかと考えています。先の戦いのように北極海から別動隊が現れるのではないかと」

 カミリアは小声で言った。スパイを警戒している訳ではないが、慎重になっているのだ。

「なるほど。狡猾な奴ならそれくらいはやりそうだな」

 アフタルは応じてシートに腰を下ろす。

「それにも増して、何故連中はこちらと同じ速度で追撃しているのかも気になりますね」

 カミリアはここまでの進行データをプリントアウトした紙をアフタルに示した。

「そうだな。ここまで来ないうちに追いつけてもいいはずだからな。何を企んでいるのか……」

 アフタルは顎を撫でながら呟いた。


 カミリア達を追撃しているゲーマインハフトは、雪と氷でカミリア達の速度が落ちて来ているのを知り、ニヤリとした。

「こちらの思惑通りだね。当然、連中は私が罠を仕掛けて来ると思っているだろうね」

 ゲーマインハフトはグラスに注がれた酒を一口飲み、

「ところが今回は、罠があるように思わせるのが罠だからね」

 彼の右の口角が吊り上がった。

「少ない痛手で大きな戦功を上げるのが私の流儀。物量作戦をするのは頭が悪い奴なのさ」

 ゲーマインハフトはどこかで聞いているかも知れないザンバースのスパイに聞いてもらいたくて意図的に大声で言った。

「反乱軍の進行速度が上がりました」

 レーダー係が報告した。ゲーマインハフトは眉を吊り上げ、

「どういう事だい?」

「詳細は不明ですが、隊列を変更した模様です」

 レーダー係の言葉にゲーマインハフトは苛つき、

「こっちも速度を上げるんだよ。連中と違って、寒冷地仕様の車両なんだ」

 彼はグラスを放り出し、椅子に身を沈めた。

「威嚇射撃をしろ。只の鬼ごっこじゃないと教えてやるんだ」

 ゲーマインハフトの顔が険しくなった。


 ゲーマインハフト軍の威嚇射撃で、カミリアの部隊の何台かの車両が損壊脱落したため、カミリアは反撃を開始した。バズーカ砲や対戦車砲が飛び交い、夜空を照らし出す。小競り合いのような戦闘は数十分間続き、ゲーマインハフト軍が大きく近づいた。

「攻撃中止! 速度いっぱい、前進に集中しろ!」 

 カミリアは部隊の壊滅を恐れ、反撃をやめて進行優先に切り替えた。

「遊んでいるのか、あいつら……」

 彼女は歯噛みして呟いた。

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